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CASE FILE:Telepathist  作者: 尾田里佳子
telepathist-精神感応能力者
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03.set forth

ミカはいつになく様子がおかしいケインの状態を知ろうと禁じ手である能力を使おうとした。

すると、ケインは突然跳ね起き、叫んだ。

「やめろ!」

咄嗟に能力を行使するのをミカはやめた。それとともに抱きかかえられた腕を突然離されたのでしたたかに頭を床に打ち付けた。

 ケインは手近にあった錠剤をどう考えても摂取過剰な量だが、まるで子どもがマーブルチョコを食べるように噛み砕いて飲んだ。それとともに利き腕の反対の鬱血している箇所に手早く薬剤をセットし注射をした。

「お前も一応、ベッドのサイドテーブルの二段目にある薬を飲んどけ」

 上体をバスタブに預け、ケインは呼吸を乱しながら言った。

「飲まないわよ」

 どう考えても危険な雰囲気が漂っている。ケインの姿はまるで薬中の廃人みたいだった。そんな人間に指図された薬なんて飲めるはずはない。

「いいから、つべこべ言わずに飲んで来い!」

 ケインは拳を握りバスタブに苛ただしげに打ち付けた。その気迫に怯えたミカはしぶしぶベッドのほうへ向かい薬をとってきた。初めてケインに怒鳴られたミカは暴力に屈したようで気分が悪くなった。

しかし、ミカが薬をよく見れば、それは見慣れた能力を抑える薬剤だった。それに一安心したミカは水を飲むため冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出して、バスルームに戻った。

「それ、何の薬?」

 ミカはいつものように何気なく尋ねた。

「ESP抑制の新薬だ。今、お前が飲んだものより強い効き目になる」

 ケインも今もまだ呼吸は荒く、表情はさえないが、普段の彼のように答えた。

「ベッドに移動したら。こんなとこじゃ体調を悪くする一方よ」

「いや、まだ動けるような状態じゃないから、ここにいるよ。お前はもう帰れ」

「そんなこと言って。二週間何も食べてないんじゃない。大人しく看病されなさいよ。風なんでしょ」

「あの可愛げのないガキがいい子に育ったな」

 弱り切ったケインは

「そんなこと言っておだてても無駄よ」

 ミカは呆れたように言う。

「いいや、真面目に話そう。こんなときだから、弱った人間の本音として聞いておけ」

 思いのほか真剣な目をしたケインにミカはたじろぐ。

「わかったわよ。聞くから、ちゃんとベッドに行って休んで」

ミカはまともに歩けなさそうなケインに手を貸そうとするがケインはよろよろとしながらタイルに手をあて一人で立ち、ミカを頼ることなくベッドに向かって行った。

「もうここには来るな。できれば研究室にも。お前はふつうの生活に融け込めるだろう。アベルの結婚がいい区切りだ。もう引きずるな。俺を頼るな」

 ケインはベッドに腰掛けて、額の前に指を組んで言った。

「今、私を頼らないといけないような方が言うようなセリフじゃないでしょ」

 ミカは突き放すような物言いのケインを誤魔化そうと居丈高に言ったが、その試みは失敗に終わった。

「そういうことじゃない。俺はお前のことが大事だ。もちろん、アベルもだ。でも、お前はいつまでも俺たちを頼ってれば次に進めないだろ」

「それは分かってる。じゃあ、ここにはもう来ないって約束する。今まで、ありがと」

 面と向かって、ケインに甘えていると本人から言われてミカのプライドは少し傷ついた。

「なら、帰れ。たまになら、研究所に来てもいい。優しいお兄さんがどうしても、恋しければな」

 ケインはほっと安堵したかのように顔を和らげた。

「それとこれとは別。今はあなたの面倒を見てあげる。優しい美少女がね。あとでアベルに自慢してもいいわよ」

「いや、お前がいれば、安心して眠れないから、いいよ」

 頑なにケインはミカを家に帰そうとする。それがケインとの別離をすなわち意味するようでミカも意固地になってその場に居座ろうという気にさせた。それに、弱り切った時に誰もそばにいてほしくないなんてただの強がりでしかないとミカは思った。

