爆走している馬車の中でちんすこうを食べるのは、タダの自殺行為である。
「……うっわぁ」
場所は変わりましてここはジーニャス魔法学園校門玄関入口。噴水前。じゃない、噴火前。
「……火が水みたいに流れてる」
何これ凄い。轟々と燃え盛る青色の火が重力に従って下に流れていく。そう、噴水の水の部分が炎なのだ。
「水のように流れる炎……」
『どうやって下に炎が流れてんの?』『こんな近くで見てんのになんで火の粉全然かからないの?』っ言う原理云々の現実的疑問も、この景色の前では無粋になってしまう。
ただただ、見とれてしまう、この雄大さ。今日1日の苦労はきっとこの景色を目に焼きつける為のインクでしかなかったのだ。
本当に、今日は色々あった。……まだ、多分午前中だけどね。例の如く時計がどこにも無いため、時間がわからない。不便だ。
まず、朝の目覚めは『ごトンっ』だった。お察し通り、ベットから落ちた音である。今でも、ケツが……間違えた。お尻が痛い。
そこに、あの赤髪のオッサンが入ってきた。昨日のおずおずとした態度はいったいどこに行ったのか、ノックもせずにレディの部屋にずかずかと入り、
「貴族様っ!!もう、出発しなければ入学式に間に合いませんっ!」
と、響く大声で言いやがった。朝だよ?寝起きのレディだよ?ケツ痛めてる怪我人だよ?信じられる?頭キーンってなったわ。
でも、まぁ、相手は仕事だだから仕方ないか。寛大な心で許してあげよう。なんか、体が美人になると心も美人になったみたいだ。
「……おはよー、ございます。取り敢えず出て__
「ほら、早く馬車にお乗り下さい!」
「あのぉ、着替___
「もう、10時です!」
「……せめて、朝食を食べさせて下さい」
「そこにある、ちんすこうでいいでしょう。ほら、床に寝っ転がっていないで、馬車にお乗り下さい」
……なんだよっ!!このオッサン。偉そうに!人のパーソナルスペースに土足で上がり込みやがって。女子には朝の儀式があるのを知らないのか?!
着替えたり、髪梳いたり、顔洗ったり、化粧したり色々………………ん?待てよ、あれ?私このどれも朝起きてからやった事、ナ、イ?
「まず、パジャマ兼、部屋着は着替える必要無い。髪はそもそも手入れ放棄してるから、まともに櫛が通らない。よって放置。化粧?何それ、私に顔を塗装する趣味は無いっ!……ア、レ?」
…………ウン。ま、まぁ、とにかく女子にはいろいろあるんだ!朝の聖なる時間に踏み込むなっ!
そして、昨日から思ってたけど私の愛らしい声をその大声で掻き消すなっ!何回も、何回も。ホンット何様だよ、全く。
「何を仰っているのですか?カバンは既に馬車積みました。あとは貴女だけです」
地味にダメージ食らっている私をオッサンはガン無視。無理やり立たせて馬車に詰め込んだ。この際の私の扱いは完全荷物だった。
怨むぞオッサン。この美しい少女を荷物扱いしやがって。もう怒った。1週間1回以上必ずGに襲われる悪夢を見る呪いをかけてやる。
それで、なんだだかんだあって馬車に乗った。オッサンは急いでいるのか馬をこれでもかというほどの速度で走らせた。
もう、『ガタゴトガタゴト』とかじゃなくて『ガコッ、ぼっゴン、バキッメキッ!ヒヒーん。あっ、やべミスった!』って感じだった。属に言う『爆走』ってやつだった。
これでもかというほど、舌を噛んだ。かろうじて手に取ることが出来た、あのちんすこう食べてるときとかもう地獄だった。
口の中は血の味でいっぱいになった。それに伴ってオッサンに対する怒りもいっぱいになった。
そんな血の滲むどころか、血を吐くような苦労を経て見たんだ。感じるものも、感動も、大きくなるというものだ。
髪はボサボサ、皺くちゃドレス。リボンは解けかけ、口の端から微かに血を流し、虚ろな目で流れる炎を眺める私。
そんな姿の私を化粧、髪型共にバッチリキメた淑女達はクスクスと笑いながら通り過ぎる。殿方は口の端を歪めつつ、遠くからジロジロと見ている。ハエが羽を擦るように、ざわざわと、ザワザワと。
「……あぁ、なんか久しぶりだなぁ、この感じ」
あぁ、なんて懐かしい。この口の中に無理矢理汚物流し込まれ、水ですすいでも鼻に、口に残る悪臭のようなクソみたいな感じ。
誰にも見られず、ゴミとして扱われ、遂に自分はゴミなんじゃないだろうかと、錯覚してしまったあの日。
うふふ、ここでも味わうことになろうとは。せっかく美人に転生したのにね。
「嗚呼、その人間、おまえがうんざりしているその人間が、永遠にくりかえしてやってくるのだ」
まさに、その通りじゃないか。
嫌になっちゃうなぁー、まったく。タダでさえ水分不足なんだから余計な水流したくないのに。
こんなにも空は晴れているのに私の心は曇天ってね!見事な対比だね!
と、ネガティブ思考の沼にズブズブとハマっていた時だった。やけに興奮したその声が背後聞こえたのは。
「……凄いっ!なんて美しいElement比なんだっ!あっ!君もこの美しさがわかるのかい?!」
なんだ、このハイテンションな声は。まるで、神絵師による素晴らしいゲームグラフィックに感動する私みたいな声だ。
多分、君っていうのは私だよね。でも、このテンション的に嫌な予感がする。そして、派手にどっかで聞いたことある声だ。
そんな、諸悪の根源を見るような心地でノッソリと振り返った。
「……チッ、やっぱりイケメンかよ」
薄々、感じてはいたんだ。このゲームをプレイするにあたり、避けては踏み越えれない、大嫌いなヤツらがいるってことは。
「……おぉ、神よ、クソッタレ……っ!」