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05__仮初めの妃の仕事

まだ 1日目の続きです。




___視点:〔森の妖精(イリフィ)〕- リーゼロッテ=サフィール___


石板を タイルの様に貼りあわせた廊下を歩きながら、魔法使いリーゼロッテは 溜息をこぼした。

彼女は、この王宮へ来て わずか1時間に充たない間に、幾つも驚愕の体験をした。

この国の若き王である ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド。

彼にそなわっていた天賚てんらいが原因である。

天賚てんらいとは、その名称の通り、天におわす神々より たまわった( = 賜わった = 与えられた)能力スキルし示す。

魔法使いの能力スキルは云うに及ばず、それ以下の者達の特殊能力も すべ天賚てんらいと云われるモノだ。

天気を予測したり 占いをしたり、動物達と言葉を交わしたり 植物の育成を促進させたり、と 天賚てんらいにも 様々ある。

しかし、これ等は 決して強力な能力スキルではない。

魔法使いならば、大半が 身に付けている能力スキルであり、特殊なモノではない。

だが、ラノイが有していた戒縛のちからは、間違いなく 希少能力レア スキルだった。

血筋で発生し易い能力スキルであるらしい、と 魔法使いリーゼロッテは 推測していた。

彼女の故郷-エスファニア王国にも、同じ天賚てんらいそなえる者がいる為だ。


《 聴いていた以上に、厄介なちから。》


亡き父から 戒縛のちからおそろしさを聴いていたのだが、此処までの脅威に曝されたのは 今回が初めてだった。

他を『いましめ縛る』能力スキルは、魔法使いでも 有する者はない。

本当に 希少で、或る意味 何よりもおそろしい能力スキルだ。

影響力の強弱はあれど、この能力スキルの本領は、主に 魔法属に対して発揮される。

動きを停めさせる・特定の行動を制限するなどと云った干渉は、まだ軽いほうだ。

最も警戒すべき効果は『強制的に 魔法使いを操る』点にある。

もっとも、エスファニア王国の侍従長-セレディンは、此処までの影響力を与えられない。

覚醒していない事もあるが、そもそも、彼は 戒縛のちからが弱いのだ。

それであったとしても、魔法属には 充分な脅威なのだが、ラノイは その域を超えている。

ラノイならば、言霊を発するだけで 魔法使いリーゼロッテの魔法を発動させる事も可能だろう。

勿論、意思に反しての 強制発動を、である。

事実、彼女は、威嚇する程度の魔法も あの腕からのがれる為の武術も、一切 揮う事が出来なかった。

老獪な魔人や魔女を 幾度もしりぞけてきた〔森の妖精(イリフィ)〕としては、有り得ない状態だ。


かつて、父さまがとらわれていたと云うはなしにも 納得だわ。 決して近付くな、と云う注告にも……。》


ラノイの腕の中で翻弄された時、逃げる事が可能ならば この王宮の一部を崩壊させてでも逃げ出したかった。

しかし、それは 既に制限されていた。

何10万といる魔法使い達の中で かなり上位に数えられる彼女でさえ、この束縛にさからう事は出来なかった。

ラノイの二面性に驚き 戒縛のちからに翻弄される内に、臨時の妃を演じる事態になってしまっている。

〔獅子王〕が 異国の娘を妃に迎えたと云うはなしは、飛ぶ様に 王宮を駆け巡った。

しかし『正式に 婚姻の儀を』と進言する臣下は 1人もいなかった。


《 せめてもの救いだったけれど……。》


臣下のすべてが、王にめとられた妃を祝福していない、と云う事だ。

つまりは、周囲の全員が 信のおけない者達であり、何等かの企みを持っていると云う事でもあった。

王を失脚させんとする者も 王の権力に擦り寄らんとする者も、突然 現れた王妃を快くは(おも)っていない。


《 こんな処に、何年もいたせい?》


王位に就任して 何年も経たないが、いろいろと遭った事は 伝え聴いている。

混乱は治まったが、今も気を抜けない状態だと云う事も 簡単に説明されていた。

その為か、王宮にいるラノイは〔獅子王〕の姿を貫こうとする。

