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第50話|選ばせる側

 依頼書の紙は薄い。薄いのに、胃だけは重くなる。


 依頼主の部屋には、窓が一つだけあった。窓枠の木が古い。雪が付くと、木が軋む。軋む音は、誰かが言葉を選んだときの間に似ている。


 依頼主はその紙を、机の上に置いたまま動かさなかった。動かすと、読んだことになる。読んだことになれば、返事をする義務が生まれる。義務が生まれれば、帳簿に行が増える。行が増えれば、名前が付く。名前が付けば、いずれ刃が来る。


 刃は今、必要ない。今は、安く使える札が欲しい。


 その机の上に、もう一枚の紙が重なっている。薄い紙の上に、別の筆跡。細い字。迷いがない。感情がない。だが、値札だけは正確に刻んである。


 依頼書の余白に、条件が増やされていた。


 依頼主は、指先でその追記をなぞった。紙の繊維が、爪に引っかかる。引っかかる感触は、相手がこちらの都合を掴んでいる証拠だ。


 追記は、こういう書き方だった。


 成果定義:

 ・「成立」させないこと(殺傷・過剰防衛・内紛の証拠を残さない)

 ・対象の排除ではなく、撤退の形を確定させる

 撤退基準:

 ・負傷者が出る前

 ・第三者の目撃が増える前

 ・現場に“責任の穴”が残る前

 報酬:

 ・最低保証(前金)+出来高(後払い)

 ・証拠提出の義務は団側にない(提出は依頼主側が要求する場合のみ)

 損耗:

 ・治療費、装備破損、搬送の費用は別途

 ・依頼の虚偽が判明した場合、契約は即時破棄、違約金発生

 安全:

 ・依頼主は現場介入しない

 ・現場の判断は団に帰属する

 例外:

