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そんな二人の関係が変わったのは、アベルに初めて恋人ができたことによるものだった。
ケインはアベルに対するミカのあからさまな態度を長年見ていた。
初めての恋に溺れるアベルを親友の幸福を祈り、時折けしかけたが、ミカの落ち込み具合は彼の予想以上にいつもは他人に抱かないような罪悪感を感じさせるほどだった。
ふとした瞬間に「長年思っていたミカに少しは矛先を変える手伝いをしていれば、ミカの歪な笑顔はアベルの横で晴れやかに笑って入れただろう」とちらりと頭にそんな考えがよぎっては、頭を抱えていた。
そういった理由で、ケインのミカへの態度は急激に軟化した。馬鹿げたことだが、ケインの彼女に向ける感情は坂を転げるように落ちていき、ミカに恋心を覚えるようになった。しかし、ひねくれたケインは自分の恋心を認めなくなかった。
「泣けばいいだろ」
ケインは唇を血が滲みそうなほど噛み締めるミカに言った。
「そんな風に我慢するのは不健康だろ。泣けないなら、せめてその怒りをアベルに向けろよ」
ミカに期待だけさせておいて、アベルは人生初めての恋に落ちた。
ケインからすれば、アベルのここ最近の言動は目も当てられないほど、浮かれたものだった。
何も知らないミカはそんなアベルの様子を見ていて、嬉しそうに目を細めていたのがつい数時間前のことだった。
いつも優しい生真面目なだけがとりえのアベルが女受けするデート先のリサーチをパソコンでこっそりしているところを見て、周囲にミカ以外の女の気配がしないアベルだったから、もしやと一縷の期待を抱いていたのだ。
しかし、ミカはアベルのサーシャへ向ける視線を見て気づいてしまった。アベルが他のミカではない女性に恋していることを知ってしまったのだ。
「ハーイ。アベル。元気にしてる?」
「元気にしているよ。サーシャ。君は?」
そんな他愛もない日常の挨拶から始まった二人の会話はミカを人生のどん底に追い詰めていった。
二人の視線は互いへの好意が見え隠れし、二人は隠そうともしていなかったので、ミカがアベルの恋心を知るのは当然のことだった。 そして、もしかしたら彼らはすでにそういう関係になっているのではないかと匂わすくらいに彼らに態度は親密だった。
傍目で見て、ミカの顔色は顔面蒼白になっていき、人生の終わりのような顔をしているミカを見ていられなくなって、ケインはミカを研究室の外へ連れ出した。
ミカは何もしゃべらない。いや、しゃべれないのだろう。アベルの優しさがミカをどうしようもなく傷つけることを優しいアベルはサーシャとの話に花を咲かせている。
人と関わって生きてこなかったケインは失恋した人間への対応を知らない。
精神観応能力者の心の大きな揺れは、能力の抑制をできなくする。どう見ても、余裕のなさそうなミカをケインは研究員として、そして、知り合いとして、放っておけるわけはなかった。
研究室からミカの手を引いたままの手を放すことも繋ぎなおすこともできなかった。
「ほら、落ち着け。別に世界が終わるわけじゃないんだ。アベルだけがいい男のわけでもないんだから」
ケインはミカの手を包みながら軽口をたたく。
「お前は可愛いし、次の男なんてすぐ見つかるよ。だから、落ち込むなよ」
ケインの胸に顔を埋め、いつのまにやら声を押し込めて泣いているミカはしゃくりあげて言葉もしゃべれないようだった。それを、ケインは優しく包み込み、背中を撫でた。
「大丈夫だよ。俺が付いているから。思う存分泣けよ。下手に我慢すると後が辛いからな」
いつも強がっていてばかりのミカをみていたケインは何とも言えない気分になって、いつになく優しい言葉がするりと口から出たことに本人は気づかない。
しばらく、ケインはミカを緩く撫でていたおかげか、思ったよりも少しの時間でミカは何とか泣き止んだ。
「馬鹿」
泣きはらした目でミカは一言だけケインに言った。
その意味を強がりだと受け取ったケインは何も言わずにもう少しだけ、ミカをゆるく抱きしめて、頭を撫でておいた。