勿論、威圧的な獅子の姿も、自由気儘を絵にいた 猫の様な姿も、どちらも『ラノイ』の本性だ。

演じているのではなく、そもそも ああ云った性格をしているのだ。

しかし、他で 少年の様な無邪気さなどを垣間見せないのは、やはり 気を張る必要性を感じているからだろう。


《 昔の 母さまと、一緒………。》


彼女の母 - アナスターシァは、エスファニアの王女として生まれ みずからの意思で王城を脱するまで、笑いもしない姫だった。

王女は〔緑の手〕と云われる天賚てんらいそなえていた。

これは、手でれた植物の成長を促進させ、その植物がそなえる効力を最大限に高める天賚てんらいだ。

幼い時から この能力に目覚めていた第二王女アナスターシァは、事ある毎に 植物に触ろうとする。

れるだけで、その植物が食用なのか 薬草になるのかなども判ってしまう能力スキルだ。

教えられなくとも、れた植物の特性も 特徴も伝わってくるのだ。

導かれる様に 様々な植物に触ろうとしたのも、自然な流れである。

だが、厳格だった当時の王は これを赦さなかった。

大国の王女に あるまじき能力スキルと一喝し、彼女アナスターシァの自由をうばったのだ。

以後、第二王女アナスターシァは『笑わぬ姫』と異名をとる様になった。


《 結局、母さまは、自分を取り戻す為に 王家である事を棄てたけれど、ラノイ様は……。》


彼は、闘う為に この国の王となったのだ。

それは 圧政に苦しむ民の為であり、この国が 他国に侵略される事を防ぐ為でもあるのだろう。

わずかに 心安い者達がいる様だが、それでも 今の状況は、ラノイにとって『こころざし半ば』と云ったところなのだろう。


《 今、生命いのちうばわれるのは 無念でしょうし………。》


魔法使いリーゼロッテは、ラノイの中に『危機の芽』が育ちつつある事を視抜いていた。

何者かの悪意が ラノイのからだに蓄積しつつあったのだ。

人の良い魔法使いリーゼロッテにとって、見過ごせない事態でもあった。

それが躊躇となって、つい『仮初かりそめの妃』などと云う茶番を受け入れてしまった訳だが。


《 考えてみれば、妃と云う立場でなくても良かった様な………。》


今更である事は、本人も理解している。

少人数とは云え 大臣達に見られた上、ラノイの爆弾発言があったのだ。

回避は難しかったとも云える。

しかし、後悔は尽きない。

ひそかに溜息をいている彼女が 数人の女官達に案内されたのは、豪奢な部屋だった。


  「ほう」


だだっ広い部屋の壁には 豪華絢爛な装飾が施されていた。

その壁際に、何人もの侍従官や女官達が ならんでっていた。

部屋の中央に 香木を削り出したテーブルと椅子が1セットあるだけだが、何とも云えない 圧迫感のある空間になっている。

用意された衣装に着替えて現れた魔法使いリーゼロッテを、先に来ていたラノイが 熟々つくづくと眺める。


  「取り急ぎ用意させたが、良く似合う」


香木を削り出した椅子に掛けたラノイが、微笑と共に 賛辞を向けた事が珍しかったのか。

壁際に 何人もいる女官達が、吃声を飲み込んだのが伝わった。

褒め言葉に反応したのか 微笑に驚いたのかは、気になるところだ。

しかし、魔法使いリーゼロッテは 内心の興味をおくびにも出さず、婉然と微笑んで返した。

「ありがとうございます」

そう言って、ラノイの手に招かれるままに テーブルへ近付いた。

そんな魔法使いリーゼロッテが、ゆっくりと テーブルの上を移動する。

そして、準備されていた2脚の湯呑の上で止まった。

「共に 茶を喫し、そなたのはなしを聴かせてくれ」

王の命令に、返す言葉は 1っだけだ。

「仰せのままに」

ふわりと笑んだ そのが、1人の女官へ向いた。

そして、魔法使いリーゼロッテやわらかく微笑んだ。

「後は、わたしが」

茶の準備をしようとしていた女官の手から、そっと 急須をり上げた。

物腰は やわらかいが、そのじつ 有無を云わせぬ態度だった。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:〔獅子王〕- ラノイ=アシュリオン=ラッケンガルド___


