3 オレンジジュース
「それでこの時間までずっと二人で遊んでたんだ」
十時ごろに玄関のチャイムを鳴らしてやってきた幸紀も、もちろん学校の制服ではない。
水色のワンピース姿。いつもは二つに結んでいる髪も編み込まれている。
休日の幸紀を見るのはこれが初めてではない。それでも毎度毎度どきりとする。
心なしか匂いも違う気がするのは何故だろうか。幸紀は香水とか使わないイメージだが。
作ってきてくれたチョコレートケーキをテーブルに並べながら、幸紀はうらやましそうに言った。
「私も完徹ってやってみたいなぁ。試験勉強で夜更かしはしたことあるけど、お菓子食べながら、ゲームしながらっていうのはないもの。いけないこと、みたいな感じで憧れちゃうな」
「やめたほうが良いぞ」
俺はジュースを注ぎながら、耐え切れずあくびをする。
「なんか頭の後ろががんがんしてきた」
「軟弱だな~。若者なんだから、徹夜の一つや二つ、うおおおおおおおおおおおお」
俺はテレビ画面を見ることもしんどくなってきた一方で、利樹はテンションが壊れてしまったようだ。
コントローラーをガシャガシャ乱暴に扱っている。ソフトは利樹が買ってきたものだが、ハードは俺の家のものだ。壊したら、もちろん弁償してもらおう。
「それで……えっと、悪夢はどうだった」
「あ、うーん……」
「すっごいやばい顔してたぜぇえええええええ。記念撮影しとけばよかったあああああああ」
昨日の気遣いは完全にどこかへ行ってしまったようだ。
体全身を使って、利樹は己とコントローラーを一体にさせようと、見苦しくもがいてる。
荒ぶる利樹に、幸紀は顔を引きつらせながらも。
「そっか、見ちゃったんだ」
と、言う。
「うっかり、寝落ちしてしまって。でも、一瞬だったし、いつもよりは大したことなかったから、だいじょうぶだよ」
幸紀の悲しそうな顔を見て、つい嘘を吐いてしまった。
本当はいつも通りの夢だった。
いつも通りの悪夢。
痛くて、苦しくて、気持ち悪い。
「まぁ、夢は見ちまったけど、そのあと利樹と騒いだおかげで気分はましになった」
これは本当だ。
「でも、毎日これっていうわけにもいかないよね」
幸紀がちらりと目で示す。
狂喜乱舞する利樹。勢い余って服を脱ぎだしそうな勢いだ。
「さすがにこれが毎日は……ないな」
「それに寝ないと体も大変だよ。目の隈、酷くなってるよ」
「だよなー」
気分はましになった。でも、体調の悪さは変わらない。
いつまで悪夢が続くかわからない。その見通しがつかなさは不安を駆り立てる。
「根本的な解決方法を見つけないと、だめだよなぁ」
「おぉぉぉぉっと、俺、おもーいついちゃった! いいこと、思いついちゃった!」
テンション壊れ男が、急に叫びだした。
「夜に眠るからいけないんだ! 昼寝しよう‼」
「は……?」
「だーかーら、昼寝だよ。いつもと条件変えてみるんだ」
利樹はソファの上で飛び跳ねる。
「条件が変わることで悪夢は見ないかもしれない。悪夢を見たとしても、条件が違うから内容が変わるかもしれない」
「うーん」
正直、『あり』な発想だと思った。確かに悪夢を見るようになってからは、寝ることそのものに恐怖を覚え、昼間うとうとしてしまうことはあっても、完全に昼寝という形で眠ることはなかった。
「なーに、心配ないさ。今回も俺がついてやるからさ!」
「わ、私も。ヨウ君が寝て起きるまで隣にいるから」
二人が張り合うようにして俺に迫ってくる。その勢いに、少しの躊躇はあっさり押し流される。
「じゃあ、よろしくな」
テーブルの上には手作りのチョコケーキと、オレンジジュース。
午前のちょっとしたおやつ。
チョコケーキは思っていたよりも甘さ控えめで、でも中に入っていたチョコチップが良いアクセントになっていた。
おいしいと言うと、幸紀はよかった、嬉しいと何度も口にする。
利樹はオレンジジュースを飲みながら、俺よりも先に入眠しそうになった。危うくジュースをこぼしかけた彼をたたき起こし、その慌てふためく様子を二人で笑う。
楽しいことをいっぱいしたら、眠りにつこう。
今度こそ、悪夢から抜け出すために。