 ・依頼主が撤退基準を破る指示を出した場合、その指示は無効


 依頼主は息を吐いた。吐いた息が白くならない。暖炉が効いている。暖かい部屋で書ける字だ。


 これは拒否ではない、と依頼主は理解した。


 これは値段交渉だ。

 しかも、交渉の形が“仕事”になっている。

 嫌がらせでも、正義でもない。

 こちらが出した毒に、同じ濃度の毒を混ぜ返してきた。


「……面倒だな」


 声に出すと、部屋の静けさが少しだけ戻る。戻る静けさは、自分の領域を確認させる。だが、今は確認している場合じゃない。


 この紙の書き方は、北の書き方ではない。ギルドの書き方でもない。


 北なら、座標と期限だけ寄越す。

 ギルドなら、責任の所在を先に書く。


 これは違う。

 これは、責任を引き受ける代わりに、責任の刃を刃として数え直している。


 依頼主は紙を二枚重ね、封筒へ戻した。戻す動作が、遅い。遅いのは躊躇ではなく計算だ。計算が終わっていないのに動くと、損をする。


 扉の外で、控えの者が咳払いをした。合図だ。会話を始めたい合図ではない。合図は「終わらせたい」の合図だ。依頼主は頷き、扉の外へ声を投げた。


「……上に回せ。北にも」


 控えの者が返事をする前に、依頼主は続けた。


「ただし、“拒否”とは言うな。“再提示”だ」


 控えの者の息が一拍止まる。言い換えが、意味を変えることを理解している息だ。


「……承知」


 扉が閉まる。閉まる音は軽い。軽い音は、責任が軽い証拠だ。責任が軽い者ほど、危険な札を運ぶ。


 部屋に残った依頼主は、机の端に置かれた別の帳面を見た。帳面には、名前が一つだけ書かれている。


 グレイ。


 その名前の横に、短い注釈がある。


 管理しやすい剣。

 前に立つ。

 終わらせる。


 依頼主は、その注釈の下に、もう一行を足した。


 団と組むと、成立しない。


 成立しない。

 その一語が、今の北の共通語だ。


     *


 北の会議室には窓がない。窓がないのは、外の風景が不要だからだ。不要なものは、あらかじめ削る。削れるものを削る癖は、北の癖だ。


 机を囲む男たちは、紙を見ていた。紙を見るのに、眉は動かさない。眉を動かすのは感情だ。感情は値を上げる。


 紙の上にあるのは、依頼書ではない。依頼書に見せかけた、団の条件だ。


 北側の男が、短く言った。


「値段を聞き返されたな」


 ギルド側の使いが答える。


「しかも、こちらの値段を」


 調整役が、指を組んだ。指を組む癖は、相手の反応を待つ癖だ。待つ癖は、動かない者の癖だ。動かない者が握るのは、刃ではなく線だ。


「……面白い」


 誰かが言う。面白い、は褒めではない。面倒に手間を足されたときの言葉だ。


 北側の男が紙の端を叩いた。


「こいつらは、善意で動いてない」


 ギルド側が頷く。


「無償でも動かない」


 調整役が息を吐く。


「安くも動かない」


 沈黙が落ちる。沈黙は結論だ。結論は、短いほど固い。


 北側の男が言った。


「つまり、雇われじゃない」


 ギルド側が続ける。


「対等の顔をし始めた」


 調整役は、紙を指で弾いた。弾く動作は、苛立ちではない。確かめだ。確かめは、次に何をするか決める前に必ず挟む。


「……厄介だ」


 北側の男が言う。


「放置できない」


 ギルド側が言う。


「だが、刃を出すのはまだ早い」


 調整役が静かに頷いた。


「刃を出すと、相手が“成立”を避ける。避けられれば、こちらの帳簿が汚れる。汚れた帳簿は、上が嫌う」


 北側の男が、別の紙を出した。そこには座標だけが書かれている。


「なら、“選ばせる”を続けるか」


 ギルド側が眉を動かさずに言う。


「しかし、選ばせ続けた結果がこれだ。向こうは“選ぶ側”の言葉を覚えた」


 調整役が、そこで初めて笑った。笑いではない。歯を見せない呼吸だ。


「だから、次は――選ばせる中身を変える」


「どう変える」


「仕事の中身ではない。形だ」


 調整役の声は淡々としている。淡々とした声は、誰かを殺すときの声だ。殺すのは命ではない。立場だ。


「代表を立てさせる」


 北側の男が、短く息を吐いた。


「名を出させる」


 ギルド側が、同じ温度で言った。


「名を出せば管理できる。管理できれば、値は下がる」


 値が下がる。価値ではない。値札だ。北において価値は曖昧だが、値札は具体だ。


 調整役は、机の上の別の札を指で押した。


「……剣はどうする」


 ギルド側が言う。


 北側の男は即答する。


「グレイを使う。あれは管理しやすい」


 調整役は首を振らなかった。だが、一拍だけ置いた。


「……団と組むと成立しない」


 北側の男が言う。


「だから切り離す」


 ギルド側が続ける。


「切り離せるか?」


 調整役は、紙の端を指で撫でる。撫でる癖は、迷いではない。迷いを見せないための動作だ。


「時間はかかる」


 北側の男が言った。


「仕事を渡せ。グレイにだけ飲める形で」


 ギルド側が確認する。


「団が条件を出せない種類の仕事?」


「違う」


 北側の男の声が少しだけ低くなる。