ラノイは、うつくしい魔法使いリーゼロッテを見詰めていた。

ラッケンガルドの宮廷衣装に着替えた彼女に、人眼ひとめはばからず 見惚れていただけではない。

彼女の向ける視線に、その一挙手一投足に、わずかな違和感をいだいたからに他ならない。

何気なく振舞っているが、彼女の態度は 何かを警戒してのモノだと直感した。

ラノイは、見惚れている様でありながら、そのうらで 抜かりなく室内の者達の様子をうかがっていた。

それは、これまでの常であり みずか生命いのちを護るすべでもあった。

だからこそ、魔法使いリーゼロッテの真意に気付けたのだろう。


《 何かあるのか。》


更に 注意深く見ている内に、魔法使いリーゼロッテは 茶の準備を始める。

エスファニア王国や フォルモーサ王国・サマリア王国では、茶と云えば 紅茶が主流だ。

サマリア王国の東にそびえる山脈を越えた先にある このラッケンガルド王国では、茶と云えば 煎茶や焙じ茶の事をす。

慣れた手付きで、魔法使いリーゼロッテは 急須に茶葉を入れ 湯を注ぐ。

蒸らしている間に、魔法使いリーゼロッテは ラノイの前に据えられた湯呑を手にった。

白磁の湯呑は、小さめで 浅い作りだ。

なめらかな手触りの ガラスの様な質感の、華奢きゃしゃな陶磁器の湯呑だ。

「美しい器ですね」

手にって眺めている その指先が、器の縁を そっと撫でた。

何気ない仕草であったが、彼女の素性を知るラノイのには 最も不自然に映った。

飲み口にれるなど、彼女はしないだろう。

こう(おも)えば『れなければならない理由』があったと結論付けられる。

そうする事で何が起きるのかは 全く想像が付かないが、ラノイは 魔法使いリーゼロッテを信頼していた。

すべてを任せようと(おも)っていた。

出会って短い時間でしかないが、全幅の信頼を置いていると云っても過言ではない。

ゆえに、この時も 違和感を指摘はしなかった。

ラノイ-以外には 彼女の手許てもとは見えなかったのか、ただ-単に 魔法使いに見惚れているだけか。

誰も 不信のを向けなしなかった。

ラノイの視線も 周囲の視線も気にしていないらしく、魔法使いリーゼロッテは、茶托に戻し 急須の茶を注いだ。

「どうぞ」

差し出された湯呑を受け取り、口を付ける。

「 –––––––––––––………… 」

一口 ふくんで、ラノイは 瞠目した。

ゆっくりと嚥下しながら、 おのれの手の中にある湯呑をみおろしていた。

薄茶色の水面には 小さなさざなみがたち、映るべきラノイの喫驚顏を ぼやけさせている。

「 …………美味い」

感動を極限までおさえ、それでも こらえ切れずにこぼれた賛辞に対し、彼女は 淡白な礼を述べた。

「ありがとうございます」

ふわりと微笑んで 王に応えた後、もう1脚の湯呑へも 茶を注ぐ。

そして、そばにいた女官を振りかえった。

如何いかがです?」

自分用に用意されていた湯呑を 女官に差し出して、茶を飲む事を勧める。

ちなみに、こちらの湯呑の飲み口は れていない。

「めっ、滅相もありません!」

大惶おおあわてで、若い女官は 後摩去あとずさった。

「わっわたしの様な者が とっととととんでもない!」

少々 大袈裟に断られ、魔法使いリーゼロッテは ほんのりと笑んだ。

「そうですか」

戦慄わなないて首を振る女官からを逸らし 王のほうへ向き直ると、その湯呑を 茶托へ戻す。

この時、彼女は この湯呑の飲み口へも れていた。

実にり気ない この仕草を見つつ、ラノイは 茶を飲み干していた。

あっと云う間にからになった湯呑に気付いて、魔法使いリーゼロッテが尋ねた。

「おかわりは 如何いかがですか?」

テーブルの脇に立ち 女官の代わりに給仕をする魔法使いリーゼロッテを見上げ、ラノイは を細めた。

それは〔獅子王〕の微笑みだった。

「確かに そなたの淹れる茶は美味いが、共に喫せよと申したのだ」

向かいの席に座る様に示されて、彼女は 急須を手にためらった。

どうやら、こうしているのが 彼女にとって極-自然な事らしい。

「普段は そうしているのか?」

「はい」

おかわりの茶を注ぎながら、正直に答える。

「お仕えしている主人や、主人の大切な ご友人の方達や お客様達へ、こうして お茶を淹れて差し上げ、一時いっとき 寛いで頂くのが、この半年の日課になっておりました」

