猫岩の物語
あるところに、猫がいました。猫は男の子で、海辺の森に住んでいました。
猫には友達がいました。三毛の女の子で、いつもふたりで遊んでいました。浜辺で貝殻を拾ったり追いかけっこをしたりしていると、楽しくてすぐに時間が過ぎてしまうのでした。猫は三毛の子猫が大好きでした。
三毛の子猫は、不思議な話が大好きで、どこで聞いてきたのか、いつも妖精だとかお化けだとか、海の向こうの遠い国のことだとかを、猫に聞かせてくれました。
猫は最初は疑っていましたが、今は三毛の子猫を信じていました。なぜなら、妖精のパレットの七色の雲が本当に現れたり、お日さまを食べるカラスやお月さまを食べるコウモリが本当にやってきたりしたからです。
ある日、三毛の子猫が、うれしそうに言いました。
「南の島の王子様が、私を舞踏会に招待してくれたの。今晩、海亀のお迎えが来るのよ」
猫は、ちょっとびっくりしました。そして、ちょっといやだと思いました。でも、うれしそうな三毛の子猫を見ると、行くなと言うわけにもいきません。それで、平気なふりをして言いました。
「そうなんだ」
「おみやげは何がいい?王子様にお願いすれば、どんな宝物でももらえると思うわ。わたし、真っ赤なサンゴのネックレスと、真珠のイヤリングが欲しい」
三毛の子猫は、うきうきした声で言いました。猫は、楽しくありません。それで、少しぶっきらぼうに言いました。
「宝物なんて、いらないよ。そうだ。緑色のカタツムリの貝殻が欲しいな」
緑色のカタツムリのことは、ずっと前に三毛の子猫から聞いたことがありました。南の島に猫の王国があって、島の真ん中の火を噴く山のふもとに妖精の村があるそうです。緑色のカタツムリは、妖精たちが魔法の儀式のために大事に飼っているとのことでした。
手にいれるのは無理だろうと思いましたが、猫は、三毛の子猫に無理を言ってみたかったのです。
そんな猫の態度を気にするでもなく、三毛の子猫は、うきうきした顔のままで言いました。
「わかった。王子様に頼んでみるね」
最後に三毛の子猫は、猫の目を見て微笑みながら付け加えました。
「次の次の満月の日には帰るつもりだから、楽しみに待っていてね」
猫は少し安心しました。猫は三毛の子猫を見送ろうかどうしようか迷いましたが、なんだか悔しい気がして、その夜は浜辺に行きませんでした。
明くる日から、三毛の子猫は、姿を見せなくなりました。言っていたとおり、南の島に行ったのでしょう。
次の次の満月の日、三毛の子猫は帰って来ませんでした。
猫は毎日浜辺に来て、三毛の子猫を待ち続けました。海亀は、クラゲを見ると追いかけたくなって、寄り道をすると聞いたことがありました。だから大丈夫だと思いました。それに、三毛の子猫は約束を破ったりしないのです。帰ってきたらどんなことをして遊ぼうか、考えていると、時間はすぐに過ぎていきました。
満ちていた月が欠け、また満ちてを繰り返しました。三毛の子猫はまだ帰って来ません。
雨の日も風の日も、焼けつくような夏の日も、凍えるような冬の日も、猫は三毛の子猫を待ち続けました。しまいには、食べることも寝ることも忘れて、浜辺でじっとしているようになりました。
猫はいよいよ死にそうでした。猫はいつのまにか、おじいさんになっていました。
三毛の子猫は、まだ帰ってきません。でも、ちっともつらいとは思いませんでした。待っていることが、楽しくて仕方なかったのです。
そんな猫の姿を見た神様が、猫をライオンよりも大きくて丈夫な岩に変えてくれました。
何百年か、たちました。
猫はまだ、同じ場所で三毛の子猫を待ち続けていました。
ある日、二匹の子猫たちが、きらきらした海の向こうから海亀に乗って、猫のいる浜辺にやって来ました。
猫は「あっ」とうれしい声をあげました。なぜなら、二匹のうちの一匹が、見覚えのある三毛の姿だったからです。
でも、岩になった猫の声は、子猫たちには聞こえません。
三毛の子猫が言いました。
「おばあちゃんのおばあちゃんのおばあちゃんの、そのまたずっとおばあちゃんが、この浜辺の近くに住んでいたんだって」
そう言って、三毛の子猫は、緑色のカタツムリの貝殻を、首に下げた巾着から大事そうに取り出しました。
「これをお友達に届けたいんだって」
「そんなの、夢の中のお話でしょ。信じられないな」
灰白の子猫は、ちょっと笑いながら言いました。
「それに、何百年も前のお話でしょ。そのお友達、もう生きてるわけないし」
「ここにいるよ!」
猫は思わず叫びました。でもやはり、声は子猫たちには届きません。
しばらくのあいだ、子猫たちは辺りをうろうろしたり、岩になった猫に登ってみたりしていましたが、やがて、海亀に乗ってもと来たほうへ帰って行きました。
待ち続けてから初めて、猫の目から涙が溢れました。何日も泣き続けました。涙が枯れるまで、泣き続けました。
いつのまにか、猫の傍らで、一輪の浜車が咲いていました。浜車の葉先が猫に触れて、猫はちょっとくすぐったいなと思いましたが、そのあとはもう、何も感じなくなりました。