「そんなこと言って。いつも私がそばにいても寝てるじゃない」

 朦朧としているのか、いつものようにケインは軽口をたたけないでミカのほうを見ているだけだった。

「ねぇ、大丈夫?アベルを呼ぼうか」

 数秒、固まっていたケインは舌打ちをしてサイドテーブルからまた注射器を取出し、腕に打った。

「薬、効いてないんでしょ。止血もしないで、腕、真っ青よ。そんなに打ってたら、体に悪すぎるわ」

「なぁ、もう帰れよ。俺はお前を襲いたくない」

 ケインは最後の理性を振り絞って言った。

「大丈夫よ。私はそんなにやわじゃないから」

「いい加減にしろ。こっちは限界なんだ」

 ケインはミカをベッドに引きずり込み、両手で彼女の体を押さえこんだ。そして、荒々しく口づけをして、性急にミカの服はだけさせていった。ミカは突然のケインに驚いて身動き一つとれなかった。今まで恋人のような雰囲気を出して、ベッドで二人でより添ったことはあるが、一切性的な匂いをさせなかったケインの豹変にミカは戸惑った。ミカの首筋から徐々に胸元に顔を埋めながら、荒い息をしているケインは見知らぬ男のようで、ミカは動揺した。

「俺がセックス中毒で、どうしようもない屑で、精神病棟に収容されたことがあるって言っても、帰らないか」

 初めて知る事実にミカは目を見開いた。しかし、そんな人ならつべこべ言わずにミカを犯してしまうはずだ。それなのに、ケインはミカに忠告する。そこにミカはケインの余裕のないなかでのミカへの思いやりを見つける。

「でも、今は大丈夫でしょ」

 ミカは落ち着いて答えることができた。ケインはそんな人を蔑ろにするような人間ではない。

 ケインは無言で行為の続きをする。それでも、ミカが逃げ出す様子がないと知ると彼女の上から降りて、ベッドに横になった。

「もう、いい。お前は帰らないんだな。なら、俺を読め。説得するのも馬鹿らしい」

 急激にミカの頭の中にケインの過去が流れ込んできた。


「お前は俺の歳までは生きろよ。そこまで生きて、無理だと思えば諦めていいよ」

 弱弱しく先生は言った。

その数日後、先生は死んだ。肉体的にはまだ生きている。でも、もう先生には会えない。

唯一の心許せる家族のような存在である先生は人の心を読まずにはいられないことに疲れ果てたんだろう。俺の両親と同じように。でも、先生は両親のようにどうしようもない終わり方じゃなくて、俺に逃げ方を示してくれた。

精神感応能力者の同じような死に方は、いっそすがすがしいなと笑えてくる。精神感応能力者は死に場を探している。だから、両親はお互いを殺した。どうせなら、俺を生まなければよかったのに。彼らの能力よりも強い子どもを残して死ぬなんて、最悪の死に方だ。俺はそんな死に方は決してするものかと決意を深めた。


 二十歳の時に先生と同じチップを埋め込んでもらえた。収容された精神感応能力はこれを埋めるか埋めないか選択肢をもらえる。ほかにも様々な死に方の用意をしてくれる世界は能力者にとって優しいのか、優しくないのか、それは分からない。でも、動物のようにセックスすることは、このチップのおかげで抜け出せた。普通の人と接することはできないのに、一人になるのが怖いなんて、子どもみたいだ。親の愛情を注いでもらえなかったからって、いつまでも引きずっているなんて、ほんとうに幼すぎる。

 次に現れたのは女の人の思念だった。

 ケースワーカとして働く彼女のもとに現れた子どもは幼いのに達観した目をしていた。それは彼が精神感応能力だったことに起因する。そして、その能力を原因として、親からの虐待を受けていた。二人が好意を寄せあったのは、自然の流れだった。しかし、少年はあっけないほど簡単に親からの暴力によって死んだ。 

「ミカエル!ミカエル!ミカエル!」

 彼女は世界を壊そうとして、でも、それはできなくて、ミカエルとの幸せだったときのなかで自分を閉じ込めた。


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