4 布
目を開けると、何も見えなかった。
当然だ。目にまかれた布か何かのせいで、視界はふさがれている。
結局……いつ寝たとしてもこれを見てしまうのか。
あわよくばという淡い期待はあっさり霧散した。あとは扉が開く音を待つしかない。
何度も繰り返しているのに、思い出すだけで背中を冷や汗が伝う。
今回は少しでも楽でありますようにと、どうせ見えないのならばと目をぎゅっとつむり、祈る。
だが……
「あれ……?」
思わず声が出た。口から出たのはいつも聞いている悲鳴ではない。少し高い、掠れた聞きなれない声。
「いつもと……違う?」
喉から出てくる音を耳で確かめて、信じられない現状に驚く。
扉が開く音がしない。
いつもは夢が始まった次の瞬間には鍵が開く音がしていたのに。
もしかして本当に昼寝の効果が出たのか。それとも自分の意識の差なのかはわからない。ただいつもと同じで違う現状に戸惑っていた。
でも、せっかくの機会だ
少しでも、この夢を探っておきたい。そう考えると、目が塞がれているのは問題だった。
今の状況では、足を鎖か何かで、腕を後ろ手で縛られていること、それしかわからない。
俺は寝転がった今の状況のまま、顔を床にこすりつけるようにしてみた。継ぎ目がある感触から、木製の床でかつザラザラしていて粗野な作り方であるということを察した。
どこかに引っかかって目から布を外すことができれば……。
ぐっと継ぎ目だと思われるところで、力を入れて押した――。
「うぐっ……!」
ざりっと頬に痛みが走った。とっさに顔を振るうと、布の一部が顔に触れた。
幸いなことに、板の継ぎ目に布が引っかかったようだ。
痛みに顔を歪めながらも、いつもと比べたら大したことないと、もう一度そこに引っ掛けるように押す。
さっき痛みが走ったところの近くを傷つけた。が、その代わりはらりと布は目から外れた。
体を起こして首を振るうと、目を覆っていた布はあっさり首まで落ちた。
初めての景色がそこにあった。
狭い部屋だ。六畳もないだろう。初めて悪夢で目にした情景に、俺はただ目を見張る。
頬をぬるい液体が流れていくのを感じた。ちらりと首元の布を見ると、白い布がところどころ血で汚れていた。
同時に目に入ったのは、長い黒髪だった。胸の下辺りまで達している。整えられている様子はない。伸ばすがまま、放置されているのだろう。
少なくとも、この髪の長さまでこの人物は監禁されているのだろう。
夢の中のキャラクターとはいえ、ぞっとする。
さらに、体を見たことで、この人物がまだ幼いことも分かった。
いくつくらいだろうか……、詳しくは判断できないけど高校生の自分と比較して、昔の自分を思い出して、小学生くらいだろうか。
しかし、その体は骨と皮ばかりだ。服と呼ぶのも躊躇うほどの黒いシミだらけの布の隙間から見えるのは、枯れ木を思わせるほど痩せ細り、生きているものとは思えない。比喩ではなく、写真で見たことがあるミイラのような体。不気味さに怖気が走った。
普通、ここまで痩せこけたら生きていけるわけがない。
やはり、夢というものは現実離れしている。
体のことに意識を向けた瞬間『空腹』を感じたのも、夢ならではな気がする。
その空腹も辛うじて感じる、程度の淡いものだったけど。
嫌なことを連想してしまったと、意識をそらすために再び部屋の中を観察する。
部屋はレンガ造りで、床は黒い木の板だ。窓がなく、木の扉があるだけの質素なもので、部屋の中あるのはこの人物と鎖だけだ。
足の鎖は壁から伸びている。少し引っ張ってみたが、じゃらりとなるだけで簡単に抜けたりはしそうにない。鎖の長さも短く、ここから扉まで行くことはできないだろう。
扉……か。
まだ開く気配はない。しかしいつもあそこからやって来ているものを思い出して、体が震える。
なるべく視界に入れないようにしながら、部屋の中を探っていたが、他には特にめぼしいものはない。
立ってみようと、足に力を入れてみた。しかし、枯れ木のような足に力はなく、俺の体は前のめりに倒れる。
腕も後ろ手縛られているため、顔面から床にぶつかる形になる。
次は、どうしたらいい。
どうやったら、この悪夢は変えられるんだ。
少し、悪夢の内容は変わった。今までの悪夢は音と痛みだけだったのだ。でも見えてしまうと、いかにこの登場人物がなすすべもない状況だということが分かってしまった。
倒れた体勢のまま、ため息をつく。
疲れた……。
初めてこの悪夢の一部を知れて、興奮する気持ちもあったが、もう体が鉛のように重く、ふたたび体を起こすことも辛かった。ほんの少し、動いただけだったのに。
夢の中でも、眠るってことがあるんだ。
うとうとと、沈んでいく意識に身を沈めて行って……。
ぐちょっと、嫌な音が脳内に響いた。
絶叫が狭い部屋に響く。
浅い眠りから引き揚げられる。
いつもの、痛み。だが、今回は片目ずつではなかった。
両目に同時に付きこまれた刃は、まだ足りないと抉りながら、眼底を削ろうとする。
気が狂うほどの痛みに叫び暴れて逃れようとするが、胸を膝で抑え込まれる。ぱきっと軽い音がした。
「がはっ」
叫び声が一瞬止まった。喉の奥からあふれてきた液体は、温かく鉄の味がした。
薄い体は簡単に壊れる。さらに膝に体重が載せられ、割れる音が、灼熱の痛みが、呼吸すら妨げる。
掠れた声で、絶えず全身を貫く痛みに叫ぼうとした。
でも、その音には何の力もありはしない。