それぞれの場所(6)
「東野さん、器用でいらっしゃるわ。それにとても覚えが早いわ」
と真紀子が富貴の作った最初の茶碗を眺めて言った。ベージュ色の本体のふちに半月型にくすんだ緑色がかかっている。普通のご飯茶碗だった。
「あら、うれしい」
「ろくろをお使いになるの初めてでしょ? これだけ、広く薄くつくると、どこかちょっとゆがんでしまいがちなんですけど…、これ、ちっともゆがんでいないわ。いえね、そのゆがみも形としてはおもしいろいこともあるんですけどね、製品にするとか、人に差し上げるようになるとね、だんだん形が気になってくるんですよ」
「そうかもしいれないですね」
「次は何をお作りになりたいですか?」
「もう一つ、同じようなお茶碗を作りたいのですけど…」
「あら、じゃあ、一緒に作れば良かったわね。お揃いにするのなら、なるべく一緒に作っておいた方がいいんですよ」
「いえいえ、お揃いじゃなくてもいいんです。どちらがどちらの茶碗というのがわかれば」
「あ、お義母様にってことね?」
「ええ、ええ」
それから、二人は真紀子が作った作品のアルバムやら、陶芸の雑誌、ムックなどを見て行った。
「どんなものがいいかしらね?」
と真紀子が聞くと、
「お揃いじゃないけれど、あまり違うのもねえ。やはり、とりあえずはこの間と同じように作ってみます。それだったら、復習にもなりますから」
と富貴が言った。
「そう、それならそうしましょうか。最後にかける色を変えてみてもいいわね」
と真紀子は言い、新しく茶碗を作るための用意を始めた。
「あら、これはかわいいですね」
と富貴が壁際に並べて飾ってある、小さいぐい飲みのような器を一つ手に取った。色や形、模様が一つ一つ違っていて、どこかユーモラスだった。
「あはは」
と真紀子が笑った。少し頬が火照っているのがわかった。
「小さいのが並んでいて、楽しいわね。動きそうね。こういうのも、いいわね」
「それは、手びねりなんですよ」
「そうですか。こういうものもやってみたいわ」
と富貴は一つずつその器を確かめた。
「それ、孫の航太郎って…、今は中学生なんですけれどね、その子が小学生の頃に作ったものなんですよ。まあ、泥遊びね」
と言いながら、真紀子はうれしさを隠しきれず、続けて言った。
「でね、最近はまたやり始めたんですよ」
「あら、男の子さんなのに、器用なのね」
「あまり外でスポーツするような活発な子じゃないんですよ。なにかね、じっと作るのが好きみたいなんですよ」
「いいわね」
「どうかしらね、外で発散して遊んでくれればそれはそれで、心配ないんだけれど」
富貴はそれには答えず、ふと庭に目をやった。新緑がやわらかく、そよいでいた。
「あら、クロ!」
と富貴が声を上げ、真紀子も釣られて外を見た。
「ご存知なの? あの猫ちゃんのこと」
「ええ。家のお隣の、黒崎さんのところの猫ちゃんなの」
「へえ」
「以前はお家の外には出していなかったようなのですけれど…、奥様がお世話できなくなった頃だったかしら…、風来坊になったようね」
「そうだったんですね」
クロは自分に注意が集まっているのがわかっているようで、静かに工房のガラス戸の所までやって来た。
「それでわかったわ。きっと奥様が大事にしていらしたのね。しばらくね、やせ細ってここにやって来ていたものだから、うちのチロの餌をあげていたんです」
「あら、そう。うちのお庭にもたまには来ていたんですよ。わたしは、黒崎さんの所の猫ちゃんだとわかっていたから、何かあげるということ、思いつかなかったわ…。いいわね、クロはいろいろな所に行くところがあって」
「ほんと、猫って気ままで、優雅で、いいわね」
「うちのミロは、威張っていますよ。ごはんをよこせよって、そんな風に」
「クロちゃんも、ちゃんとご飯をもらっているようね。だんな様も元気になられて、猫ちゃんのお世話に気が回るようになったのね」
富貴は、黒崎の所に出入りしていた女性のことをふと思い出して、顔が強ばった。
あの日、黒崎の家の玄関先で会った時に、親しげに須恵見のことを言われたことがトゲのようにどこかに引っかかっていた。