仕えているのが エスファニア王だ、と知れるのは うまくない。

その判断から、一部の表現をぼかしている。

周囲の者達が 此処から察する事が出来るのは、何処どこかに仕えていると云う事だけだろう。

この国の民にいる筈がない銀髪は、それだけで 彼女が他国の者だと示している。

気品と 洗練された仕草から、何処どこかの国で 貴族などに仕えているらしいと想像する程度だ。

室内の女官達は、熟々つくづく魔法使いリーゼロッテの後ろ姿を観察している。

「料理もか?」

いつもの茶を 驚きの美味さで淹れるのだ。

料理も さぞかし美味いのだろう、と云う 単純な発想で尋ねていた。

「一応 厨房には専属の方達がいらっしゃいますから、いつもではございませんが、時折 作らせて頂いております」

返答に、ラノイは驚いていた。

魔法使いリーゼロッテは、王家の血に連なる者だ。

身分や出生をかくしているとは云え、血筋としては 高貴な生まれだ。

加えて、高位の魔法使いでもあり〔森の妖精(イリフィ)〕でもある、特殊な存在だ。

「 –––––––––––––………… 」

まさか、本当に作っていたとは(おも)わなかったと云うところだった。

表情には出さなかった為 誰にも気付かれる事はなかったが、流石に不自然な沈黙だった様だ。

「ラノイ様?」

魔法使いリーゼロッテの 疑問を含んだ呼び掛けに、ラノイは 改めて彼女を見上げた。

「だが、今は 私のつまだ」

念を押す様な言葉だった。

おっとと同席し 茶を喫する事に、何の遠慮も要らぬだろう」

女官の様に 給仕をさせる為にあるのではない、と 暗に示している。

こう言われては、妃らしい行動をらざるを得ない。

「 …………はぃ」

仕方がなくと云った感じで、魔法使いリーゼロッテは 席に着いた。

そして、控え目な笑みをかべる。

「 ––––––––––––少し、落ち着きません」

「じきに慣れる」

そう付け加えながら、ラノイは 何口目かの茶を飲んで、ゆっくりと喉を潤す。

「美味い」

味わいながら飲んで、再び 感想を言った。

「恐縮です」

彼女にとって これは、何処どこっても 褒められる技能だ。

もっとも、熟練の技である以前に 能力スキルの影響が大きいのだ。

魔法使いリーゼロッテとしては、最早 掛けられた賛辞に感動も覚えない。

表情を変える事なく、受け答えていた。

一方、ラノイは 茶の水面を凝視している。

「 ………… 」

若き王は、難しい顔で 何かを考え込んでいた。

「ラノイ様?」

「今日は、を通さねばならぬ書類が多く 気が滅入っていたのだが、この茶があれば 凌げるかもしれぬな」

何が言いたいのかを察した 魔法使いリーゼロッテは、やや驚いた様に ラノイを見た。

「 ––––––––––––それは……… 」

「ああ、執務室でも 共にいてくれぬか?」

はっきりと言葉にすると、彼女は わずかに眉を寄せた。

「お邪魔になってしまいます。他国で生まれ育ち 何処どこの誰とも知れない者が執務室にいては、他の方達も 気が散ってしまわれるでしょう」

「多くの者の報告を聴く事は 政務室でおこなうが、執務室は 主に書類ばかりだ。邪魔になる事はない」

この国では、国王の行政に携わる仕事部屋は、主に 2っ。

1っが 政務室、もう1っが 執務室だ。

政務室は、東棟の1階にある。

此処は がらんと広く、左右に別室を備え、全体では 小さな体育館程の広さを有しているそうだ。

各種 報告・各種 会議・簡単な謁見に用いられる場所となっているらしい。

執務室のほうは、最上階にある。

魔法使いリーゼロッテが、初めてラノイを見た あの部屋だ。

広さは 20畳程で、幾つかの机と 本棚があり、書類の精査をおこなう為の部屋だった。

「ですが、執務室におられるのが ラノイ様だけではない事も、確かでしょう?」

幾つかの机があった事からも、これは間違いない。

エスファニア王国ならば、秘書官や 執政官が同室している。

