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シェーラザード

 気が付いたら銀色の狼に転生していました。


 ……いやいや、そこのお方。

 嘘じゃないんですって。

 本当の話なんですよ。嘘みたいですけど。…嘘であれば良かったですけどねぇ…生憎、これは現実のようです。




「しぇーら」


 まだまだ舌っ足らずの口で名前を呼んでくるのは、私のご主人様。

 ご主人様といっても、べつに主従関係を結んでいるとかではなく、俗に言う飼い主とペットの関係です。至って健全。

 彼は先日五歳になったばかりのひよっこです。

 かくいう私も同い年ですが、何しろ私には前世の記憶というものが備わっているのです。ですから、精神年齢的には私の方がお姉さんなのですよ!

 ……精神年齢はいくつかって?

 れ、レディーにそんな事を聞くだなんて、野暮なお人ですね! …と、まぁ、これは冗談ですが。

 えーっと、死んだときは華の女子高生でした。死因は交通事故ですがほぼ即死状態だったので、そんなに事故った時の記憶はありません。…ちなみに、走馬灯とやらは流れませんでした。


「しぇーら…」


 私のご主人様がこちらへと走ってきます。それをちらりと振り返りつつ、私から決して歩み寄ることはありません。

 非情だと思われますか? …ええ、私もそう思います。幼気な(将来絶対美形になると思われる)男の子に何をしているのだろうかと、自分でもよく分からなくなります。


 けれどもこれは、訓練の一つなのです。

 ──ご主人様の体力をつけるための!


 大まかに説明いたしますとですね、私のご主人様であるアレン・ルーバートリアは、生まれつき身体が弱いんです。その原因は、その身に抱えている膨大な魔力です。

 ルーバートリア家はいわば力を求める一族でして、その代償というか何というか、稀に人外じみた魔力を持つ赤ん坊が生まれてくるんです。

 そんな子が産まれると、周りの大人たちは歓喜します。…あぁ、これは別にどうでも良いんです。

 それよりも、大変な思いをするのはその力を持って産まれた子供だということが重要なんです。

 ……ええ、それが我が主なんです。

 赤ん坊の頃から、魔力の暴走ゆえに熱を出しては寝込み、身体の中で魔力が暴れ回っては苦しみ。赤ん坊の頃はろくに夜中も寝られていませんでした。

 成長してから少しはマシになってきましたが、それでも数ヶ月に一回はぶっ倒れます。それも、ある日突然ですから、周りは当然ピリピリするわけです。過保護というよりも監視ですね。


 それで、この前、魔力の暴走を抑えるには体力を付けるのが良いと聞いたので、それを実践しているわけです。

 その名も『鬼ごっこ作戦』!

 ある一定の距離を保ったら立ち止まり、尻尾をゆらゆらとさせます。

 相手は人間なので動くものを追う習性はありませんが、それでも興味は持ってくれるでしょう。子供は興味を持ったものにしか構いませんからね。気難しいお年頃なのですよ。


「しぇーら………っ!」

『(あ、転んだ!)』


 どうやら足元の小石に躓いたご様子です。さすがに慌てて走り寄り、大丈夫かと彼の周りをぐるぐると回ります。

 こんな時は、人の言葉を喋れないのが酷くもどかしいんです。

 私には、転んだご主人様に「痛くないよ」と声をかけてやることも、「泣かないで偉かったね」と頭を撫でてやることもできないのですから。


『だ、大丈夫?』


 オロオロとする私に、ご主人様は泣くのを堪えた表情で「だいじょーぶだよ」と笑いかけてきます。

 ……これはもう、大人びているというより、感情を押し殺しているのレベルだと思うんですが。


 たしかに、以前魔力の暴走で泣いたときは有無を言わせずに使用人たちに部屋に軟禁されましたし、その間一切外部との接触を禁止されていましたけれども…。

 ですがそれは、ご主人様が嫌いだからではなく周りの人間を傷つけるのを防ぐためだと思うんです。だって、心優しいご主人様は、その光景を見たらショックを受けるでしょうから。


『ご主人様……』


 心配する声を上げるものの、口からこぼれるのは狼の鳴き声だけです。…これ、余計に怖がらせてやしませんかね?


「へーきだよ、しぇーら」


 そう言って天使のような満面の笑みを浮かべた私の主は、やがて立ち上がると、未だに動揺する私を抱きかかえてぎゅーっと抱擁したのだった。




◆◇◆◇




 ……あれから六年の月日が経ちまして、ご主人様は齢十一になられました。

 今年からはいよいよ、王都にある、頭のいい人だけが通える学校とやらに入学いたします。


『(今からもう楽しみです!)』


 何がって、学食がですよ。

 動物用の食事も出るらしいんです。しかも何気に美味しいようなのですよ、人間的に。私今は狼ですけど、前は二足歩行の人間をしていましたから、本当はこういう生肉よりも人間の食べ物を食べたいんです。塩分がどうたらで食べさせてはくれませんが。


『(しかも、ご主人様はイケメンなのですよ!)』


 ご主人様のベッドへと静かに跳び乗り、ぐっすりと寝ている彼の顔をじーっと見つめる。

 いつ見ても整った顔です。

 キリッとした細めの眉。大きすぎず小さすぎず丁度良い大きさの唇は健康的な赤色で、雪のように白い肌との対比が何とも。

 それに、目を閉じていないとあまり分かりませんが、睫毛も長いんですよ。それはもう私(女子高生)が嫉妬するくらいに!

 あと、目は子供の時より細く切れ目に、顎のラインはよりシャープになって、鋭利なナイフのような雰囲気を醸し出しています。…性格──クール。というか周りに対して反応が薄い?──も関係しているのでしょうけど。


『あ、起きた』

「………んー」

『げふっ!? ちょ、ご主人様!』

 

 私を腕の中に巻き込んだ彼は、どうやら二度寝するようです。こうなってしまったら、どうもがいても抜け出せないのは経験済みです。ご主人様は腕の力が強すぎるのですよ。

 連れ込まれたベッドの中はご主人様の体温でとても暖かく、今の時期には丁度良い温度です。……うーん、眠くなる。

 あまりの心地よさにうつらうつらとする私の毛並みを、ご主人様が梳くように撫でてきます。

 その攻撃でやがて完全に夢の世界へと飛び立った私は、全く知りませんでした。




 私が、眠った後。


「愛しているよ、シェーラザード」


 そう囁いてくるご主人様が、それはもうとろけるような甘い微笑を浮かべていた事を。




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