時は金なり
連続投稿、一回目
フルール王国。昔は一つだったある国が、約30年前に二つに別れた片方の国。もう一つの国のガライアとはいまだに仲がいも、分かたれてから、王となった者が優秀だったために、平和な時を20年ほど過ごしていた国である
その国に不穏な空気が流れはじめたのは今から約10年前。王がいきなり病にふせったことから始まる。当時王太子はまだ10歳。当然、いきなり王の代わりに政を行えと言われても難しい話だった。特にこの第一王子はあまり頭がよくなく、そして政に関心を持たなかったためにまわりはそれを心配し、補佐として当時第一王子の教育係を受け持っていた男を補佐としてつけた。この教育係、手腕がなかなかで問題なく政がまわり皆がホッとした。それが、仇となる。
この男、第一王子の信頼が厚くなるごとに、王の病が進行するたびにだんだん徐々に権力を自分に集め始め、王が死んですぐ、第一王子が王としてたつと同時にこの男が宰相となり、その時には既にフルールはこの男の思いのままになっていた
手始めに税の引き上げを行い、民の権利を奪い、気が付いたら民衆は貧困に喘ぐ事態となっていたのである
王はほとんど何もせずに欲しいものが欲しいままに手に入ることに満足を覚え、政にはほとんど口を出さない
それを止めようとした者は、宰相の権力で処刑されたり、監禁されたりなどしてことごとく消えていき、現在、フルールはこの男のあやつり人形とかしている
王となった第一王子には弟、第二王子がいるが、この王子、何にも興味を示さず、怠惰な暮らしを楽しんでいる
そんな第二王子の執務室。怠惰と言われている王子は、誰もが知っているほど昼寝が好き。彼が執務室に入る時は仕事ではなく、昼寝のため。だから、彼が執務室に入った時はその扉の前を通り、物音をたてようものならば厳罰がくだる。昼寝の邪魔をされるのが第二王子は大嫌いなのだ。だから、彼が執務室にいる時は扉付近には誰も近付かない
それが暗黙の了解となっている
ところが、現在第二王子の執務室はーーー
「昼寝の邪魔するだけて怒るとか…ぷっ」
「そうすれば誰も変に思わずに近付かないから都合がいいんだよ!」
「だからって…そんなしょーもない理由にしなくても、だめ、もう、無理!」
そのまま爆笑し始め、足をジタバタさせる少女
「だいたい、またなんでお前がここにいるんだ!蝶!」
ダンッと机を叩くと、フルール第二王子ことサディアスは怒鳴った
防音室のため、音が外に漏れないため、まわりはまったく気付いていないが、最近の執務室はサディアスの怒鳴り声と少女の笑う声で溢れていた
「そんなの普通に入ってきたからにきまってるでしょう」
チョイチョイと大きな窓を指す
「窓は入り口じゃねぇ!ってか、不法侵入じゃねぇか!んなのが普通に入ってくるとは言わねぇよ!」
「扉から入ってきたらまわりにバレるじゃない。せっかく良い情報もってきたのに」
「だったら俺で遊ばなくてもいいだろうが!毎回、毎回くる度に人を見てはぷっ、って笑っていく必要ねぇだろ!!」
「まぁまぁ気にしない。気にしない。ハゲるわよ」
「はげっ………」
絶句して口をパクパクされるサディアスだが、しばらくして頭を抱えて大きなため息をはいた
「頭が痛い…」
「頭が痛いのはこちらですよ」
ガチャリと音をたててリヴァイアンが紅茶やお菓子がのったカートを押して入ってくる
カートをそのまま蝶の座るソファまで進めると、執務机の上に目をやり、自分が出て行ってから全く進んでいない仕事にため息をはいた
「遊ばれるのは殿下が子供だからです。無駄口たたく暇があるならさっさと進めろよ」
イラっとした口調で本音を言うリヴァイアンにサディアスはうっ、とつまる
「そういえば前から気になってたんだけど…怠惰と言われてる王子に仕事をまわしてくる人いるの?」
「ああ…そのようなものではなくて」
「横領をなるべく止めるためだ」
「?」
「時々俺の我儘と言って新しい法案を潰したり、横に流れそうなお金を俺が引っ掻き回して関わることで動かせにくくしてるんだ。師匠の件があってしばらくは俺に監視がついていたが今は随分緩くなったしな」
「…へぇ」
「…なんだよ」
「ううん、頑張ってるんだなぁって。………健気に。女子みたい。ぷっ」
ボキッと羽ペンを折り、怒りにフルフルと震える
「あーあー、羽ペンもタダじゃないのにー。もったいないことするなぁ」
「そうですよ、殿下。手配するのは私なんです。仕事増やさないでくれます?」
「お前ら…俺で遊ぶなっ!!!」
