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東野家(1)

以前住んでいた場所をイメージして書きました。

ちょっとややこしいかもしれません。

 午後から雨になるとテレビの天気予報で言っていたけれど、昼を過ぎてもそんな気配はなかった。昼食後の片付けを終えて一息つき、富貴はキッチンを出ながら庭に目をやった。

四月に入り過ごしやすくなった。


 庭に揺り椅子を出してそこに義母が座っている。ペルシャ系の雑種猫のミロが義母の膝に乗っている。ミロの首には黒いビロードにビーズの刺繍のある首輪がしてあって、外に出て行かないように、義母の揺り椅子につながれていた。


 義母の膝にかかっているのは、義母の手仕事によるパッチワークキルトで、主に格子柄の布が縫い合わせてある。

「皆のね、シャツを切って作ったのよ」

と義母は言っていた。

「男の子ばかり三人でしょ。花柄がないのがさびいわね」とも。

 ミロは、そのキルトに同化するように溶け込むようにそこにいる。そこにいるべきものという感じがした。

 大きいパラソルが直射日光を遮り、義母の上半身を包む心地よさそうな日陰を作っていて、義母もミロもうつらうつらしている。その様子がなんだか微笑ましくて、富貴はふっと笑ってしまった。

 その瞬間、義母もミロも、何かを感じたかのように、ぱっと目を開けた。

「あら、おもしろいことがあったのかしら」

 と義母は言い、ミロはその反応を確かめるようにじっと富貴を見つめていた。

「いえいえいえ」

 富貴は庭のサンダルを履きながら外に下りて

「どお、お義母さん、寒くないですか?」

 と聞いてみた。

「いえ、ちっとも、湯たんぽのようにこの子がね」

 とミロをなでて

「さて、この子は誰だったかしら」

 と言った。

「ミロよ」

「そうそう、ミロがね、さっき言ったのよ」

「あら? おしゃべりしたの」

「そうよ。とてもおしゃべりなの」

 ふふふ、と笑いながら富貴は義母の目を見つめた。

「翔太がもらってきたものは何だったかしら?」

「さあ? いつの話かしら?」

「ついこの間よ、顔を真っ赤にして」

 ふふふとまた富貴は笑った。翔太は富貴の夫で、数年前、この義母より先に旅立ってしまった。

「翔太さんが、何をもらってきたの?」

「とても重かったのよ」

「ああ、トロフィーね」

「そんなようなものよ」

 夫の翔太が小学校の頃、地域の祭りののど自慢で優勝してもらってきたトロフィーのことだ。今は物入れに入れてしまっているけれど、富貴がここに嫁いでからずっと、それは玄関を入ってすぐ目に入る飾り棚の上に置かれていた。

 夫は長男で音楽や美術が得意だったらしい。二男、三男もスポーツ大会やら何やらで賞状や盾もらって来ていて、その棚に集めて飾ってあった。翔太が他界し、いろいろ片付けるうち、その棚も片付けたのだ。


 二男は外資系商社のシンガポール支店に勤め、現地の女性と所帯を持ち、そちらで暮らしている。三男はインドの日本人学校で教師をしていて、確かまだ現役で学校に出ていると言っていた。結婚はせず、自由気ままにやっているらしい。

 ミロは義母の膝の上で、この人間二人のやりとりを聞くとはなしに聞いているふうだったが、またうつらうつらし始めた。

「トロフィーのことをミロがおしゃべりしたの?」

 富貴は聞いた。

 義母の途切れ途切れの記憶の綾に引っかかり時折顔を出してくるものは、何かのパターンがあるような気がしていて、富貴の記憶を刺激する。

「ミロ? はて、そんな子はいたかしら?」

「この子よ」

 富貴がミロの首元をなでると、義母はその手をはらい

「およし、何が入ってくるか、わからないよ」

 と、急に厳しい表情を作った。

「大丈夫ですよ。お義母さん」

「大丈夫なもんですか、そうやってね、いろいろな物を取って行くのよ。この子は。お父さんのことだって」

 義父は話好きで、人当たりの良い人だった。金融関係の仕事をしていて、リタイア後はどこかの各種学校でなにやら教えていた。やはり数年前、翔太を追いかけるように亡くなってしまった。

「この家に誰もいなくなったのは、みんなこの子のせいよ」

 義母が何かしゃべっているからか、ミロは何とはなしに義母を見上げている。義母の手に力が入っているのだろうか、首をすくめていた。

「あなたは何をしたいの?」

 義母は富貴に聞いた。

「何って?」

「何かが欲しいだけ?」

「いえ、何も…」

「そう、それならいいけど」

 義母はまたまどろみ始めるようだった。

 

 その夜、富貴はまた悪い夢を見た。このところ、胸が押しつぶされるような怖い夢を見ることがあった。

 ハッと目覚めると、いつも腹のあたりにミロがいる。

 富貴が目覚めると、ミロも目を大きく見開いてじっとこちらを見る。

 ドキドキと鼓動が痛みを作る。

「ああ!」

 と富貴は声を発した。

「何が欲しいんだ?」と翔太が迫ってくる夢だった。

 富貴は静かにただその言葉を遮りたいだけで、何も答えたくないのだが、

「え? 何が欲しい? 何が欲しい?」と翔太が後ろをつい来る。

 その顔は蝋細工のように動きがなく、堅い。

「何も…、何もない」と言って逃げても、「何が欲しいんだ?」と迫ってくる。

 富貴はただ逃げるしかない。できれば振り返ってなにかをぶつけるかどうにかして追い払いたいのだけれど、上半身が固まっていて振り向けない。


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