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第59話|値段が付いた理由

 依頼主は、金貨の入った袋を机の上に置かなかった。

 置けば、それは支払いになる。


 支払いになった瞬間、この仕事は「終わった」ことになる。

 終わらせてはいけない仕事だった。


 代わりに、袋の口を指で押さえた。

 重さを確かめるように。


 中身を数えるためではない。

 数えれば、計算が始まる。


 計算が始まれば、どこかで「削れる」箇所を探してしまう。

 削れない仕事だと、もう分かっていた。


 書記が、静かに口を開いた。


「……通常の十倍です」


 声は淡々としている。

 驚きも非難もない。


 書記は数字を扱う人間だ。

 数字の意味は後から来る。


「妥当だ」


 依頼主は即答した。

 間を置かないのは、迷っていない証拠だ。


 書記が一瞬だけ顔を上げた。

 “覚悟”という単語が、頭をよぎった顔だ。


「……この金額ですと、領主の確認が要ります」


「要らない」


「規定では――」


「規定は“事故が起きた後”の話だ」


 依頼主は、机の端を指で叩いた。

 帳簿の角。

 数字が始まる場所。


「事故は起きていない。

 商人は死んでいない。

 村は焼けていない。

 告発文も、上申書も出ていない」


 書記は、何も書かなかった。

 書かない、という判断をした。


「それは……結果論では?」


「違う」


 依頼主は首を振った。


「“起きなかった”という結果を作るには、

 起こさないための配置が要る」


 依頼主は、目を閉じた。


 街道が閉じる。

 調査が入る。

 責任が浮かぶ。

 最後に行き着くのは――領主。


「十倍で済むなら、安い」


 声に誇張はない。

 事実として、そう思っている。


 書記は、ゆっくりと頷いた。


「……名前は?」


「聞くな」


「記録が――」


「残すな」


 依頼主は、少しだけ苛立った。


「名を残した瞬間、

 次は“使い続ける理由”が生まれる」


「……それは」


「最悪だ」


 依頼主は断言した。


「今回の仕事は、

 一度で終わらせるために高い」


「安くして、

 何度も使う仕事じゃない」


 書記は理解した。


 この金は、報酬ではない。

 封じるための金だ。


「領主には……」


「結果だけを伝えろ」


「詳細は?」


「不要だ」


 依頼主は、袋の口を閉じた。

 そのまま立ち上がる。


「成功した。

 血は出ていない。

 騒ぎもない。

 街道は動いている」


「それで十分だ」


 *


 領主の執務室には、地図があった。

 壁一面の交易路。


 古い線。

 新しい線。

 消された線。


 依頼主は、膝を折らない。

 礼も取らない。


「北外縁、旧交易路。

 通行は回復傾向です」


「死者は」


「出ていません」


「調査は」


「入りませんでした」


 領主は、顔を上げた。


「……それで?」


「以上です」


 沈黙。


 領主は、一本の線に指を置く。


「値段は?」


「高いです」


「どれくらいだ」


「通常の十倍」


 領主は、短く息を吐いた。


「……妥当だな」


 依頼主の背が、少し緩んだ。


「名は?」


 依頼主は、一拍置いた。


「……聞いていません」


「聞かなかったのか」


「聞きませんでした」


 領主は、指を離した。


「正しい」


「名を聞けば、管理になる。

 管理すれば、責任になる」


 依頼主は続ける。


「ですが……彼らは、

 安く使える存在ではありません」


 領主の目が細くなる。


「なら、どう使う」


「使いません」


「……ほう」


「必要なときに、

 頼める場所として残すだけです」


 領主は黙る。


「それは、危険だぞ」


「承知しています」


「噂が先に走る」


「はい」


 領主は地図をなぞった。


「……だが」


「それでも価値はある」


 依頼主は息を飲んだ。


「表で動かせない仕事が増えている」


「はい」


「事故なく終わらせる存在は、

 金より重い」


 領主は言う。


「名は聞くな」


「聞いた瞬間、

 私が責任を負う」


「では……」


「窓口だけを覚えろ」


「治療院、ですね」


「場所ならいい。

 場所は切れる」


 依頼主の背が冷えた。


「最後に一つ」


 領主が言う。


「もし次、失敗したら?」


 依頼主は、即答しない。


「……そのときは」


「そのときは?」


「金では済まないでしょう」


 領主は頷いた。


「だから高い」


「高い金は、失敗を許さない」


 依頼主は、深く頭を下げた。


 責任を受け取る動作だ。


 *


 廊下で、依頼主は立ち止まった。


 ――安くはない。

 ――だが、安くしてはいけなかった。


 あの団は、

 守るための存在ではない。

 使い続ける存在でもない。


 一度で終わらせるための存在だ。


 そしてそれは、

 最も値段が付けにくい。


 依頼主は歩き出す。


 次に呼ぶとき、

 金額はさらに上がるだろう。


 それでも――

 その方が、領地は生きる。

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