ある昼下がりに
やってしまいました。
想像してたら書きたくなって、筆が進んでしまいました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
「みおちゃん」
「あら、皇ちゃん。こんにちは」
「こんにちは。ぼくね、みおちゃんにおねがいがあるんだけど」
「皇ちゃんが私にお願いって珍しいわね。どうしたの?珠姫は?」
ある日の昼下がり、筒井澪は、お隣さんであって、親友の愛息子の訪問を受けていた。
「たまきはぼくのいえでねてるよ」
「ええ?…皇ちゃん何かあったの?」
澪の親友の愛息子の名前は宮ノ内皇紀。
澪の愛しい娘の大切な人だ。
いや、大切な人では言い表せないかもしれない。
大げさかもしれないが、生きている存在意義かもしれない。
そんな珠姫の大切な(生きがい?である)皇紀が、何やら珠姫を抜きで澪にお願いしたいことがあると言う。
澪は心の中で多少冷や汗をかきながら、表面上はいつも麗しいと人に評される笑顔を貼り付けていた。
(珠姫に内緒で願い事?珠姫~皇ちゃんに何かしたの~!)
お願いにしても、色々とあると思うのだが、澪は最悪の想定を頭の中に描きながら、心で叫んでいた。
それというのも、澪の娘の珠姫は、生後半年にして初めて出会ってからこのかた、皇紀にべったりで、一緒に居れるであろう最大限の時間をどこに行くにも離れずくっついているのだ。
まだまだ行動範囲が狭い赤ん坊の時でさえ、皇紀が目の前から居なくなれば泣いて泣いて泣きやまず、親友に頼んで連れて来てもらうこともしばしばだった。
いや、しばしばなんて生ぬるい。
毎日だった。
普通だったら皇紀がその生活に耐えられず、すぐにでも破綻してしまいそうな日々だったが、幼い頃から何故か珠姫に関して寛大な皇紀は、何も文句を言わず珠姫に接してきた。
これには澪も皇紀の母親である亜紀恵も首をひねるばかりであった。
だが、澪はこの珠姫に関しては寛大な皇紀のおかげで救われたのは確かな事実だった。
なので、実は皇紀には頭が上がらなかったりする。
ちょこちょこと皇紀の好きなお菓子や玩具などを献上したり…いや、袖の下みたいに渡して良好な関係を保とうと必死だった。
それ程に皇紀の存在は筒井家にとって重要なものだったのである。
さて、そんな皇紀が珠姫に内緒でお願い。
(とうとう珠姫に愛想でも尽かしたの?!やっぱり、この前の珠姫が我慢できなくて幼稚園乱入が駄目だった!それとも、毎日皇ちゃん自らの手からしか朝食と夕食を食べない珠姫が駄目だったの!それともそれとも…~~~~~~いや~~~~~!!ありすぎて何が駄目だったのかも分からないわ~~~~~~~~~!!!?)
推してしかるべし。
自分の想像に先に締め上げられて白旗をあげそうになる。
何がなんだか分からなくなり、思わず皇紀の幼い小さな肩に手をかける。
「皇ちゃん!珠姫を見捨てないであげてっ!!」
「え?」
「珠姫は皇ちゃんが大好きなの!皇ちゃんがいないと生きていけないのよ!!私に出来ることなら何でもするっ――」
「落ち着いて~澪ちゃん」
ポカン♪
動転して捲くし立てる澪を止めたのは、皇紀の母親―亜紀恵であった。
手には丸められた新聞紙が握られていた。
どうもそれで頭をはたかれたようだった。
衝撃で我に返って、澪はソロソロと皇紀に視線を向ける。
「みおちゃん、だいじょうぶ?」
心配そうな瞳で見られて澪は尻尾を巻いて逃げ出したくなった。
(くうっ!皇ちゃんの方が大人みたいよ!!恥ずかしいっ!!?)
