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5 クッション

「ようくん! ようくん!」


 その言葉に、はっと己を取り戻す。


「ようくん。大丈夫だよ。大丈夫だから」


 柔らかい感触が俺を包み込む。


「大丈夫」


 震える声で何度もそう言って、優しい手で俺の頭をなでる。

 乱れていた呼吸は落ち着いていって、自分の現状を把握しようと脳が動き始める。

 顔に触れている、この感触は。


「ようくん、やらしぃー」


 にやにや声が聞こえる。

 俺はばっと愛しいクッションから顔を上げる。


「……利樹」

「よっす。おはようさん。まだ午後五時だけど」


 利樹は俺の寝ているベッドに腰かけていた。


「ようくん……落ち着いた?」


 そして女神であり俺の彼女である幸紀は、同じくベッドに腰掛けながらこちらを心配そうに見ていた。


「あぁ、大丈夫。ありがとう、助かった」


 ちらりとその胸元を見てしまうのは、許してほしい。

 思っていた以上に、柔らかかった。


「あれ? ヨウ、耳赤くないですか?」

「うるさい」

「あはは。すっかり調子は元に戻ったようだな」


 軽口をたたきながらも、その言葉には安堵した様子が感じ取れた。


「俺、どうした?」

「三時間ぐらいは普通に寝てたんだけどな、急にうめきだしたと思ったら、がばっと起きて目を抑えてわんわん泣き始めるから」

「泣いた!?」


 顔に触れると確かに、冷たい水の感触があった。


「まじかよ」

「お前がここまで泣くのを見たのはいつ以来だったが。そう、あれはお前がプールの日に水着を忘れて、みんなにパンツで入れとはやし立てられた時」

「止めろ。俺も忘れていた黒歴史を暴露するな」


 まさか、悪夢でうなされて泣くとか……恥ずかしい。

 目を擦ろうとすると、「待って」と幸紀が止めた。


「氷持ってくるから、乱暴にこすっちゃダメ」


 幸紀がキッチンのほうにパタパタ走っていく。

 その後姿を見送って、利樹がため息をつく。


「悪夢を見るのは、変えられなかったか」

「あぁ……でも、変わったことはあったぞ」


 俺は自分が見た部屋の様子や、登場人物(俺)の状況を話した。

 そのさなかに幸紀も帰ってきて、俺の目に氷を当てながらうんうんと真剣に聞いてくれた。


「悲惨な状況だなぁ」

「監禁されている子どもっていうことだよね。誘拐されてきたとか」

「でも、目を抉る必要はあるのか」


 話し終わって俺が黙っても、二人が延々と議論している。

 二人が考えてくれるから、俺は少し楽ができた。

 思い出して話すと、どうしても目を刺された時の痛みも思い出しそうになってしまって、正直気分はあまり良くなかった。

 氷と一緒に幸紀が持ってきてくれたオレンジジュースを飲みこむ。

 甘さが体に染み入ってくる。現実感が戻ってくる。


「まぁ、でも成果はゼロじゃなかったな。悪夢の景色を見れたってことは、大いなる一歩だ。次は脱出方法を探ろう」

「がはっ」


 飲みかけていたオレンジジュースでむせた。


「だっ、大丈夫? ようくん」

「げほっ、ごほっ……っ、次って……」

「何度も昼寝して探ってみるんだよ。いや、もっと早く寝れば、刺される前よりも早い時間帯に内容が変更されるかもしれない。試してみることはいっぱいあるぞ」

「また俺に悪夢を探れってことか」

「どうやっても悪夢は見るんだ。見なくなるまで耐えるか、内容を自分の手で変えるしかない! 俺は後者を選ぶぞ!」

「俺に選ばせろよ。俺のことだろ」


 正直、これ以上悪夢のことを知りたくない。

 目を抉られるだけでいっぱいいっぱいなのに、下手なことを探ってもっとやばいことになるという、嫌な予感しかしない。

 実際今回の悪夢ではな、目だけではなくあばらも折られたと思う。呼吸も苦しくなって最悪だった。

 あれがさらに悪化する可能性もある。藪をつついて蛇を出したくない。

 幸紀も利樹の提案に、顔をしかめた。


「佐久真くん。あまり、よう君に無理をさせることは」

「でもこのまま眠れないほうが大変だろ。いつ悪夢が終わるのかはわからないんだ。ずっと受け身でいるよりも解決策を探すほうが良いだろ。それとも病院行くか? 利樹の母さんがお気に入りの」

「それは嫌だ」


 俺は顔をしかめる。それが嫌だから、ずっと一人で耐えてきたというのもある。

 利樹も俺の苦手医者のことはわかっているから、「だろう?」としたり顔で言ってくる。


「ヨウ、もちろん実験するときは俺も祝嶺もついてやるから安心しろよ」


 実験って言いやがった。


「なぁ、お前なんか面白がってないか」

「いや、別に理不尽系のラノベの導入部分みたいとか、そんなこと思ってないよ」


……こいつ。


「あんま辛いことさせたくないけど、でも他に解決方法ないだろ。できる限り楽に起きれるようにサポートしてやるから。それに……」


 利樹はにやりと笑って、俺に耳打ちする。


「祝嶺のおっぱいクッションは、最高だったろ」


 馬鹿の頭にチョップをくらわした。


「いってぇえええええええ」

「幸紀、この馬鹿には近づくなよ」

「ええっと、うん……」

 

 幸紀は少し頬を赤くして、恥じらうようにうなづいた。 

 そのしぐさも、幸紀のクッションも確かに最高だ。

 だが、わざわざ口にしなくていい。


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