この国でも、付き従って執務に当たる側近や 官吏かんりがいる筈だ。

魔法使いリーゼロッテの問いは、その意を含んでいた。

「ああ」

「でしたら、わたしは おのれのぶんわきまえるべきです」

公私は けるべきモノである。

遠回しに そう注意されても、ラノイは 魔法使いリーゼロッテの説得に掛かった。

「だが、そなたがそばにいてくれたら、私も 仕事に身が入るのだが」

「どうしてもと仰有おっしゃるのでしたら、お茶の時間にだけ お邪魔させて頂きますので………… 」

「執務室は わずかな者しか出入りはせぬし、やる事は 他愛のない事務仕事ばかりだ。充分なの保養と なごみになる事はあっても、邪魔にはならぬ」

途端に、魔法使いリーゼロッテの雰囲気が変わった。

「いいえ、ラノイ様」

それまでとは わずかに違う、硬い声だった。

「王たる者が負われる お仕事は、どれ程 些細であっても 手を抜いてはならないモノの筈です。それを……… 」

どうやら、ラノイの『他愛のない事務仕事』と云う発言が 彼女のかんれたらしい。

説教モードになったところへ、青年が入って来た。


  「構いません」


少し前から会話を聴いていたのだろう。

2人の会話を理解した上で、言葉をさしはさんできた。


  「それで、陛下のやる気が出るなら」


この国のほとんどの者と同じ、黒髪と 黒いをした青年だ。

歳の頃は、20代後半だろう。

ラノイよりも 何歳か年長の印象がある。

背も ラノイと同じくらいだが、からだ付きは ひょろりとした感じだった。

どう見ても、文官である事に間違いはないだろう。

「陛下の手が止まるのが、一番 困るんです。妃だと云うなら、つべこべ言わずに協力なさい」

青年の言葉に、魔法使いリーゼロッテ面啗めんくらっている。

「忙しいんですよ、人材不足で。財政は 建て直し中なのに、不正を働く大臣やら官吏かんりやらは 後を絶たないし」

流れる様に 大臣・官吏かんり達の文句を言い始めた事に、更に驚いているらしい。

「 –––––––––––––………… 」

魔法使いリーゼロッテは、テーブルのそばへやって来た青年を見て 絶句している。

「彼は、宰相だ」

ラノイの紹介に、彼-シズは にこりと笑みを作った。

「シズ=ラトウィッジと申します」

忠告をする暇もなく、相手が名告なのった。

宰相と云えば、大臣・官吏かんり達の上に立つ人物だ。

クランツが 彼女の事を相談している筈だし、聴いていれば 相手が〔森の妖精(イリフィ)〕だと判っている筈だ。

そうであれば、不用意に名告なのらないだろうと(おも)っていただけに、魔法使いリーゼロッテは困惑していた。

「 …………ご丁寧に」

何とか それだけを返した魔法使いリーゼロッテの喫驚を、愉しそうな表情で ラノイが見詰めていた。

「初めまして、うつくしい姫君。陛下の お妃になるとは、何て勇気のある方でしょう」

この若き宰相である青年は、側近のクランツ-以上に、ラノイに対して 畏怖を感じていないらしい。

そう看て、彼女は 1っ苦情を述べてみた。

「帰りたい、と 何度も申し上げているのですが、おき入れくださいません」

「帰して差し上げては?」

何もかも事務的に、シズは 王に進言した。

「アシュリーがいないなら、やる気も失せるな」

深い溜息と共に呟かれた 既にやる気のない言葉こえに、シズの態度は急変した。

「いなさい」

くつがえりそうもない命令が 魔法使いリーゼロッテへ返ってきた。

この青年には、全ての事柄の優先順位が『仕事』の次から始まっているのだろう。

迷いも 溜めもない、即断だった。

あるいは……と (おも)っての事だったが、此処まで きっぱりと言われると、やはり 言葉をくすモノらしい。

「 –––––––––––––………… 」

うつくしい蒼いしばたかせ、押し黙ってしまった。

「シズは、仕事の鬼だからな」

そう言って〔獅子王〕は 低い声で笑った。

そして、壁際に控えている侍従官や女官達へ 手を振る。

