ウノーバス伯爵
ガラガラガラと音をたてて一つの建物の前に馬車が止まった
「怪我人を早く中に運べ!」
サディアンたちは王子だからと断られたが、今は関係ないと言って運ぶのを手伝い、
待機していた医者に怪我人たちを渡し、医療の魔法が使えないので後は任せる事にして、
伯爵と会うことにした
案内された部屋は落ち着いた雰囲気で、あまり物が置かれていない
カーペットがしかれた部屋の真ん中にソファとテーブルくらいしかない
そんな部屋を眺めながら待っていたが、さほど待たずにノックの音が響いた
「お待たせして申し訳ありません。私がここの主のウノーバス・デュラです。
お会いできて光栄です、殿下」
入ってきたのは、40代のがっしりとした体で隙のない人だ。その後ろにはさきほど伯爵の側近だと言っていた二人の男が一緒に入ってきた
「突然訪ねてすまない。聞いているとは思うが、私はサディアス、こっちがリヴァイアンだ」
「お初にお目にかかります、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそこのような場所においでいただいて恐縮です。今回のことも色々と助けていただいたようで」
「いや、こちらとしてもそなたのような人に出会えて良かった。色々と手回しをしたが抜け出せるのは今日くらいのようでな。貴殿のような人を探すのも今回の目的だったのでな」
「なるほど、先ほども聞いて驚いたのだが舞踏会などでのあなた様の振る舞いは演技でしたか。上手く騙されましたよ。まぁ、とにかくお座り下さい。色々とお聞かせ願いたい」
伯爵に促されてサディアスがソファに座り、リヴァイアンはその後ろに立った。伯爵も向かいに座ると同じように二人が後ろに立った
「さっそくお聞きしてもいいでしょうか」
「ああ」
「あの屋敷には今までも度々潜入していたのですか?」
「いや、今回が初めてだ」
そして、変な少女が現れてからの一通りのことを話した
「それで、私の馬車に一緒に乗って来られた、と…。ふむ…。私たちは最近領民から突然行方知らずになったという訴えがあちこちから上がってきまして、探っているときに私たちの前に、突然あそこの屋敷を調べろと言う人が現れまして。屋敷を脱出する時に黒髪の男に会いましたでしょう?彼がそれを伝えてきました」
「そいつは多分私の方に現れた少女とつながっている」
「でしたら、私たちが出会ったこともすべて仕組まれたことでしょうな。わざわざ案内もしてくれたみたいですし。…彼らの目的はなんなんでしょうね」
「一つ、思い当たる連中がいる。聞いたことがあると思うが、傭兵ギルドの一つ、銀の蝶」
「実在していたのですか?!」
「王室の連中が最近よく仕事を邪魔されるらしく、その邪魔をするやつらがそう名乗っているそうだ」
「偽物ではないのですか?」
「わからん、が、やつらの言っている仕事は実際はほとんどが私利私欲のためのものだ。貢物を載せた荷馬車への襲撃や、奴隷場への襲撃などがほとんどだ。悪い事ではないのに、わざわざ他人の他を使うだろうか」
「なるほど。伝説級の名を借りるというのはけん制になるが、時には強いものをおびき寄せる。良い事ばかりではないでしょうから。わかりました、こちらでも調べてみます。殿下はそろそろお帰りになられたほうがよろしいのでは?」
「帰る時間を考えるとギリギリだ。そうさせてもらう」
「風の魔法を使えるものに途中までおくらせます」
「…」
「なにか?」
「…俺を信じるのか。あんなにも」
「殿下。そう言えば、言っておりませんでしたな」
「なにをだ?」
「私はあなたの師、ドラクリフの親友なのですよね」
「ドラ師匠をご存知か?!」
「あなたが私をしらなくとも私はあなたを知っている。自慢の息子だとよく自慢されましたからな」
「なら、なぜなおさら俺を信じれるのだ?!俺はあの人を見捨てた!あの人は俺が殺したも同然だ!」
「違う!」
「なっ」
「お前さんはあんなに奴の近くにいたのに気付いておらんのか!あいつが逃げようと思えば逃げれる腕前はある!それをあえてしなかったのはお前さんのためだろう、それほどお前が大事だったからだろう!わしは最初奴が弟子をとったなど信じらんかった。やつは抜きのナイフのようなやつだ。それがお前をとってからとても嬉しそうに笑うことが増えた。楽しそうにお前の成長をわしに聞かせてきた。だからこそ、わしは最近のお前の態度を見ていて失望していた。あんなやつのために死んだのかと。あの事件が起きてからわしも力を削がれて辺境におしやられた。ようやく落ち着いて、王宮にまで目を向けれるようになった頃には、王宮はもっと酷くなっていた。お前さんは無気力な人間に成り果てていると思った。目の前で誰が鞭打たれていても興味なさそうにしているお前さんを信じた。でも違ったのだろう?歯を食い縛っていたのだろう?そうやって我慢して頑張って今回、わしらは助けられた」
「あ…」
「後悔しているのはわかる。けれどもやつは無駄死にではないとわしは今日思えたよ。やつは君の未来に自分の命をかけだのだ。君が見捨てたのではない。ただ、君は守られただけだ。子を守るのは親の役目だろう」
「しかし、おれはっ…」
「男が泣いてどうする」
向かいで顔をおおって肩を震わせるサディアスの頭を伯爵はくしゃくしゃと撫でた