「はいはい、落ち着いてね?」
「あ、亜紀ちゃん」
心中でまだまだ動揺中なのが分かるのか、亜紀恵に背中を優しく叩かれる。
ようやく動揺が少し収まる。
「皇ちゃん」
「なあに?ママ」
「ママが澪ちゃんにお願いしておいてあげるから、皇ちゃんは家に戻りなさい」
「え…でも…」
「皇ちゃんが側に居ないから、珠姫ちゃんが起きそうよ?まだちょっとしか寝てないからもう少し寝かせてあげて。皇ちゃんも一緒に少しお昼寝しなきゃいけないでしょ?」
「!…わかった。ママおねがいしておいてね!みおちゃん、あとでね!!」
珠姫が起きる。
その台詞に反応して、躊躇っていたはずの皇紀が頷いて隣にある自分の家に帰っていく。
帰り際に振られた手に無意識のうちに手を振り替えして、家の中に消えた皇紀を見たあと、澪は亜紀恵を振り向いた。
「亜紀ちゃん。どういうことなの?」
「落ち着いた?あの子たちだけ置いておくわけにもいけないから、あっちで話しましょ」
「…分かった」
すぐにでも話を聞きたかったが、そう言われてしまえば従わないわけにはいかない。
いかに皇紀がしっかり者でも、まだ4歳児なのだ。
亜紀恵の言葉は正論であった。
「お泊り保育?」
「そうなの」
「お泊り保育ってお泊り保育?」
「他にどんなお泊り保育があるの?」
「…」
「入園してから初めてなんだけど、幼稚園でね、みんなでお泊りするのよ」
「…それって皇ちゃんが1日居ないってこと?」
「1日ってことはないわね。夕方から集まって、一緒に夕ご飯を食べてみんなで寝る。そして朝ご飯を食べて帰る。半日くらいかしら?」
「…でも皇ちゃんがその間居ないってことは一緒じゃない」
「そういうことね」
「…」
軽い感じで頷かれて、ジト目になる。
夜だけなら問題はない。
しかし、夕ご飯、朝食の時に皇紀が居ない。
それが問題だった。
「それって参加しなきゃならないの?」
「皇ちゃんはお休みするって言ったわ」
「そうなの!なら―」
「でも、私が行きなさいって言ったわ」
亜紀恵の台詞に澪は目を見開いた。
急な展開に理解が追いつかない。
「?!な、なんで…」
「そろそろ皇ちゃんに全部任せるのやめない?ていうか、4歳児にして皇ちゃんが珠姫ちゃんのお母さんみたいでちょっと未来が心配よ?」
「…」
「それに、このままじゃ、珠姫ちゃんの為にもならないわ。大きくなれば適度に離れると思っていたけど、余計にべったりになっていっている感じがするし。今回のお泊り保育はいい機会だと思うんだけど」
「…」
「別に全てを一気に無くすわけじゃないけど、お互いにもう少し自分の時間を作らせましょう?2人のために」
「…分かったわ」
「お泊り保育のときは、私も協力するから」
「本当に?」
「ええ!2人で珠姫ちゃんと皇ちゃんのために頑張りましょう?だって私たち2人のお母さんなんだもの!」
手を握られて、力強い笑みを向けられる。
澪は胸の奥にずっと隠していた。
皇紀にべったりな珠姫。
そんな珠姫を嫌がるでもなく側に居させてくれる皇紀。
珠姫の母として、色々思うところはあった。
しかし、日々の仕事の忙しさに、皇紀と亜紀恵に甘えて目を背けていた。
今の状態はよくないということに。
皇紀のお泊り保育。
亜紀恵は、これはいい機会だと言った。
そして、一緒に頑張ろうと。
握られた手をもう片方の手で握り返して笑い返した。
「頑張る。だから協力してね?」
「その意気よ!私と皇ちゃんがついてるから!!」
「…皇ちゃんも引き離す対象よね?」
「あら?うちの皇ちゃんを甘く見ないで頂戴!珠姫ちゃんのためなら何でもしてくれるんだから」
「…」
何か矛盾していないかと思いながら、亜紀恵の勢いに流されて、澪は珠姫のために今回の機会に全力で挑むことを決めたのだった。
そして澪の奮闘は始まったのだった。
最初はコメディーのつもりで書いていたのですが、気付けばなんかシリアス?
…おかしいなぁ。
何はともあれ、お付き合いくださり、ありがとうございました!