彼等は 軽く頭を下げた状態で、後摩去あとずさる様に 退室してった。

「アシュリー」

室内に 3人だけになってから、ラノイは 気になっていた事を問う。

「この お茶、毒でも入ってた?」

冷徹な〔獅子王〕から変化した言葉に、魔法使いリーゼロッテは 内心で驚きもし、何処どこか安堵もしていた。

「器のほうに」

飲み口に 毒が塗られていた。

「だから、自分で淹れるって言ったの?」

魔法使いリーゼロッテは、サマリア王国の件で 毒に対する知識と経験が増えていた。

そして、それを打ち消す方法も 様々と学んでいた。

「微弱ではありましたが、何度も口にする事で その効力を増す毒です。今度は、毒消しの お茶を淹れますから、こちらで おからだの中をきよめてください」

「ありがとう、たすかるよ」

2人の遣り取りを見ていた シズが、興味深そうに 魔法使いリーゼロッテを眺めている。

その視線の中、彼女は、何処どこからともなく 花を出した。

これは、亜空間に保管していた 魔法製植物の花である。

彼女は、魔法薬の精製の為に 薬用植物を数多く採集していた。

勿論、こう云った突発的な事態に対処する為だ。

「毒を、中和出来るんですか?」

シズの 好奇のも、魔法使いリーゼロッテは 顔色一っ変えない。

エスファニアや サマリアの王侯貴族達の相手をしてきた事で、すっかり慣れたからだろう。

「わたしの手は、れるだけで あらゆる毒を打ち消してしまいます。作られた毒も 自然の毒も、すべて」

掌の上にあった 小さな花達は、あっと云う間に形を変えた。

花と同じ色の 淡い光りの粒になり、急須の中に注がれる。

驚く間も無く、新しい茶が用意された。

空になっていたラノイの湯呑に、毒の浄化の効力がある茶が淹れられる。

「何と便利な」

彼女がいる限り、毒殺の心配はない。

体内に入った毒も中和出来るのなら、これ程 心強い味方はない。

得難えがたい人材の 得難い能力スキルに感動しているシズに、魔法使いリーゼロッテの 蒼いが向いた。

「シズ様も お飲みください」

「私も?」

きょとんとする宰相に、魔法使いリーゼロッテは 小さく頷いて湯呑を差し出した。

「体内の毒も 視えるの?」

改めて淹れられた茶を味わっていたラノイも、を丸くしている。

「はい」

「つまり、私が口にする物にも 毒が入っていた、と?」

これに答える事なく、魔法使いリーゼロッテは 湯呑を手渡した。

「どうぞ」

差し出された茶を受け取り、一口飲んで、シズは 瞠目した。

「っ––––––––––––‼︎ 」

言葉にならない驚きが、シズの細いに溢れた。

「美味しいよねっ?」

感動を分かち合う事が出来るのが、余程 嬉しかったのか。

テンションの高い声で、ラノイは、非常に嬉しそうに尋ねている。

「はい」

感動と 喫驚と 動揺がぜになった状態なのか。

シズは、茫然とした様子で 湯呑の中身を見詰めている。

そして、味を確かめる様に ちびりちびりと茶を飲んだ。

疑いようもなく いつもの茶葉だが、信じられない程 味わい深く 薫り高い。

茶らしい 甘みや渋みは消し去らず、口の中に まろやかに広がり、喉の奥で 浸み通る様に吸収される。

胃に収めていると云うよりは、口内から 喉の奥へ通す間に、清浄な何かが からだに拡がってゆく感覚だ。

きよめられている、と はっきりと感じられた。

体験した事のない感覚であるのは、云うをたないだろう。

「改めて、陛下の正妃として 歓迎します」

ずっと此処にいてくれと云わんばかりの科白セリフに、今度は 魔法使いリーゼロッテを丸くした。

つい先程も『帰りたい』のだと言ったばかりである。

此処へ来る前に、ラノイの側近-クランツから 概要も聴いて事情を知っている筈でもある。

にも拘らず、この宰相は『此処にいろ』と言ったのだ。

「 …………帰らなければ、ならないのですが」

まさか 忘れられてしまった訳ではないだろうと(おも)いながら、魔法使いリーゼロッテは、再度 そう発言してみる。