「これからもお前さんのために命を散らす者が沢山出てくる。このまま国を変えようとするなら、全てを背負わなくてはならないぞ。それでも進むのか?」
ぐいっと目を拭ったサディアスは背筋を伸ばし伯爵を見つめる
「俺は、この国を乗っ取ったやつらから、取り戻す。この国を正しい方向に戻したい。大変なのはわかっている。覚悟はとうにした。全てを背負い、それでも進むと師匠が死んだ時に決心した」
「なるほど。それでまんまと俺は騙されたわけだ」
「…手伝ってくれるか?」
「…」
伯爵がソファから立ち上がり床に跪く。伯爵の後ろの二人も同じようにならう。腰にさしている剣を抜くと両手で捧げる
「おおせのままに」
「あなた様に永久の忠誠を」
その剣にサディアスが触れる
瞬間、そこから剣全体に青い光がはしる
「汝の忠誠、しかと受け取った」
「…師匠が言っていた長年来の親友とは伯爵だったのだな」
「ははは、奴のことだから変なことをいわれてそうだな」
「豪快なやつだと…。怒鳴られたのは師匠ぶりだ。一応私は王族だからな。向かって叱ってくるのは師匠が始めてだった」
「ガキが生意気を言っとるんだからな。叱るのは親の役目だろう」
「親って…」
「あいつの息子なら、わしの息子同然だ。わしには息子がいないしな。歓迎するぞ」
玄関に移動した一行は伯爵に用意してもらった服に着替えて馬にのっていた
「…今度、色々聞かせてくれ」
「もちろんだ。アブラーモ、あれを」
「はっ。殿下、これを」
伯爵の側近に手渡されたのは籠に入った鷹だった
「…伝令用か」
「そうです。こちらで躾けた頭の良い鷹です。どこで放しても私らのところにきちんと届けるでしょう。どうそ持って行って下さい」
「ありがたく受け取る。…別に無理して敬語を使わなくて良いぞ」
「そうか?ならそうするぞ。敬語は疲れるんだよな」
「閣下!相手は殿下ですよ!」
「良い。…親なのだろう?」
「で、ですが…」
「殿下、そろそろ出ないとまずいですよ」
馬にくくりつけられた荷物と確認をし終わったリヴァインが懐の懐中時計を見ながら会話を遮った
「わかった。では、また」
「おう。いつか領地も案内してやる」
「楽しみにしている。行くぞ」
「はい」
サディアスが走り出しその後をリヴァインが伯爵に頭を下げると続いた
「さて、いつお嬢さん方はわしと奴に交友関係があることを知ったんだ?」
「あら、やっぱり潜んでいるのばれてたのね」
玄関近くの木がガサリと揺れると少女と黒髪の男と青色の髪の男が下りてきた
「始めまして。お会い出来て光栄です、赤色の猛虎さん」
「やめてくれ、昔のことだ。今はただの辺境の領主だ。それで、質問に答えてはくれないのか」
「…けど、気づいているのでしょう?」
「…不思議だったよ。なんであいつが殿下の世話役をつとめることにしたのか。まだ陛下が元気で王宮もさほど腐っていなかったが、それでもしょうに合わないとあいつは言っていた。それがいきなり世話役を引き受けたと聞いた時は驚いたよ。あいつが一国に仕える日がくるとは、ね。今思うとこうなることがわかっていたとしか思えん。やつが死んだのはまだ殿下が幼かったときだ。大きくなっても腐った考えに染まらなかったのは、やつの教育の賜物だろうな。殿下なら大丈夫だと、まるでそれがわかっていたような…。当時は皇太子ではなく、なぜ殿下を選んだのか気にはなっていた」
「やつが殿下の人なりを知っているはずがない。仕える前は殿下が産まれてからは、あいつは王宮に行ったことがないはずたからな。殿下のお忍びをするにはまだ幼かったから、それもありえない。…君が教えたのだろう?面白いやつに会ったと…仕える前に言っていた。銀の蝶のギルドマスターさん」
「…」
「俺らは色々あって知り合いだと周りが気づかない様に配慮していたが、君たちくらいの実力があるなら、あっという間だろう」
「私たちは敵ではないわ」
「味方でもないだろう?」
「状況によるわ。けれど、あなたたちの国が平穏になってもらうのが私たちの目的。今回は目指す場所は同じよ」
「信じられん、と言いたいが、殿下に合わせてもらったしな。信じるしかあるまい。…それで殿下は君たちの思惑通りに育ったのか?」
「充分よ。少し賭けの部分もあったけど、上手くいって良かったわ」
「しゃくだが、そこはお礼を言うべきなのだろうな。…けれど、殿下はあいつの息子だ。油断していると食われるぞ」
「今日あったばかりなのに、たいした自身なのね。でも忠告は素直に受け取っておくわ。青」
「はい」
「あなたは伯爵のお手伝いを。伯爵、彼がいれば私たちといつでも連絡がつくわ。こっちの黒は殿下のところにつかせるわ。鷹があるけれど…緊急時には多分こっちの方が早いわ。と言っても、殿下の方は見張りの魔法士にさとられることもあるから気を付けて」
「ふむ、わかった、頼むぞ、青」
「…」
青が伯爵の前まで移動すると、ぺこりと頭を下げる
「俺はもう行くな」
「ええ、お願い」
黒が去っていくを見届けると少女も伯爵に頭を下げると、一瞬で消えた
「な、消えた?!」
「ど、どこに…」
「落ち着け、早過ぎて見えなかっただけだ。実際には上に飛んで木をつたっていった」
「み、見えたのですか?!」
「…さすが、ですね」
ポソリと呟いた青に伯爵は顔を向けるとニヤリと笑う
「君たちのマスターもな。若いのに、たいしたもんだ。まぁ、見た目通りの年ならば、の話だが」
「さぁ?」
今まで能面だった青が、クスリと笑った