プロローグ 悪夢は人に話すべき
更新ゆっくりで進めていきます。
外が朱に染まって、その色が教室にも染み込んでいる。
綺麗だなと、単純な言葉しか出ないけど、
この光景が、とても好きだ。
静かな教室にたった一人。でもグラウンドから聞こえてくる運動部の声が、他にも世界があることを教えてくれる。
ここだけではないと。
俺が見えているものが、すべてではないと。
自分がとてもちっぽけに思えて、でも安心してしまうのは何故だろうか。
「まぁた、黄昏てんな」
がらりと、教室の扉が開いて入ってくるのは二人の男女。
彼のほうがぶっきらぼうに言う。
「ぼうっと外眺めて、暇なんですかぁ? 暇だったら、少しはこっちの手伝いもしてほしいもんだね」
「嫌だ。俺、委員じゃないし」
「薄情者」
「まぁまぁ」
彼女が彼をなだめる。
「こんな時間まで待ってくれたんだよ。ありがとう。でも、先に帰ってよかったんだよ?」
申し訳なさそうに彼女は言う。
「いいよ。何となく、一人で帰りたくなくてさ」
俺がつい漏らした一言に、すぐさま彼は食らいつく。
「おーっと? 寂しがり屋ですか? 可愛いでちゅねぇ」
茶化したもの言いにイラっとするが、黙っていると「おやおや」と彼は不思議そうにする。
「……どうした? 反応悪いじゃん」
「いや、ちょっと気分悪くて」
「風邪!? 大丈夫?」
彼女が慌てて、俺の額に手をやる。不覚にもドキッとしてしまって、恥ずかしさに手を払いのける。
「大丈夫だって……。ただ寝れてなくて」
「最近、ずっと眠れないって言ってるもんね」
「体調崩すほどって、相当じゃないか」
俺の様子に、さっきまで茶化していた彼まで本気で心配してくる。
「何か悩みでもあるのか。あるなら早めに行ったほうが良いぞ」
「うーん……大したことじゃないんだけど」
「大したことになる前に、教えて」
彼女も真剣な反応に、だんだんと申し訳なさが募ってくる。
ぽそりと口にする。
「悪夢を見るんだ」
「悪夢? Nightmare?」
すごく発音よくいってくれた彼に、そうそれと俺は答える。
「夢見が悪くてな……それで眠れなくって。毎晩毎晩、さすがに疲れてきた」
「何かストレス抱えてるのかな? 悪夢って心が弱っているときに見るっていうし」
うーんと、彼女は腕を組んで悩んでいる。
「どんな悪夢なの?」
「えっと、それは言いたくないというか」
「どうして?」
「エッチな夢か?」
「違う」
ぎろりと睨むと、彼はにやりと笑う。元のテンションを取り戻した彼は、「じゃあ」と楽しそうに切り出す。
「エッチな夢じゃないなら、ここで話してもいいじゃないか。悪夢は話したほうが楽になるって言うんだぞ」
「そうなのか」
「吉夢は人に話すと良運を奪われるが、悪夢は人に話すと『放す』って言って楽になるんだぞ」
「物知りだね」
彼女が褒めると、彼は舌を出して、「てへっ」と言う。
「ラノベ知識は最強なんだ!」
こういう所のせいで、尊敬できないんだよなぁ。
「悪夢は放す……かぁ」
「そうそう。あ、でも本当はマジでエッチな夢? えろーい夢だったら、後でゆっくり俺にだけに」
「うるせぇ」
「エロくないんだったら、さっさとここで話せよ」
さぁさぁと急かされる。
「いいけど……面白くないぞ。グロいし」
「俺、グロ耐性あるから、平気―」
「私はあんまり得意じゃないけど、夢だし! 夢だから大丈夫」
そうだな。
所詮、夢は夢だ。
深く考える必要はないのかもしれない。
俺は一息ついて話し出す。
俺が見る悪夢の話を。
俺ではない「俺」の話を。