怒りがいったん落ち着いたサディアスは蝶の向かいに座り、紅茶を飲みながら持ってきた情報を聞いていた
「やっぱりここの酒場がメインの場所みたい。他にもこそこそと暴動の計画を話している所はあるんだけど、ここにリーダーと思われる男が一番出入りしてるから間違いないわ」
「わかった。明日にでも行ってみる。それにしてもここまで念入りに計画をたてているとは…そんなにこの国が欲しいようだな。ガライアは」
伯爵と別れた後、ひょっこり現れた蝶と話を聞いてみると、最近暴動を起こそうと集まっていた市民たちが最新式の武器を手に入れたことがわかった
お金もない彼らがなぜ手に入れたのか調べてみると、一人の武器商人の好意で譲ってくれたことがわかったが、それにしては大量すぎる。どんな裏があるのかと突き詰めてみると、ガライアのまわし者であることが判明した
そこにサディアスが燃え尽きた屋敷で手に入れた書類には宰相が暗号を使って、フルールの情報と賄賂の一部をガライアに流していることが記されていた
これまでの全てが隣国の計画のうえでのことだったのである
「目的は、我が国の制圧だろうな」
「確実に。国境の砦にいるものたちに確認させましたが、付近の砦に出入りしているものが増えているそうです。戦争の準備の可能性は高いかと」
「暴動で国がボロボロになったところを一気に攻めるきだな」
「簡単に落とされるところが容易にうかびますよ」
「…伯爵はいまどこらへんにいる?」
「もうすぐ着くそうですよ」
「砦への援軍は?」
「明日には」
「…コッチが落とされるのが先か、宰相を引き摺り下ろすのが先か、時間との戦いだな」
そう言いながら手元を見ずにクッキーに手を延ばしたが、空振りをした
「?」
手元に視線を動かすとクッキーが全てなくなっており、ついでに目の前に座っていた少女、蝶もいなくなっていた
「静かになったと思ってたらいつのまに消えたんだ。しかもあんな大量のクッキーごと…」
慌てて部屋の中を見回すも、先ほどまで閉まっていた窓が開いているだけで蝶の姿は見当たらなかった
リヴァイアンに片付けるように言うと、サディアスは机に戻った
「喜んでもらえたようですね。言われたとおり、わざわざ彼女のお気に入りの紅茶のクッキーを数種類そろえたかいがあったようです。良かったですね、殿下」
「…うるさい」
しっしと手をふりリヴァイアンを追い出すと、書類との格闘にもどった
* * *
「ここが例の酒場か…」
翌日、二人は城を抜け出してとある寂れた建物の前に立っていた
蝶からもらった人型に切り抜いたうすい紙(魔力をこめると、こめた本人と全く同じ姿形、性格をした人間が現れ、一人くらいなら視覚を共有できる)、身代わりくんに留守番させて楽々抜け出したのである
「入るか」
今にも壊れそうな扉を押し開けると、ウェイトレスの少女がこちらを向いた
「いらっしゃい!…って、え、お客さん?」
「邪魔する。…あの扉か」
奥の扉に他にも見向きもせずに向かう二人組にお客として座っていた人たちが異変を感じ立ち上がる
が、一歩遅く扉の中に二人は消えていった
「随分と詳しく書かれているな」
「な、なんだ、お前ら!」
突然侵入してきたかと思えば、普通に入ってきて部屋の中央に置いてある城内の詳しい地図を見て、関心したように呟く
もう一人はあちこちに置いてある武器を眺めている
あまりにも堂々とした姿に武器を構えるもどうしようかと市民たちはリーダーの男に視線で問う
「…君たちは何者だ?」
座ったままじっとこちらを見てくる男に二人は向き直る
「お初におめにかかります。私はリヴァイアン、こちらは第二王子サディアス殿下でおられます」
「は?!」
「なんで第二王子が…」
「計画がばれて俺らを殺しに来たのか?!」
「違いますよ。あなたたちに武器を譲った方のお話を聞きに来ました」
「…どういうことだ」
「ご存知かと思いますが、ここにあるのは最新鋭の武器。一つであなたたちが数年は何不自由なく暮らせる位の値段の物です。それをこんなに大量に譲るとは、おかしいとは思わなかったのですか?」
「…」
「なぜお金や食料ではなく、武器をあなたたちに与えたのか。それはあなたたちに暴動を起こして欲しかったからでしょう」
「な、どういうことだ!俺たちが暴動を、起こして利益がある奴らがいるってことか?」
「そうだ」
今まで壁に寄りかかりリヴァイアンに任せていたサディアスは体をおこし、市民たちをじっと見つめる
「隣国のガライア。もし、暴動が起きて国がボロボロになったとこを奴らに攻められたら…ひとたまりもなくこの国は落ちるだろうよ」
「!!」