「エスファニア王国に ですか?」

「はい」

「却下します」

即答するシズに、彼女は瞠目し またたきをしていた。

シズの言葉の裏に『何故 そんな不利益を認めねばならん』と云った科白ほんねが視えたのだ。

徹底した実益主義者とでも云えば良いのか、シズは 損得で物事を判断するらしい。

多くの国で見た、強欲に囚われた自己中心的な者達とも違う。

相手が〔森の妖精(イリフィ)〕と知っていて こう云った態度を貫く者は、かなり珍しかった。

「 –––––––––––––………… 」

じっと シズを見ている蒼いに驚きが滲んでいる事を、見てとったのか。

ラノイは、ひそやかに微笑んだ。

しかし、一風変わった おのれの臣下を、彼女が どう評価するかには、大した興味はないらしい。

若き王は、あっさりと話題を変えた。

「あの国の王様は 新婚だって聴いたよ。確か、王妃は サマリア王国の貴族なんだよね?」

侵略を企んだ 強欲なサマリア王と、それを迎え討つ側の エスファニア王との間で どの様な取引があったのか。

これについては、どの国も把握していない。

対立する国家間で婚姻がなされれば、それは 同盟の為のモノ・・・・・・・とされる。

戦争を避け 互いに利益のある関係を築く為の戦略の1っ・・・・・とされるのだ。

特に、エスファニア王は、20代になったばかりの若い王だ。

おまけに、周辺諸国へ絶大な影響力を持っていた執政官を 亡くしたばかりでもある。

大国とは云え、侮られる要素は多い。

あのサマリア王が、これに着目しない筈がない。

ラノイは、そう考えていた。

「違いますよ?」

そんな彼の思考をんだのか、魔法使いリーゼロッテが 否定の言葉を発した。

「そうなの?」

「はい。陛下と フローリェン様は、真実 愛し合われておられます」

そうでなければ 手を貸す事はしなかった、とでも言いたげな声だった。

彼女は、有能な魔法使いだ。

たった独りであっても、サマリアの軍勢をしりぞけるくらい 簡単にしてのけただろう。

そう気付いて、ラノイも 納得をした。

エスファニア王が 妥協案を提示する必要も、相手国からの不利益な条件を呑む必要もないのだ。

「どんな人?」

「サマリア王の姪にたり、とてもうつくしく お優しい方です」

エスファニア王妃は、旧姓を フローリェン=エステートと云い、伯爵家の令嬢だ。

サマリア王の後妻に収まった者に 尋常ならぬ何かを感じ、エスファニア王-フェイトゥーダに毒手が届くのを恐れていた。

その為、互いに愛を感じていたのに『自分をえらんではならない』と 幾度もフェイトゥーダに訴えた程だ。

もっとも、フェイトゥーダが これをき入れる事はなく、何10人と云う貴族達の前で フローリェンを妻にすると宣言する。

これは、魔法使いリーゼロッテ予見よけんした未来に沿う結果だった。

「止めなかったんですか?」

「良い未来でしたから」

魔法使いリーゼロッテは、そうとだけ答えた。




   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽




___視点:宰相 - シズ=ラトウィッジ___


森の妖精(イリフィ)〕は、言葉短く『良い未来だった為だ』と答えた。

その 言葉を濁す様な雰囲気に、シズは 湧き上がる疑問を押しとどめた。

そして、ちらりとかたわらの王を見る。

ラノイは、見惚れる様な笑みをかべて 魔法使いリーゼロッテを見詰めている。

興味を持った事には 追究の手をゆるめないラノイが、この事に関しては 問い掛ける素掉そぶりもない。

つまりは、彼は 何かしらを知っているのだろう。

そう判断して、シズは 疑問を言葉にはしなかった。

「ひょっとして、あの強欲王が フォルモーサを返還したのって、アシュリーの為だったりする?」

ラノイは、またも はなしの向きを変えた。

これで、シズは 自分の仮説に確信が持てた。

だからこそ、最初の疑問は口にしない事にした訳だが。

「そうなんですか?」

