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ふらり  作者: Nymphium
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帰省

死んだ目で夜景を眺める。

満員電車に揺られ、知らない人間に四方から押し込められている。

ひどく蒸し暑い車内におっさんの汗やおばさんの香水の匂いが充満する。

いつもの日常。

いつもの風景。

ただ死んだ目で、夜景をぼんやりと眺めている。


いわゆる片田舎で育った。

都内から考えると果てしなく田舎だが、駅まではそれほど遠くなく周辺もそれなりに栄えている、特徴のない片田舎。

父親は60歳正雄、母親は57歳久見子。

特に不自由なく過ごす。

それなりの大学の理学部を卒業し、研究室の斡旋でそこそこの都内の企業に就職し2年が経つ。

会社から電車で1時間ほどのマンションに住み、なんの夢も無いまま、満員電車に乗り、人混みの間を縫い、上司に頭を下げ、退社する。

なぜ仕事をするのか。なぜお金を稼ぐのか。なぜ生きるのか。

何も分からないまま、いや、かんがえないままに日々を過ごす。


ぼんやりとビルの明かりを眺めていると、スマホのバイブ音がポケットの中で響いた。


「もしもし」


「もしもし、修司? お母さんだけど。シンヤくんから電話があって、こんどレナちゃんと結婚するんだって。それで式を挙げるから修司も来ないかって……」


突然の報告に、しばし呆然とした。

シンヤが結婚、しかもレナとか……。


シンヤとレナは幼稚園以来の、中学までは同じ学校の親友だ。

中学校以来二人とは疎遠になっており、そんな関係に発展しているとは全く知らなかった。


「ああ、ちょうど盆だし、とりあえず参加することにしといてよ」


そういって電話を切った。

地元の友人の結婚式には参加しておかないとな。

しかししばらく会ってないこともあり、なんとなく気が重かった。

しかしあの二人が結婚とはな……。


シンヤと、もう一人ワルガキのタクミと川や山で、ゲーセンや学校でよく遊んでたっけ。

神社や墓で遊び回っては怒られた。

クレーンゲームで手際よく景品を取っては中古屋に持っていき、3人で豪遊した。


レナは小学4年で県外から転校してきた、俺の初恋の相手だ。

少なくとも街にはいないような、エキゾチックな雰囲気を持っていた。

一方で元気がよく、男子に混じって鬼ごっこやサッカーをしてグラウンドを走り回っていた。

小5の時、俺とタクミでどちらがレナの彼氏になるかで喧嘩になった。

だが、


「どっちも友達だけど、どっちの彼氏にもならないよ」


というレナの宣言により、初恋は終わり、以降4人で遊ぶことが多くなった。

今思うに、あの宣言にはレナがシンヤのことを好きなことも含まれていたのかもしれない。


------


今日も死んだ目で満員電車に乗る。

同じ顔をした乗客たちの体臭が鼻を貫く。

ビルの窓に反射した太陽光が目を焼き切る。


「おはようございます、佐々木君」


ゾンビみたいになった俺はビルのエントランスで声をかけられる。

高瀬夕海。

会社の同期。

営業部に在籍しており、仕事をテキパキとこなし気配りもでき、部内での評価も高い。

さらに快活で可愛く、俺は彼女のことが好きだ。

部署は違うが、彼女とはたまに会話を交わす。

他人以上にはなれたかなと思う反面、快活な彼女にとってこの程度は何のことないのかもしれないとも思っている。


「おはよう高瀬さん」


朝から高瀬さんに声をかけられてテンションが上がったが、顔には出ないようにする。

とはいえこれから仕事だ、それを考えるだけで死者よりも無表情になっていく。


ー結局、今日は常村課長に3回も怒鳴られた。

たしかに1回は自分のミスだが、あとの2回はお前の指示不足じゃないか。

とはいえこの男はしばらく大声で何かを喚いたらそれで終わりなので、常村の気が済むまで感情を0にして突っ立っていればいい。

自分のミスというのは、2回めの説教の途中でしてしまったあくびのことだ。

あくびにいちいちケチをつけてくる人間の話をこれ以上聞きたくなかった。


定時になるとタイムカードを切り、足早に会社を去った。

心からの死んだ目で満員電車にねじ込まれ、車窓から見える月を眺めた。


------


感情を0にしてプライドを押し込み、常村に頭を下げ、なんとか盆には地元に帰れることになった。

数年前にはすでに新幹線が地元付近を通るようになっており、都内からはそんなに遠くない場所となっていた。

とはいえ何か魅力のある場所というわけではなく、普通の人から見ればただの通過駅でしかない。


車窓から見える景色は、無機質なビル街から緑色に移ろいでいき、青々とした木々や田園風景を映し出す。

都会では見られないな……と一瞬思いながらクスリと笑う。

少し前までは当たり前の風景だったのにな。


1週間ほど滞在するので大きな旅行かばんを持ってきた。

駅には母親が車で待機していた。

久しぶりだが他愛のない会話。

久しぶりだが見慣れた風景。

何も変わらない久しぶりの家。

ここでは時間が止まっているかのように、しかし極めてゆっくりと流れている。

ただいま。


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