表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

私はドールを探している

 私は窓から差し込む日の光で暖かくなった机の(はし)を触った。この木の香りと感触、上履きの履き心地、制服の着心地(きごこち)にも、大分慣れてきた。

 私は自分の知らない場所に飛び込む時は、色んなものを触って確かめ、その空間に自分を馴染(なじ)ませる。壁、電気のスイッチ、誰かの肩、何でもいい。指の腹でその感触を確かめ、鼻でそっと深呼吸をする。そして、その空間に居ても違和感の無い自分という存在を、頭の中に少しずつ作り上げていく。すると言葉や表情が自然と生まれてくる。誰に教えられた訳でもない。長年の経験から生まれた、私独自のやり方だ。


 馴染(なじ)むとは柔らかくなること。この教室の子達とも、だいぶ柔らかな表情と言葉で会話が出来るようになってきた。クラス替え直後の四月に入れたのも良かったと思う。友達の輪が再構築されるイベントは、互いに自己紹介する機会を私に多く与えてくれた。

 この女子校に転校てきてもうすぐ一ヶ月が経つ。私は日暮(ひぐらし)レナ(十七歳・出席番号三十番)として、この二年A組に柔らかく溶け込むことに成功した。



 情報は命だ。そう教えられた。


 二時間目の数学の授業が終わり、休み時間になった。教室が移動にならないので、みんな思い思いの過ごし方をしている。女子校の休み時間は意外と騒がしい。

 私は前の席に座っているミサキの背中を指でつついた。彼女は友達第一号。プリントが配られた時などに、振り返りながらこの学校について色々教えてくれた。

 ミサキはちょっと大人っぽい雰囲気の子、そして無類の雑誌好き。この時間は大抵、肘をついてファッション系の雑誌を読んでいる。

 ミサキが振り返った。

「なに?レナ」

「ねえ、ミサキはもうそれ読み終わった?」

「だいたい読んだよ」

「じゃあ私のと交換しない?」

「いいよいいよ」

 私は笑顔を作って、テレビ番組の雑誌を彼女に手渡した。


 私はよくこうやってクラスメイトと物々交換(ぶつぶつこうかん)をする。お小遣いを節約する為にやっている子いるけど、私は違う。私はお金にはそんなに困っていない。その辺のお店で売っている物なら、正直な話、大抵手に入れることができる。じゃあなぜ物々交換(ぶつぶつこうかん)をするかと言うと、全てはコミュニケーションの為だ。

 コミュニケーションを取る事でしか手に入らないものがある。人間関係やクラスの中での立ち位置といったものだ。それらに加えて、私が今最も欲しいもの、それは情報だ。それもこの学校に通う子達の生の言葉。

 物には持ち主の言葉が刻まれる。ミサキからもらった雑誌にも、開き癖や折り目といった彼女だけの言葉が隠れている。彼女の最近の興味は髪にあると私は読んだ。

 私は机に身を乗り出し、肩の位置で(ゆる)くまとめたミサキの髪に顔を近づけた。耳に少し息がかかる程の距離。そして彼女だけに届くよう意識して(ささや)いた。

「ミサキの髪型、大人っぽくて素敵だね」

「え、何?どうしたの急に?」

「んー、後ろで見てて、なんとなくそう思っただけ。ねえ、どうやってセットしてるの?」

「えーっとね…あ、そうだ!いい事教えてあげる……」

 彼女は(ほほ)を少し赤くしながら、嬉しそうに髪型の作り方やおすすめの美容院を教えてくれた。加えて最近観た流行りの映画の感想や、学校のちょっとした噂なんかも一緒に話してくれた。

 私はこうやって情報を引き出している。



 私は授業はあまり真剣に聞いていない。必要最低限の内容だけを頭に入れて、あとは周りの子の観察に時間を充てている。真剣に黒板の文字や図形を書き取っている子もいれば、隠れてコソコソ誰かと携帯でやりとりしている子もいる。よく観察していれば、その子の好き嫌いや考えていることは行動や仕草に現れる。私は目でそれを丁寧にすくい取る。そして、その子と仲良くなる為の話題を考える。

 マイ、数学超得意、他の教科は全部苦手。社会科のN先生を本気で嫌っている。

 サナエ、こっそりスポーツ漫画のキャラの絵を描いている。時々ポエムも。

 ヨシコ、けっこう大きな悩みを抱えている、多分部活の後輩絡み。



 私の本番は授業の合間の休み時間と放課後だ。手に入れた情報と考えた話題で、できるだけ多くの子と話をする。そうやってアメーバのように触手を伸ばし、女の子同士のネットワークを作っていく。この女子校は生徒がかなり多い。私がいる二年だけでもクラスはAからNまで十四もある。一年や三年の子とも知り合いになるとなれば、結構な労力が必要になる。

 だから私は部活に入らないし、勉強も追試や補習にならない程度にしかやらない。私にはこの学校で何か良い成績を残す事は求められていない。卒業したその先についても、求められていない。


 私はある女の子を探している。『ドール』と呼ばれる、普通とはちょっと変わった子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