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「私はあなたで妥協してるの」
ミカはベッドの上で言った。ケインは憎まれ口をたたく彼女を抱きかかえながら、仕方がないなとでも笑うように、いつもの彼女の口癖を聞く。
「はい。はい。お嬢様。おおせのままに」
ケインは呆れるように言ったが、彼のミカを撫でる手は呆れるほど優しい。
「ちゃんと聞いて。勘違いしないでよ。私はあなたなんか好きじゃないんだから。あの人の代わりなの」
そう言いながらもミカはケインの胸に顔をうずめたまま、彼の顔を見ない。ミカは罪悪感を感じるような嘘をつくとき、相手の顔を見ない。そんな些細で、重要な彼女の癖をケインは知っていた。そのことに少しのを優越感を覚えるケインは彼女のことをことさら甘やかす。
「存じております。何度も聞きましたお嬢様」
「もぅ。ふざけないで、きちんと聞いて」
ミカはケビンの顔をやっと見上げて言った。
「聞いてるよ。耳にタコができるぐらい聞きました。俺はアベルの代用品です。だから、この関係は秘密であるし、ましてやアベルに言いません。これでいいだろ」
仰々しい物言いでケインはミカをからかう。そう言って、彼女の長くて艶やかな髪を梳いて、ケインの口元に髪を運んだ。そして、彼は恭しく、その髪に口付けた。
カインとアベル。旧約聖書に出て来るエデンに住む兄弟たち。そして、弟への嫉妬から弟を殺害し、その幸せな園から追放されたカイン。
カインとアベルが仲良くなったのは、そんな古風な宗教の話からだった。
彼らにとってはおとぎ話に近い話だったが、いつになく信心深い彼女と付き合っていたカインが面白がって声をかけたのが、彼らの付き合いの始まりだった。
精神観応能力者のカインにとっては、アベルは能力を持たないのにESP学部に入る変わり者という噂を聞いていた。
何も知らない一般人が無邪気な好奇心で人の苦労を知らずに入学しているアベルに対して周りの目は冷たかった。同じような感情を彼も抱いていたが、異質なものに対する少しばかりの興味も同時に持っていたため、カインはアベルに声をかけたのだったのだ。特にカインの人を見下す傲慢な姿勢は高い能力を持とうとも、人を遠ざけていたので、周りには彼の優れた外見に群がってくる女以外はいなかったというのもその一つの要因であったのだろう。
アベルにとっては、同年代の中でも彼の研究分野である精神感応能力という分野で、図抜けた力を持ったケインと交友を持てるのは、うれしいことだった。
二人が親友と呼べる存在までになったのは、偶然にも大学4年間の何らかの少人数授業、就職先の配属が同じだったということが大きい。二人はなんだかんだ言って根本たるところは似通っていたのだろう。
生真面目なアベルと手を抜くところはとことん手を抜くというスタンスをとっていたケインは他人から見れば不可解な友人関係だった。
しかし、「利害の一致だ」と素直になれないケインは言うが、アベルもそのひねくれたカインの性分を十分に知って流してしまえるほどには、二人の仲は良い。
アベルがミカとケインを知り合わせたのは、アベルとケインがESPカンパニーに所属してから、一年が過ぎようとしていた時だった。
ケインも一時はプロテクトが効かないほどの能力者であったが、プロテクトの発展にいり、今では通常の生活を送っている。そのことを知ってもらおうと、アベルがミカにケインを引き合わせたのが彼らの出会いの始まりだった。
遠縁の幼いミカがESPを持っていたのが、アベルのESPへの興味のきっかけだった。
ミカの能力は精神観応能力者に対するプロテクトを易々と突破するような強力なものだった。それは、この世界で精神観応能力者のかなり上位に入る桁外れの能力の持ち主であることを示していた。
ミカは幼少期、力のコントロールができずに、誰彼構わずその能力を使い、幼いばかりに、それが普通のことだと思っていた。だから、相手の隠していた悪意や好意をそのまま口に出して、吹聴するミカは周りから、孤立していった。
それを救ったのはアベルだった。幼い正義感でミカを庇い、兄のような存在として守ってきた。それから、彼女は唯一の理解者であるアベルを慕って生きてきた。
人の悪意に無防備で大人びるしかなかったミカと人の悪意を飄々と躱していたケインのそりは初めから合わなかった。一種の同族嫌悪であった。また、数少ない自分の理解者を奪われるという嫉妬を互いに覚えているというのも原因であったのだろう。
ミカにとって大切な人であるアベル、ケインにとっては大事な親友兼同僚のアベルの手前、二人は友好的な態度をとっていた。たとえ、周りの人間が二人のテレパシスによる攻防によって、ピリピリとした雰囲気を感じやきもきしている中、にこにことアベルが笑っている風景は研究所ではよくみられていた。




