ご主人様とクラスメート
一限は総合の時間(SHR)だと聞いて、てっきり自己紹介でもするのかと思ったが、自由時間にするらしい。
学校から生徒たちが仲良くなるための補助はせず、子供たちの自主性に任せようという方針のようだ。
クラス担任の教師(女性)の話では、基本的には何をしても構わないらしいし、ほかのクラスも同じような騒々しさだろうから、騒ぐ分には問題ないだろう。…限度はあるが。
「起きないか、貴様! アルフィオン様が話しかけておられるのだぞ!?」
「無視するとはどういう了見だ!」
「(……煩い)」
今朝は早かったしどうせ授業じゃないんだから寝ようと思って机に伏せったは良いものの、周りが騒々しくて寝るに寝られない。そのことで苛々は溜まるが、爆発までは至らない。それは一重に、シェーラのおかげだ。
「くー…」
「(シェーラがいれば、並大抵のことは耐えられるな)」
シェーラは今、僕の膝の上で丸くなっている。
先生が来たら起こしてほしいという僕の言を遂行した彼女は、再び寝る体勢に入った僕を見て、僕の膝へと飛び乗ってきたのだ。
…それからすぐに寝入ったところから見て、彼女も眠たかったのだろうか?
だとしたら悪いことをしたと思う。
名目上は寝ると言って伏せったが、別に寝るつもりはなかった。ただ、周りの煩わしさから逃れるための言い訳として使っただけだ。
これが一番手っ取り早い手段だと思ったからそうしたのだが、その時にシェーラが眠いと気付いていたら、こんな事はしなかった。
「(というか、本当に自由だな……)」
周りは、早速できた友達同士で集まっており、気持ちが高ぶっているのかけっこうな大声で喋っている集団もいる。
──つまりは、煩い。
机に伏せったうえに両腕でさり気なく音を遮断してまでいるというのに、それでも周囲の騒音が耳に届く。
今まで、こんな事はなかった。
今までは外部との接触をほぼ遮断されていたから、こんな喧騒を体験したことなど無い。
この瞬間だけは、少しだけ、あの環境に戻りたいと思った。
監視下に置かれていたのはいい気がしないが──あの部屋なら、静かに読書をすることも出来たし、誰にも邪魔されずに眠ることも出来た。
もちろん、シェーラとの時間を邪魔されないから、というのが一番の理由だが──ともかく、好きなように過ごせたし、その様子を見られることはなかった。
監視されてはいたが、あの『檻』の中に入ってさえいれば、その対象からは外れる。さすがの彼らも、私生活までは侵害してこなかったというわけだ。
その分、外ではいくつもの監視の目があったが。
おそらく、僕の魔力の暴走などの有事の際に、周りに危険を知らせ、どんな手段を用いてもその暴走を食い止める任を担っていたのだろう。
僕も本当のところは知らないが、僕を観察する意義はそれくらいしかないだろうから、この仮定で正解だと思う。
部屋の外では厳重な監視下に置かれ、その中にいたらいたで自由が制限される、というあの状況は、周りの人からは踏んだり蹴ったりの環境だと思われるだろうが、僕にとってはそうでもなかった。
……まぁ、大きくなってからは外出(部屋の外に出る)の許可を得るのも一苦労だったし、許可を得て外に一歩出た瞬間に幾多の視線が四方八方から降り注がれるという状態にはさすがに辟易したが。
それでも、部屋の中ではしたい放題だったからそこまで退屈してはいなかったけど。とある幾つかの条件さえ満たしていれば、書物も欲しいがままに与えられたし。
「(……。まぁ、煩わしい一番の原因は分かっているんだけど)」
それまで現実逃避をしていたアレンは、一通り回想し終えてから、ようやく目の前の『問題』へと思考を割くことにした。
アレンは内心で深くため息を吐くと、ゆっくりと頭をもたげた。
「さっきから、何の用だ」
何の前触れもなく不意に起き上がったアレンは、不機嫌さ丸出しの声でそう問うた。
つぅ、と細めた視線で睨めつけられた男子生徒二人は、その瞬間に固まった。
そんな彼らの様子に、今までの威勢のいい抗議は何だったのだろうかと思いながら、アレンは最初に話しかけてきた男子へとその視線を移した。
彼に対してはそれほど怒っていないから、睨みつけはしないでおく。
……ここまで完璧に無視をしたにも関わらず泣いていない、という事に、若干の驚きを滲ませつつ。
「フレディ・アルフィオン…だったか?」
僕の問い掛けに、彼はビクッと肩を震わせた。
怯えた視線を向けてくるが、他の二人のようにあからさまに態度に出してはこない。
「そうだが…何だ?」
その表情の中には微かな驚きが混じっている。おおかた、僕に名前まで知られているとは思っていなかったのだろうが……
「貴殿の家系も有名だろう。──…電光石火のアルフィオン家、と」