サクラチル
「きゃあああああああ!」
絹を切り裂くような悲鳴が上がった。
平日夜の駅前。
喫茶店から出てきたばかりの中年女性の目の前には、左肩口から胸の真中まで斜めに斬られ、噴水のように血しぶきを上げて倒れた中年サラリーマンと、血刀を下げた女子高生の姿があった。倒れたサラリーマンのまわりには、血の池ができあがっていた。明らかな、即死。
「まず一匹」
緑の半袖セーラー服姿の女子高生はそれだけ言うと、喫茶店から出てきた中年女性には見向きもせず、長いポニーテールとミニスカートを翻した。
そのまま、右へ左へと日本刀を振る。
胴をぱっくりと割られて、小学生と思われる男の子とキャリアウーマンが倒れた。セーラー服少女は血のシャワーをかいくぐり、さらに目の前の大学生男性を下段から切り上げた。
「な、何しやがる」
ちょっと跳ねあがってから倒れた大学生男性の連れが彼女を捕まえようと手を伸ばすが、すでにそこに姿は無かった。斬った後すぐ右手に移動し、さらに若いサラリーマンに斬激を見舞う。とても人とは思えないほどのスピードだ。
「佐倉さん、一体どうしたんだよ」
「あんたも、アレを見たね」
彼女の知人らしきメガネをかけた男子高校性が追いついたが、彼をにらんだ彼女はそれだけ言うと、兜割りでメガネもろとも顔面をまっぷたつにした。
この頃になると、さすがに騒ぎが大きくなり、算を乱して逃げ惑う者が出始めた。
「ち、逃がすか」
舌打ちすると、佐倉はさらに手近な三人を葬った後、タクシーに乗ろうとしたヒゲオヤジを殺した。さすがに刀身に脂がまき、切れ味が鈍っているため、全て突きによる心臓狙いだ。
「くそっ、多すぎる。手が回らない」
絶望で一瞬、整った白い面を歪めたが、刀を構えなおして三人、突き殺した。
「今度は、向こう」
それだけ言うと、噴水の方へと走り出した。付近の群集が逃げ惑うが、手当たり次第に殺しているわけではない状況であるためか、一定の距離をおけばそれでよしとする逃げ方だ。当然人並みが邪魔になって、上手く逃げられるものではない。逃げ遅れて転んだ少女に一撃を加えた後、刀身を池に突っ込んだまま縁を走り、刀の脂を落とす。引き上げるとともに電光石火の早業で、三人を斬り払った。
ここで佐倉は、にらむように目を凝らしてきょろきょろと回りを見渡した。やがて、遠くのある一点を見つめる。
「逃がさないっ!」
目の高さに上げた右手に、いきなり拳銃が現れた。
ガウン、ガウンと銃声が轟き、駅前交差点を渡っていたカップルがのけぞり、倒れた。
さらに右・左と一発ずつ連射。確実に通行人の命を奪った。
「おい、何やってる。やめんか」
警官がやって来た。上に向けて威嚇射撃をするが、さすがに不用意に近付くことはしない。
佐倉は警官に一瞬銃口を向けて威嚇した後、銃口をめぐらせてさらに三発撃つ。彼女の射撃は正確で、確実に一発一殺を実現している。
「退いてそこっ、当っちゃうでしょ!」
左手の群集をそう言って散らせた後、駅前大通りを渡った歩道に向かって、二発、一発と立て続けに撃った。二人、一人と崩れ落ちる。
この時、パトカーの群れが駅前に到着した。
「まだいるんだけど、さすがに潮時か」
パトカー群を見て残念そうに言うが、その間にも一発撃って一人を殺した。
その一発が、余計だった。
背後から、先ほど威嚇射撃をした警官に取り押さえられたのだ。
「ふん。このくらいテレポートを使えば難無く……」
余裕の表情でそこまで言ったが、直後、佐倉の表情は青ざめた。
「テレポート、できない」
駅前で二十八人を殺した佐倉美子は、ついに取り押さえられた。
平日の午後八時五十分。駅前で、上空にUFOが現れたという噂とほぼ同じ時間帯だった。
「だから、宇宙人の侵略はもう始まっているんです」
警察の取調べ室で、佐倉美子は机を叩いた。取調べ官は、ニヤニヤと笑っているだけだ。
「あいつらは、UFOを見た人間を乗っ取ってしまうんです。信じてください」
「で、何かい。君は人間を乗っ取った宇宙人を殺していただけで、人殺しをしたわけじゃない、と」
相変わらず取調べ官はニヤニヤしている。
「そうです。UFOから乗っ取り光線を出して、UFOの乗組員はそれを見た人間を、眼球を通じて乗っ取ってしまうんです。乗っ取られた人間はもちろん、その時点で人格を失うから殺されているのと一緒。放っておくと、人の姿をした宇宙人がどんどん増えて、地球は宇宙人に乗っ取られてしまいますよ」
「そんな荒唐無稽な話を我々に信じろと……。ああ、そうか。そういうことか。じゃあ、精神鑑定をしてから、また話そうか」
「私は精神薄弱者じゃないですっ!」
再び佐倉は机を叩いた。そしてふと、新たな疑問がわいてきた。
(どうして、私の超能力が普通の人間に押え付けられただけで、封じられたのかしら)
テレポートで逃げようとしたとき、なぜかテレポートができなかったのだ。
「宇宙人の侵略はもう始まっている、か。傑作だな。くっくっくっ」
佐倉は、一人で繰り返して笑っている取調べ官を、にらむように目を凝らしてじっと見た。
すると彼女の目にはこの取調べ官が、人の形をしたぶよぶよの半透明のハエに映った。
「きゃあああああああ!」
絹を切り裂くような悲鳴が響いた。
佐倉は超能力で瞬時に取り寄せた日本刀で、立ちあがりざま目の前の宇宙人を斬った。
にらんだような目つきのままで。
「きゃあああああああ!」
血のシャワーを吹き出して宇宙人が崩れ落ちた後、もう一度佐倉は悲鳴を上げた。
目の前の壁にかかっていた鏡に、両生類のような緑色をした、ねっとりした肌の少女が映っていたからだ。
その日、最後の血しぶきが舞った。
オシマイ
ふらっと、瀬川です。
他サイトの、比較的縛りのきつい競作企画に出展した旧作品です。2004年作品。
確か、「30人殺す」がメーンの縛りでした。このインパクトが強くてほかの2つの縛りは忘れています。道後温泉に旅行したときに仲間と縛りを考えたため、たくさん利用者のいる湯上り後の休憩所で「30人殺してはどうか?」、「殺すのは30人でいいの?」、「50人殺した場合は縛り違反なのか?」など鬼畜な会話をして周りから怪訝な視線を浴びましたとさ(笑
そして受験シーズンにこのタイトルの作品をアップするという鬼畜っぷり(すいません