2 GAME OVER
飛び起きて、肩で息をする。
まだ目が痛む気がして、両手で目を覆う。
そのままソファに再び沈み込む。
荒い呼吸をして、何とか空気を吸い込もうとするが、苦しい。
痛くて、苦しくて、気持ち悪い。
うぅっと小さくうめくと、
「まじかよ。……やべぇな」
隣から声が聞こえた。
手をずらすと、利樹が顔を引きつらせてこちらを見ていた。
「……何でいんだよ、お前」
「あれ、記憶まであやふや?」
呼吸が整い始めると、記憶の整理も付き始める。
そうだった。利樹とずっと、ゲームをしていて……。
いつの間に眠っていたのだろう。記憶では俺と利樹で並んでソファに座っていたのに、今の俺は完全にソファをベッド代わりに横になっていた。
利樹はソファから下り、テレビのすぐ前を陣取っている。ゲームに興奮するとテレビに近づきすぎるのは、利樹の昔からの癖だ。
ちらりとテレビの上にある時計を見ると。時刻は四時半だった。
「どれくらい寝てたんだ、俺?」
「知らねぇよ。こっちはずーっと魔物狩りに集中してたからな」
テレビは赤と茶色でごった返した色を映していた。操作キャラが腕が八本あるゾンビにぼこぼこにされている。まもなくGAME OVERと表示されることだろう。
「……起こしてくれよ」
「悪かったよ」
八つ当たり気味に言った言葉に、利樹は申し訳なさそうな声を返した。
まさかこいつもここまでだとは、思っていなかったのだろう。
「おばさんたちには相談してるのか」
「いや、しばらく二人とも出張が重なってて帰ってきてない」
「そうか」
よいしょっと、利樹は居住まいを直し、テレビに向かう。
コントローラーを手に取り、俺にも渡す。
「もう少しで難関突破できそうなんだ。早く手伝え」
「あぁ」
利樹がゲームを再開させる。
正直、あまり突っ込まれなくて助かった。利樹がおちょくらないという珍しい今の状況から、俺は相当ひどい様子なのだろう。
今でも痛みを思い出してコントローラーを持つ手が震える。
プレイも悲惨だが、利樹は何も言わずフォローしてくれている。テレビのほうを向いていて完全に表情は見えないが、珍しく真剣な顔でもしているのかもしれない。
そんな利樹の格好は昼間学校にいるときと、大きく様変わりしている。
学校にいるときの利樹は、ブレザーもシャツもボタンをきっちり留めて、かっちりとした眼鏡に、校則を遵守した短髪。まさしく生徒の模範に相応しい姿だ。
だが今の利樹は、赤いカラコンをはめ、金髪のウィッグを被り、アニメキャラが描かれたパーカーを着ている。
学校の利樹しか知らない人が見たら、絶対同一人物とはわからないだろう。
でもこっちの時のほうが、テンションは低めなのだ。バランスでも取っているのだろうか。
「あれ、もしかしてその指のやつ」
利樹のコントローラーを持つ指に、初めて見るごついリングがはめられている。
「おっとー、やっと気づいたか」
にまにましながら、俺に指輪を見せつけてくる。
どれ、と身を乗り出して見てみると、その指輪は口を大きく開けたドラゴンの顔をしている。
「うっわー……」
「趣味悪いだろ!」
俺のドン引きに、利樹が嬉しそうに言う。え、わかっていて、はめてるのか?
「これ買った店のピアスも最悪でさ。交渉して、今度マグネットピアスを作ってもらえることになった」
「それを、俺の家で着けるのか?」
「もちろん。あ、そのまま一緒にコンビニ行ってやってもいいぞ」
「お断りします。ちなみにその金も、参考書払いか?」
「まぁ、それでしか稼げないからな」
参考書払いとは、親から参考書買うからと金をもらい、そのまま着服することである。利樹は塾に行っていない代わりに、普段の小遣いを増やしてもらい、かつこの参考書払いで儲けている。
これが可能なのは利樹が成績トップを維持し続けているからだ。決して天才だからとかではない。塾に行かず、参考書を俺やその他のやつから数日だけ借りて勉強する。努力のたまものだ。
素直に尊敬する。が、ストレス発散に物を買い込み、俺の家に置くのはやめてほしい。
「そのうち、貸倉庫代取るからな」
「これ買った店で、おまえの分のやつも頼んでやるよ」
「結構です」
無駄話を進めるうちに、体の感覚は完全にこっちに戻ってきた。
魔竜を殴るついでに、利樹が動かすキャラも殴る。
でも、まだ朝は遠い。