同族殺しのレナ
私たちはドールと呼ばれている。人間から作られた、生きた操り人形。ある日、私たちはそれまでの記憶を全てリセットされ、ドールとして生まれ変わる。
いつ誰によって作られ、体がどういう仕組みで動いているかを、私たちは知る必要は無い。『命令』が全てだから。そうインプットされる。ドールは命令に従って動く。下される主な命令は、特定の人間に近づき、殺すこと。
ドールは十代後半の少女から選ばれる。理由は、警戒心という標的の最も手強いガードを下げることができるから。人の体を破壊する程度の力なら、私たちの背格好でも充分に出せる。脳は無意識のうちに体にリミッターをかけている。それを外す方法を私たちは教わる。人を殺す上で物理的な力はあまり重要じゃない。相手の心の懐に入ることが大事。
私たちは作られた暗殺者。
でも私は人は殺さない。殺すのはドールだけ。
私は同族殺しのレナ。
逃げたドールを狩るドール。
私は逃げ出した仲間を見つけ出し、処分する為に動いている。それが私に下された命令。
ドールは人間になりたいという理由で脱走する。そして逃げた先でも律儀に学校に通う事が多い。人間だった頃の記憶が戻ったり、純粋に憧れを抱くからだ。自分と姿形が似ている人間が多い集団に、人形は居場所を求める。
そんな環境に入り込めるよう、追う者も同じドールであった方が都合がよかった。そこで私が作られた。
私の同族殺しは標的の顔写真から始まる。灰色のコンクリートを背景に、ただ正面を向く無表情の女の子の顔が渡される。ドールには命令遂行の為に特別な『力』が与えられている。その力の影響で、年をとったり整形することができない。化粧や髪型でごまかしても、顔の特徴を掴めばすぐ見つけ出せる。
ドールに与えられている特別な『力』それは再生能力。
私たちの胸の中心には『コア』と呼ばれる赤い宝石のような物体が埋め込まれている。これを破壊されない限り、肉体は即座に再生される。どんなに深い損傷を負ったとしても、コアさえ残っていれば私たちは再び立ち上がる。そして常に再生される肉体は睡眠や食事から解放される。
でも今回、標的の顔写真を渡された時、私は探している子はもうこの世にはいないと思った。
ドールは人に移る。
激痛を伴った死と引き換えに、ドールは自分の『コア』を取り出すことができる。そしてそれを使い、別の人間をドールにする事ができる。病気や怪我で死に瀕した人間の為に、自分の命を差し出した子が過去五体いた。皆、自分と同じ年頃の同性に命を託していた。
写真の顔を見た時、その子たちと同じ印象を強く感じた。他人が傷つく事に耐えられない優しい子。でも自分が傷つく事には耐えられてしまう悲しい子。そういう女の子の一生は短い。
私はドールの内側の特徴で探し始めることにした。『コア』による再生能力には二つの代償があった。それは心臓が動かない事と、体の中に異物を取り込めないという事。だから私たちには手首の脈や胸の鼓動といったものが存在しない。そして食事をとる真似はできるが、一時間ほどで耐えきれず吐き出してしまう。
私は手相を見るという口実で、いろんな生徒の手首に触り、脈を測った。脈が無いと感じたり、触れられる事を拒まれた場合は、容疑者リストにピックアップしていった。親密になったと思った相手は、おどけたフリをして胸に直接手を当てて確認したりした。
アンは普通の子であって欲しかった。
ドールによって命を救われた人間は、しばらくのあいだ体が傷つくのを恐れる行動をとってしまう。極端に早い傷の再生スピードを、人に見られたくないから。彼女の立ち振る舞いはそう見えた。
彼女を見つめれば見つめるほど、惹かれていった。でも同時に、観察すればするほど、標的としての条件が積み重なっていってしまった。
私は一人の女の子としてアンに近づきたかった。
私は人間のふりをした人形のはずなのに。
感情は全て理性で塗りつぶしたはずなのに。
心は全てリセットしたはずなのに。
なぜこの子を好きになってしまったんだろう。
どうして彼女なんだろう。
動いていて欲しかった。でもアンの胸は静かだった。どんなに目を閉じても、どんなに手の平に意識を集中しても、音の無い湖がどこまでも広がっていた。
私が見逃しても、きっといつか誰かに見つかってしまう。だったらいっそ、自分の手でアンの命を奪ってしまおうという決意でいた。でも今、彼女に触れ、その眼差しに見つめられ、私にはそれが出来ない事が痛いほど分かった。私は本当にこの子の事を好きになってしまった。
奪う勇気も、守り抜く決意も持てない私は、彼女と自分の気持ちを突き放すことしかできなかった。
私はアンの胸に当てた手に力を込め、突き飛ばした。彼女はその場に倒れこんだ。
背を向けて言った。
「私は…あなたを…殺しにきた……だから…にげて……」
そのまま歩き出した。行く当ては無かった。
後ろから抱きしめられた。静かで暖かい感触が背中に伝わってきた。
背中から彼女の声が聞こえてきた。
「もう、泣かないで…」
私は泣いていた。アンの胸に手を当てた時からずっと。




