それぞれの場所(8)
陶芸教室からの帰り、駅の方に出て、スーパーに寄るのも富貴の楽しみのひとつになっていた。富貴の家から近い所にも小さいスーパーはあった。でも陶芸教室のある高田家は、富貴の家よりは駅に近く、そちらにはもう少し大きく、品ぞろえも多いスーパーがあり、ついでに足を運ぶという気軽さが、富貴の気持ちを浮き立たせるのだ。
そのスーパーで、ばったりと隣の家に出入りしている女性と会ってしまった。富貴はとっさに目を逸らせたのだが
「あら、東野さん」
と都記子が声をかけてきたので、しょうがなく
「あ、こんにちは」
とあいさつした。
都記子は平田と一緒にいた。
富貴はこの二人のつながりについては知らないので、夫婦か? と思った。
「ほら、東野さんの奥様よ」
と都記子は平田に言い、
「ああ、そうですか」
と平田がにやついてお辞儀をした。
「この、平田君も同級生なんですよ」
「あら、そうですか…」
(同級生?)と富貴は頭の中で繰り返した。
「失礼します」
都記子が言い、平田はその手を取るように一緒に歩いて行ってしまった。二人はどこか浮かれているように見え、その様子が富貴を不快にさせた。
「いやだ、いやだ」
と小声で言いながら、富貴は買い物を済ませた。
家に着くと、ミロは玄関にいて、『ふん』と、いつものように、不機嫌に富貴を出迎えた。
そこにデイサービスのバスが着いた。
いつもの浮き立った気分が、削がれてしまっていた。富貴はどんよりとした気持ちを追い払うように笑顔を作り、須恵見を出迎えた。
デイサービスの車いすを離れ、家に入りながら
「もう、わたし、いやよ。行きたくないわ」
と言う須恵見にも優しくなれず、
「もう、お義母さん、そんなことばかりおっしゃって。楽しいこともあるでしょうに」
と声を荒げた。
須恵見はいつもになく、しょんぼりとして、
「ここがいいのよ。家がいいの」
と泣くような声を上げた。
富貴はいつものように須恵見を揺り椅子に座らせると、いらいらと食事の用意をした。
『ほう、今日はご機嫌ななめですな』
とミロが下から見上げてからかうように言った。
「うるさいわね! そんなこと言うと、ご飯をあげないよ!」
富貴が強く言っても、ミロはケロリとしていて
『おやおや、それはそれは』
とにやりとしたように見えた。
「何よ!」
『別に…』と言いながら、ミロは自分の皿の前にゆっくりと寝そべると、大きな目でじっと富貴を見つめた。
富貴はしばし外に目をやった。まだ明るい。これからどんどん日が長くなる。それが憂鬱なことのように思えた。
「翔太はまだ?」
と須恵見が聞いた。
「翔太さんは、夜にならないと帰って来ないんですよ」
と富貴は答えた。
「忙しいのね」
「そうですね、忙しいのかしら? たぶん、暗くならないと帰って来られないんじゃないかと思うけれど」
須恵見は、ふふふと笑い
「まるで、幽霊みたいなのね」
と言った。
「そうなの。お母さん、翔太さんは、幽霊なんですよ」
「そう、それはおもしろいわね」
その言葉が富貴の憂鬱をやわらげてくれたようだった。
「お母さんにも、会わせてあげたいけれど…」
富貴が揺り椅子を動かすと、
「いいの、いいの。わたしはわたしのお腹が空きました」
いたずら娘のように笑ったので、富貴も笑い、須恵見のために買ってきた、かぼちゃのプリンを出して、須恵見に食べさせた。
夜、風呂から上がると、また翔太が寝室で出迎えた。
「ただいま」
と富貴は言った。ふと見ると、翔太は両手で何かを抱えている。それを見て、富貴の息が止った。
「なに! それは!」
相変わらず翔太は何も言わない。ただ立っているだけだ。富貴はそばに寄って手の中の物を見た。それは、この世に生まれて来ず、流れて行ってしまった二人の娘だった。
「タマキ…」
と言って、富貴はその場に両膝をついた。
環とは、富貴が勝手につけて、誰にも告げず呼んでいた娘の名前だった。
「あなた…、向こうで会ったのね。環を見つけたのね」
そういうと、へなへなと力が抜けて、涙が流れてきた。
「ああ、良かった。翔太さんがそうやって環を抱いていて下さるなんて。どんなにいいことかしら」
富貴が力なく言い、成すすべもなくへたり込んでいると、ミロがやって来て、意地悪そうな目を向けた。
『おいおい、家族ご対面かい?』
そして、富貴のいない布団に陣取ると、じっとその家族の姿を見つめた。
『やっと、ここで一つになれたってかい?』
からかうように言われても、富貴は一向に気にならなかった。
「とにかく、良かった。ずっと押し止めて、思い出しもしなかったのに、環がいてくれた」
富貴はまだ泣いていた。




