宿屋の食事が全力で私の水分を奪いにトリプルATAKでやって来る。
鏡に映った美しくも、すっかり色が抜けてしまって青白くなった顔。それは私、では無い。
「キーラ・グレイアム?」
そうだ。この子はキーラちゃんだ。身長は高くもなく、低くもなく。老婆のような灰色なのに、美しく見える髪はゆったり弧をえがいて腰の辺りで踊っている。
肌は、抜ける様に白い。それを紺色のドレスで覆っている。折れそうなほど細い首元で揺れる星色のリボンが何とも愛らしい。
肩の上にちょこんと鎮座している顔はもちろん白く小さく。その代わりに瞳がこぼれ落ちそうなほど大きい。銀色に輝くそれはまるで鏡を綺麗に磨いて嵌め込んだよう。鼻はほっそりと、だがちゃんと彫りがある。口は仄かにピンク色を出し、人形のような顔に確かな生命力を主張している。
「めっちゃ、美しい。何この子?!神秘的過ぎて泣ける」
長々と体を見てみたが要はそういう事だ。とにかく美しい。その姿を目に入れた瞬間、意味もなく頭を垂れてしまうレベル。
「あっ、やばい、本当に涙出て来た」
鏡の自分の姿を見て泣くという傍目から見れば何ともおかしい行動なのだが、誰も気遣ってくれる人はいない。居るのはちょっと体と頭の中身が伴っていないアホな女の子だ。
「……グズっ、これ私じゃないよね?」
ウン。私じゃない。キーラ・グレイアム。……結構、いや、かなりハマって攻略の限りを尽くした乙女ゲーム「キミだけを救う」の主人公ちゃんだ。
「じゃぁ、私は誰?」
鏡に映る自分に向かって問いかける。これがゲシュタルト崩壊か。いや、既に顔が私じゃない時点で自我崩壊か。
「私、私は佐々木ヒナタ、16才。自称ゲーマー。入学祝いのお金を全てゲームに注ぎ込み、ろくに睡眠、食事もせず、ゲームを春休みを通り越し、新学期を迂回して、ゴールデンウィークになってもプレイし続ける。お母さんの枕を涙で濡らした、親不孝者。あと、トラック的なものに引かれてアッサリ死んだ」
ウン。私だ。整理してみると色々わかった。ウン。多分、コレはかの有名な「転生」という奴ではないだろうか?
あれだ、前世というやつでプレイした乙女ゲームの主人公に転生しちゃった系女子だ。
そして、多分ここは宿屋だ。主人公は遠い街から馬車でゲームの舞台となるジーなんちゃら魔法学園に向うのだ。1日ではつかないから宿に泊まったんだよ、確か。
最後に、私って結構な屑野郎だった。せめて、入学式ぐらいは出席すれば良かった。……紅白の大福貰えるし。あれ?それは卒業式だっけ?
「よし、色々わかったつまり私は、乙女ゲームの主人公キーラ・グレイアムの体を手に入れた佐々木ヒナタだっ!!」
オー。スッキリした。自分がわからないって1番怖いよね。でも。何でだろ?転生する時って普通、キーラちゃん自体の記憶があるはずなんだけど……ウン。見事すっぽり抜けてるね。……そもそもそんなのあったのか?
とにかくあるのは私のだけ。つまり、佐々木ヒナタの16年間の記憶のみだ。大した記憶じゃないな。
「とりま、色々わかったし、これからどうしていくか考えないとだよね、ゲームやりたい」
そうだ、これからどうしよう。たぶんこの乙女ゲーム「キミだけを救う」で構築された世界で生きてかなきゃなんないんだよね。しかも、主人公役として。……何ていうか、大役だなぁ。まぁ、でも、こんな可愛らしい声、神レベルの体が自分のモノなんだから、すっごいお得だよね、利子来るレベルだよね。転生させてくれた人ありがとう。トラックの運転手さん、もう私はあんたを恨んでないよ!むしろありがとうっ!!
「まず、記憶が新しいうちにゲーム内容思い出そう」
別に、悪役とかじゃないから死なないとは思うけど一応。テンプレだしね。
あー、でも攻略し尽くしたゲーム程面白くないゲームもないよなぁ。あえて思い出さないで、忘れて新たな気持ちで楽しむってなのが良いかも。ウン、そうしよう。ゲームは愉しむもんだからね。
「確か、ストーリーを楽しむ系の丸ボタンカチカチゲームだったし、選択さえ真面目にやれば死ぬってことはないね」
それよりも、このゲームはかなりハマってやり込んだからゲーム内容を忘れれるかのほうが重要だよね。あの、イケメン共の屈辱に染まった顔とか、忘れたくても、忘れられない快感だし。
「てか、今何時?お腹すいたんだけど、ちく輪食べ損ねたし」
そう、辺りをみわまして見る。結構広い。
雲の上かと誤解してしまいそうなほどのフカフカベット、余裕で大人3人ぐらい隠れんぼ出来そうなほど大きいクローゼット、怪盗が優雅に入ってこれそうな大きな窓、ぶら下がって遊べそうなシャンデリア、ふさふさの赤い絨毯、さっきまで見てた美しい少女が映った鏡、今すぐ質屋に駆け込み売りたいという衝動に駆られるお高そうな絵画、以下省略。感想、
「高そう。売りたい。んで、ゲーム買いたい」
しかし、それだけのものが並ぶ中で、時計だけが無い。窓から日がさしてないことから、多分夜ってことしかわからん。どうすんだよ。腹減ったよ。ちく輪でも何でも良いから固形物食べたい。ゼリーは却下。
「……って、あるじゃん」
すぐ後ろの、これまた高そうな、繊細な細工が入った小さめの机の上にクッキーと、メロンパン、ちんすこうが置いてあった。
「えっと、コレは何かの嫌がらせ?!」泣くよ?!
見事に、口の水分を全力で狙ってきてる。いや、冷静に考察してる場合かよ!おかしいだろ!お菓子だけに!
「なんか、和洋折衷通り越して、お前は何をしたかったんだよ。せめてヨーロッパ風とか、日本風に統一しようよ、ゲームだろ?そういうのちゃんとしないとプレイヤーが離れてくぞ……そして水分ください」
もう、何なんだよ。今日いったい何回「何なんだよ」と、「意味わかんないよ」使うんだろ。一生分使った気分だよ。もう疲れたよパトラッシュ。死ぬ気は無かったけど精神的にこのゲーム私のライフ削って来るよ。
「まぁ、これも含めてゲームなんだろうし、楽しまないとだよね。自称ゲーマーの名が廃るわ!」
おっしゃ、なんか元気出てきたぞ!カラ元気だけどな、いろいろ諦めて最後に浮かべる笑顔って感じの元気だけどね!
「よし。メロンパン食べて寝よ!」
むしゃむしゃと、特に好きでも嫌いでもないメロンパンを腹に収め、ベットに横になった。さっきまで寝てたというのにまた眠気が襲って来る。最近、ゲームばっかで寝てなかったからなぁ。
「はぁ~、コーカイしない様に、だね」
死んだり、生き返ったり、土下座されたりいろいろあったけど……なんだろうこのどこからも無く溢れ出てくるワクワク感。きっと、絶対面白いことが出来る、そんな予感。
そんな淡いくも、確かな期待を胸に私は眠りに落ちた。
『それは、貴女次第』とでも言うかのように星は静かに瞬く。私のベットが静かに重力に逆らい浮くのを、その星たちだけが見ていた。