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それぞれの場所(7)

 富貴は弟の先輩の紹介で翔太に初めて会った。その初めて見た一瞬に強いつながりを感じたのを覚えている。この人しかいないと、なぜか強く思ったのだ。

 富貴には漠然と思い描いていた家庭という形があった。自分の育った家に不服はなかったけれど、マンションのローンを支払うために働きつめていた両親を、どこかで見下しているようなところがあった。

 母はいつも疲れていて、父が早めに帰って来た時には夫婦で晩酌をし、テレビを見ながら大笑いをし、ざっくばらんに会社でのあれこれを言い合っていた。翔太との間にそんな親密さはなかったけれど…。


片付けを嫌い、雑然としたテーブルに突っ伏して眠っている母を、富貴は嫌悪した。いったい何が気に食わなかったのか、わからない。ただ、この場所とは違う場所に自分の描く家庭という物はあるのだと、どこかで強く信じていたようなところがあった。

まったく勝手な話だと自分でわかっている。両親が二人で働いてくれたからこそ、自分と弟はより良い生活を送ることができたし、大学にも行くことができたのだ。何か不自由を感じたこともなかったのに、実家に居た頃、富貴は家庭の中で感じるあらゆる不快感を許さず、どんな些細な物も集めて固めて重石にしていたような気がする。


東野家を初めて訪れた時、まず、その家のたたずまいが気に入った。庭も玄関も何もかも思い描いていた通りだった。というか、漠然と夢見ていたものがその時、目の前で具体的な形になり、そのままそこにあった、と言ったらいいのだろうか。頭がぼうっとかすんで、酔ったような気持ちになったのを覚えている。富貴は酒も嫌っており、自分から飲もうと思ったことはなかったのだけれど、その時「酔う」という言葉を実感した。

須恵見には何もそばに寄せ付けない、女帝のような気高さを感じた。須恵見は社交辞令というものを知らないようで、いつもトゲトゲと自分の気分にまかせて辛辣に物を言った。だが、そこに嫌味を感じたことはなかった。

「まあ、お母様もお勤めをなさっているの? それは大変ね」

と言う須恵見の言葉は、鋭く磨かれた刃のようで、その先が自分に向いていることに、気持ちが高ぶったことを思い出す。

義父と接する時にはまた別の顔を持ち、義父に尽くし、義父の話を聞いている時はいつも穏やかな表情をしていた。


今、実家の母のことは、ほとんど忘れていることが多い。実家のことは、近くに住む弟夫婦にまかせきっている。母はまだ元気で地域のサークルでダンスだ、詩吟だ、茶話会だと活動しており、父とも仲良く旅行などに出かけているようだ。そうやっていつまでも元気でいてくれていることを願ってはいるが、そこに入り込む気持ちはなかった。

須恵見の認知症が進み、自分が一緒にいなければと強く感じた時、富貴はどこかほっとしたのだ。これからはこの人のことと自分のことにだけを気にして整えて行けばいいのだ、と天からお許しをもらったような感じがしたのだ。


「クロって、おまえはそのままの名前だね」

 と笑う真紀子の声で、富貴はふと我に返った。

「あら、クロが何か言ったんですか?」

「え?」

「いえね、クロが何か言ったのかと思って」

 その富貴の言葉に、ふと真紀子は不思議な表情をして

「この間まではね、ご飯ちょうだいって、ねだっていたようだったけれど、今日は静かね。ちゃんとご飯をもらっているからね」

「うちのミロはね、おしゃべりなんですよ。母がね、そう言うんです」

 うっとりとしている富貴の言葉は冗談としてはどこか歪な感じがした。真紀子はそれを聞き流すように、

「いいわね、そんなおしゃべりな猫ちゃんがいたら」

 と言った。

「良くもないんですよ、本当にはっきりとイヤミを言うのよ」

 ふふふと笑った富貴のことを、あまりじっと見てはいけないような気がした。

「猫は、たしかに、そんなところがありますね」

 真紀子は言い、富貴が土をこねる手元を見つめた。


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