この質問に、彼女は 淑やかな笑みをかべて 押し黙っている。

「それも『王に仕える魔法使いの本分』?」

「いいえ、こちらは わたしのエゴにるモノです」

間違いなく、彼女の存在が、強欲なる王と名高いサマリア王に フォルモーサ王国の返還を決意させたのだろう。

そして、そうさせる必要が 彼女にはあった、と云う事でもあった様だ。

このうつくしい姫の事だから、強制したのではないだろう。

そんな事を考えながら、美味しい茶を啜る。

「アシュリーは 謙虚だなぁ」

ラノイはと云うと、謙虚さの欠片もなく 何杯目かの茶の おかわりを要求している。

同じ王族でも こうも違うものか、などと 他人事の様に(おも)うシズだった。

シズは、 自分の為に淹れてくれた 美味なる茶を飲み干して、一息をいた。

「さて、陛下」

湯呑を茶托に据えるなり、シズは 如何にも事務的な声で呼び掛けた。

これだけで 判ったのだろう。

ラノイは、実にいやそうな顔になる。

「 …………もう?」

「充分 お休みになったでしょう」

「もう ちょっと……… 」

「却下します」

希望を口にしたラノイに対しても、この宰相は変わらない。

けんもほろろに、一国の王の嘆願を 即刻 棄却して、毅然とした態度を貫く。

「この お茶を飲んだら、山の様な書類にを通してもらいますよ」

仕事が第一、宰相が その姿勢をくずす事はない。

「憂鬱だなぁ」

何を言っても無駄だ、とも判っているのだろう。

ラノイは、残りすくなくなった茶を 惜しみつつ飲んで、深い溜息をいた。

これまでなら、首に縄を括ってでも執務室へ連行する シズだが、今日は違った。

良い事を(おも)い付いたと云った様子で、魔法使いリーゼロッテを見る。

「アシュリー姫」

「はい」

「何でもいいから、手っ取り早く やる気が出る魔法はないですか?」

この魔法使いならば 何か面白い効果の魔法薬を持っているだろう、と(おも)い付いたからこその問いだった。

宰相のシズや 側近のクランツにとって、最も悩んでいるのが ラノイのやる気・・・だった。

ラノイは、優秀な王である。

これは 疑い様もない事実で、そばにいる2人を含め 大半の臣下も同意するだろう。

カリスマ性も る事ながら、冷静な判断も 驚異的な記憶力も、執務の上で有難いと(おも)えるモノだ。

しかし、この若き王は ムラが大きい。

性格上の問題なのか、二面性の様に やる気モード・・・・・・のオン・オフの差が激しいのだ。

オフの時でも ちゃんと働いてくれるのだが、愚痴が多く 何かに付け遊ぼうとし始める。

これを、いさめ・叱り・なだめ・時折 無視をして、デスクワークを終わらせる。

今日みたいな日は、かなり 苦労をするのだ。

「シズ、何で そんな事を頼むかな〜ぁ」

「表向きとは云え、彼女は〔獅子王〕の妃です。夫たる王の力になる事が 妻たる妃の務めでしょう」

正当性のある意見に、ラノイは 益々ますます 面白くないと云った顔になる。

「ラノイ様が、デスクワークに 精を出してくだされば宜しいのですね?」

「その通りです」

「畏まりました。では、その様に」

どうやら、希望する効果を得られる魔法薬があるらしい。

魔法使いリーゼロッテは、シズの希望通りの未来を導き出してくれる様だ。

「頼みます」

今日の執務は楽になりそうだと(おも)ってか、シズの機嫌は すこぶる良い。

「何だかんだ云って、(おも)いっ切り 利用する気だね」

っているモノは 親でも使うべし。これが 私の信条です」

シズは、あっけらかんと言い放っている。

クランツから聴いて 眼の前の美女の正体を知っていると云うのに、だ。

中々の度胸である。

「ごめんねぇ、アシュリー」

変わって詫びるラノイへ、魔法使いリーゼロッテは 笑顔で首を振る。

「いいえ、お気遣いなく」

何でもない事だと示して、彼女は 婉然と微笑んだ。

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