私はドールを探している
私は窓から差し込む日の光で暖かくなった机の端を触った。この木の香りと感触、上履きの履き心地、制服の着心地にも、大分慣れてきた。
私は自分の知らない場所に飛び込む時は、色んなものを触って確かめ、その空間に自分を馴染ませる。壁、電気のスイッチ、誰かの肩、何でもいい。指の腹でその感触を確かめ、鼻でそっと深呼吸をする。そして、その空間に居ても違和感の無い自分という存在を、頭の中に少しずつ作り上げていく。すると言葉や表情が自然と生まれてくる。誰に教えられた訳でもない。長年の経験から生まれた、私独自のやり方だ。
馴染むとは柔らかくなること。この教室の子達とも、だいぶ柔らかな表情と言葉で会話が出来るようになってきた。クラス替え直後の四月に入れたのも良かったと思う。友達の輪が再構築されるイベントは、互いに自己紹介する機会を私に多く与えてくれた。
この女子校に転校てきてもうすぐ一ヶ月が経つ。私は日暮レナ(十七歳・出席番号三十番)として、この二年A組に柔らかく溶け込むことに成功した。
情報は命だ。そう教えられた。
二時間目の数学の授業が終わり、休み時間になった。教室が移動にならないので、みんな思い思いの過ごし方をしている。女子校の休み時間は意外と騒がしい。
私は前の席に座っているミサキの背中を指でつついた。彼女は友達第一号。プリントが配られた時などに、振り返りながらこの学校について色々教えてくれた。
ミサキはちょっと大人っぽい雰囲気の子、そして無類の雑誌好き。この時間は大抵、肘をついてファッション系の雑誌を読んでいる。
ミサキが振り返った。
「なに?レナ」
「ねえ、ミサキはもうそれ読み終わった?」
「だいたい読んだよ」
「じゃあ私のと交換しない?」
「いいよいいよ」
私は笑顔を作って、テレビ番組の雑誌を彼女に手渡した。
私はよくこうやってクラスメイトと物々交換をする。お小遣いを節約する為にやっている子いるけど、私は違う。私はお金にはそんなに困っていない。その辺のお店で売っている物なら、正直な話、大抵手に入れることができる。じゃあなぜ物々交換をするかと言うと、全てはコミュニケーションの為だ。
コミュニケーションを取る事でしか手に入らないものがある。人間関係やクラスの中での立ち位置といったものだ。それらに加えて、私が今最も欲しいもの、それは情報だ。それもこの学校に通う子達の生の言葉。
物には持ち主の言葉が刻まれる。ミサキからもらった雑誌にも、開き癖や折り目といった彼女だけの言葉が隠れている。彼女の最近の興味は髪にあると私は読んだ。
私は机に身を乗り出し、肩の位置で緩くまとめたミサキの髪に顔を近づけた。耳に少し息がかかる程の距離。そして彼女だけに届くよう意識して囁いた。
「ミサキの髪型、大人っぽくて素敵だね」
「え、何?どうしたの急に?」
「んー、後ろで見てて、なんとなくそう思っただけ。ねえ、どうやってセットしてるの?」
「えーっとね…あ、そうだ!いい事教えてあげる……」
彼女は頬を少し赤くしながら、嬉しそうに髪型の作り方やおすすめの美容院を教えてくれた。加えて最近観た流行りの映画の感想や、学校のちょっとした噂なんかも一緒に話してくれた。
私はこうやって情報を引き出している。
私は授業はあまり真剣に聞いていない。必要最低限の内容だけを頭に入れて、あとは周りの子の観察に時間を充てている。真剣に黒板の文字や図形を書き取っている子もいれば、隠れてコソコソ誰かと携帯でやりとりしている子もいる。よく観察していれば、その子の好き嫌いや考えていることは行動や仕草に現れる。私は目でそれを丁寧にすくい取る。そして、その子と仲良くなる為の話題を考える。
マイ、数学超得意、他の教科は全部苦手。社会科のN先生を本気で嫌っている。
サナエ、こっそりスポーツ漫画のキャラの絵を描いている。時々ポエムも。
ヨシコ、けっこう大きな悩みを抱えている、多分部活の後輩絡み。
私の本番は授業の合間の休み時間と放課後だ。手に入れた情報と考えた話題で、できるだけ多くの子と話をする。そうやってアメーバのように触手を伸ばし、女の子同士のネットワークを作っていく。この女子校は生徒がかなり多い。私がいる二年だけでもクラスはAからNまで十四もある。一年や三年の子とも知り合いになるとなれば、結構な労力が必要になる。
だから私は部活に入らないし、勉強も追試や補習にならない程度にしかやらない。私にはこの学校で何か良い成績を残す事は求められていない。卒業したその先についても、求められていない。
私はある女の子を探している。『ドール』と呼ばれる、普通とはちょっと変わった子。