「隣国と我が国が仲が悪いのは皆の知るところだろう。属国になった先には多くの民が奴隷にでも落とされるぞ」
「う、嘘だろ…」
「お前らの言うことを信じられるわけがないだろう!俺たちを散々いたぶってきた王族が!」
「今なら二人しかいない!やっちまえ!」
「静まれっ!」
いまだに一人だけ座り続けているリーダーの男が一喝してまわりを黙らせた
少し黙っていろと告げると、サディアスに目を合わせた
「殿下。まずはお礼を言わせて下さい」
「お礼?」
「一年前、私の娘は王宮に運良く下働きとしたあがったまではよかったものの、貴族の不興をかい、殺されそうになったところを助けていただいたと。その後、生きていることがその貴族にばれないように別の場所への移動の手配とそこでの仕事の紹介までしていただいたと…娘がここを発つ前にこっそり教えてくれました」
「…そうか、あの時の娘の父親か」
「はい。内緒だと言われたので誰にも言ってこなかったのですが、良い機会だと思いましたので」
「おやっさん!娘さんは殺されたと…!」
「今市井の噂で流れている怠惰な姿はカトフラージュだと思ってな。みんなを信用していないわけではないが、どこで漏れるかわからないからな。言わなかったんだ」
「そうだったのか…」
「だから、おやっさん、もう少し様子を見ようと言っていたのか?」
「…暴動が起きれば誰かしら死ぬ。俺たちが動かなくても、殿下がどうにかしてくれるやもしれんという期待もあった。それに…俺は武器を売ってくれた奴を全面的には信用していない。なにか裏があるような気がしてな。案の定、俺らは上手くのせられるところだったわけだ」
「気がついてみたら、奴隷になっているってことか…」
「俺は、殿下をだから殿下を信じる。お前らはどうする?」
「…」
「数日中にカタはつけるつもりだ。ここまできてさらに我慢しろと言うつもりか、と言われても仕方が無いが…この国を守りたい。頼む」
その場で頭を下げた
「…どう、する?」
「…おやっさんが信用してるなら俺は信じてみる。嘘を言っているようには思えないし。戦った先が奴隷じゃ救いないし」
「そうだな」
「俺も」
「話はまとまったな。じゃあ武器を売ってきたやつの話をする。座ってくれ」
「ああ」
おやっさんに促されてサディアスが足を進めようとして、ピタリと止まった
「どうしました?」
「…」
じっと上を見るサディアスにリヴァイアンが声をかける
「いや…気のせいだ」
ふっと向き直ると椅子に座った
「わかった。私はこれで戻る。もし連絡をとりたい時はーーー」
『ドオオオオオオオオオオオオン!!』
地面がいきなり大きく揺れて、大きな音がした
「!!」
走って部屋を飛び出したサディアスの後をみなが追いかけて外に出た
「な、おい!今日暴動を起こす予定だったのか?!」
外に出た皆の目にうつったのは、王宮から煙があがった光景で、そちらから喧騒の声が聞こえていた
「そんな、ハズは…。俺にもわからん。何が起こってるんだ」
「お、おやっさん…!」
混乱した様子で呆然と王宮を見ているおやっさんが、泣きそうな声で呼ばれた
「おれ、おれ、思い出した!あいつが…あいつが…、今日顔出すから伝えといてくれって言われてたのすっかり忘れてた!!」
「あいつって…武器をくれたザイか!」
「すっかり、わ、忘れてて…」
「ばかやろー!そんなですむものじゃないぞ!」
「ということは…クソッ!おやっさん以外の奴らがたきつけられて、王宮を攻めたか!」
「おい、ヤバいぞ、殿下。結構な人数が集まった。簡単には収集つかないぞ…!」
「いや、そっちは大丈夫だ。手はうってる。だが、マズイ、宰相に逃げられたら…どさくさにまぎれて王がこの国をガライアに受け渡すなんて書類に判子を押してしまったら…」
みな、ゴクリと唾をのんで真っ青な顔になる
「いた」
とにかく武器をもって王宮に行こうとした時、上に影がさした
「殿下」
「青か!」
「もし、王宮内に入ろうとするなら手助けしてやれと言われた。どうする」
「そうか。リヴァイアン!半数を連れてお前らは城門に向かってくれ!なんとか説得しつつ、俺がいくまであらそいが酷くならないようにしといてくれ」
「…私はあなたの護衛です。しかも無理おっしゃらないで下さい」
「命令に従え!」
「わかりましたよ…。その代わり、死なないで下さいね」
「当たり前だ!よし、おやっさんたち後半数は私についてきてくれ!行くぞ!」
青に先導されて、サディアスたちは走り出す
「私たちも行きましょう」
コクリと頷き、逆の方へ彼らも走り出した