変わった子
『変わっている』という事は人と関係を作る上で時に重要だ。でも度が過ぎると逆効果になって、自分の居場所を失う原因にもなってしまう。人は皆、変な事に興味があり、変な物を見つけ出そうとアンテナを立てているからだ。
私は実益も兼ねて、自分に少しだけ変な所を作っている。『手相占い好き』と『廃墟好き』というものだ。知り合った子たちは『ちょっと変わってるね』と言いつつ、簡単に手を触らせてくれる。そして占いの結果で話に花を咲かすことができる。特に恋愛系は好評だ。携帯に保存した廃墟の写真についても、反応が薄い時もあるが、意外にもカッコイイと言ってくれたり、似たような趣味を持った子に出会える時がある。
逆にユイと過ごす昼休みの行動は、あまり人には見られたくなかった。私とユイはちょっと変な子だからだ。
二年N組の橘アンという子が少し変わっているという噂を耳にしたのは、それから一週間ほど経った頃だった。
午後の休み時間、クラスの中でも割と情報通な子の何人かと、机を囲んでいた時のことだ。最近産休に入った先生についての話が終わり、次の話題を待つような軽い沈黙が生まれていた。私は自分の髪を少し触りながら『この学校に変わった子っているかな?手相占ってみたいんだけど』と小石を投げてみた。すると橘アンの噂がぽろっと出てきた。
「うーん、あの子は何て言ったらいいのかなー。動物で例えたらナマケモノ…みたいな感じ」
「ああ、確かに分かるけど、それ言い方ひどくない?」
「だってそうとしか言えないし」
「それって、顔がナマケモノに似てるってこと?」
「違う違う。橘さんは超美人だよ。雪女みたいな人。行動がナマケモノそっくりなの」
「授業中ずっと寝てたり、サボったりしてるとか?」
「いやそこは全然真面目らしいよ。私もあんまり見た事ないんだけど、何ていうか、動きがスローなんだよね」
「そうそう、螺旋階段の上からスカート掴んでゆっくり降りてくる感じ」
「分かる。そのイメージ一番近いかも。アン姫」
「プリンセス・アン」
私がいるA組とその子がいるN組は、校舎がまったく別になっていた。その為、顔を合わせる機会が無く、噂を耳にするまで私は橘アンの事をほとんど知らなかった。
さらに話を聞いてみると、アンは余命を宣告されるほどの重い病気にかかってたらしい事が分かった。一年の頃の出席日数はほぼゼロ。しかし最近、突然病状が回復し、学校に通えるようになったらしい。病後の為か体育などの授業は全て見学。
噂には必ず尾ひれついて水増しされるので、どこまで本当かは分からなかったが、興味深い情報だった。
病からの突然の回復、そして普通の子とはちょっと変わった立ち振る舞い。私は橘アンに興味が湧いた。
私はいきなり彼女に近づくのではなく、遠巻きに様子を観察したい思った。そこでまずはN組に友達を作った。そしてその子に会いに行くという名目で橘アンを見に行くことにした。
一目見て私はすぐに橘アンの事が分かった。噂通りのしとやかな雰囲気を持った女の子だった。窓際の席に座り、両手でそっと広げた文庫本に目を落とす彼女は、ひどく儚げに私の目映った。まるで彼女の座っている席だけが真上からスポットライトを浴びて、薄く透明な膜でこの世界から隔離されているようだった。絹のように透明感のある肌と細い手首が、運動とは無縁の生活を送ってきた彼女の人生を伺わせた。窓からの緩い風を受けて、カーテンと一緒に揺れるアンのまっすぐな髪は、重さという鎖から解き放たれているように見えた。
他の生徒は力強い油絵で描かれているのに対して、アンは水をたっぷり含んだ水彩画で描かれているような印象だった。
私は彼女のいる教室に足を運び続けた。アンは滅多に席を立つ事が無く、クラスメイトとの会話はいつも一言二言で終わっていた。そして彼女は本当にゆっくりと動く女の子だった。人とぶつかりそうな曲がり角では、更に安全を確かめるように足を進めていた。階段の手すりにはしっかりと手を添えて、どんな場所も端を選んで歩いていた。時々、彼女以外のものが全て早回しで動いているように錯覚することさえあった。私にはそれが肌が傷つくのをひどく恐れている様子に見えた。
本当は近づかなくてはいけないのに、私はアンに声をかけることができなかった。
他の子たちとは別の時間軸で、ひっそりと生きているような彼女を見守っていたい。そんな特別な気持ちが少しづつ膨らんでいった。