「団が条件を出せる。だが、飲むと刃が出る。飲まないと“仕事を選ばない団”になる。どちらでも値が上がる」


 調整役が頷いた。


「……それが“選ばせる”の次だな」


 会議は終わった。終わり方は早い。北の会議は、いつも結論だけが残る。


     *


 夜。


 廃治療院の奥。灯りを落とした部屋に、四人と一人がいた。


 ヴォロ、剣士、術士、補給兵。そしてグレイ。


 誰も火の中心に座らない。火の中心は、役割の中心だ。中心に座った者は、自然と代表に見える。代表に見えれば、次に刺される。


 ヴォロは机の上に紙を広げた。依頼書が三枚。どれも、報酬が異様に高い。撤退基準が曖昧。成果定義が「成立」。同じ匂いがする。


 グレイは、その紙の匂いを嗅いだわけではない。だが目の動きで分かる。経験で分かる。北の毒は、いつも同じ角度で刺さる。


「全部、同じ作りだな」


 グレイが言った。


「選ばせる」


 補給兵が言う。声が平たい。平たい声は、地形を見る声だ。


「選んだ瞬間に、責任が固まる」


 術師が言う。目は紙ではなく、ヴォロの指先にある。ヴォロがどこで止まるかを見る目だ。


 剣士は、紙を見ない。紙を見ない代わりに、グレイを見る。グレイの手が剣に触れるかどうかを見る。剣に触れた瞬間、場が変わる。


 ヴォロは紙を一枚、裏返した。そこには、別の紙が挟まっていた。封がしてある。封の印が違う。北でもギルドでもない。


 グレイの目が、ほんの一瞬だけ細くなる。


「……それ、俺だろ」


 ヴォロは頷いた。頷きは遅い。遅い頷きは、相手に選ばせる頷きだ。


「開ける前に言う。隠さない」


 ヴォロの声は淡々としている。淡々としているのは冷たいからじゃない。熱があると、紙に熱が移る。熱が移れば、言葉が歪む。


 ヴォロは封を切った。紙を一枚引き抜く。文字が少ない。少ない文字ほど、刃が混ざる。


 グレイの単独契約。

 条件は良い。前金がある。保護枠が付く。仕事は明確。判断は不要。結果だけ。


 そして、一文。


 判断役と同時行動する場合、保証なし。


 部屋の空気が、一段冷えた。暖炉の熱が残っているのに冷える。冷えるのは、身体じゃなく胃だ。


 剣士が息を吐いた。吐いた息が短い。短い息は怒りに近い。


 術師は、声を出さない。声を出せば、感情が先に出る。感情が先に出れば、相手に言い訳を与える。


 補給兵は、紙の端を見た。紙質を見る。紙質で、誰が作ったか分かる。分かってしまうと、地形が嫌な形に見える。


「……なるほど」


 グレイが言った。声が低い。低い声は、前に立つ声だ。だが今は前に立っていない。


「俺を使って、団を割る」


 剣士が言った。短い。短い言葉は刃だ。


 グレイは否定しなかった。否定は言い訳になる。言い訳は、選ばされている証拠になる。


 ヴォロが言った。


「選ぶのはお前だ」


 それだけだ。脅しも褒めもない。だが、その一言が最も重い。重いのは、ヴォロが選ばないからだ。ヴォロは相手の選択を奪わない。奪わないから、相手は自分で背負う。


 グレイは紙を見たまま、少し笑った。


「……いい条件だ。北は手加減しないな」


「手加減は、刃を鈍らせる」


 補給兵が言った。事実を言うだけだ。事実は刃より痛いことがある。


 グレイは紙を畳んだ。畳む指が、少しだけ強い。強い指は、本気の指だ。


「俺がこれを飲めば、お前らはどうなる」


 質問は短い。短い質問は、答えが一つだという意味だ。


 ヴォロは、すぐには答えない。答えると、答えが責任になる。責任は刃を呼ぶ。だが、答えないと、沈黙が同意になる。


 ヴォロは選ぶ。沈黙ではなく、言葉を選ぶ。


「……団としての交渉が難しくなる」


「消える?」


 グレイが言う。消える、は脅しじゃない。北の単語だ。存在の仕分けだ。


 ヴォロは首を振る。


「消えないように動く。だが、その動き自体が、次の刃の理由になる」


 術師が、初めて言った。


「つまり、あなたが飲んでも、私たちは生きる。でも、次はもっと痛い形になる」


 その言い方は、術師の言い方だ。治療をする人間は、希望を餌にしない。現実を先に言う。


 剣士がグレイを見る。


「……戻ってくる気はあるのか」


 責める声ではない。試す声だ。剣の声だ。


 グレイは、その問いにすぐ答えなかった。すぐ答えれば軽くなる。軽い言葉は信用を削る。


 代わりに、グレイはヴォロを見た。


「お前は?」


 ヴォロは首を傾けない。眉も動かさない。


「俺は、ここにいる」


 言い切った。言い切りは、罠にも見えるし、約束にも見える。約束は紙に書かないと、嘘になる。だが、紙に書けば刃になる。


 グレイは息を吐いた。息の吐き方が少しだけ荒い。迷っている息だ。迷いは弱さではなく、選ぶ前の本能だ。


「……契約は、飲まない」


 グレイが言った。


 剣士の肩が、ほんの少しだけ落ちた。落ちたのは安堵ではない。次の戦闘が避けられないと理解した肩だ。


 補給兵が言う。


「飲まない理由は」


「簡単だ」


 グレイが言った。


「飲んだら、俺は“居場所”を捨てることになる」


 術師が目を細めた。術師は言葉の端をよく拾う。


「居場所?」


 グレイは笑わなかった。照れでも誤魔化しでもない。淡々と言う。


「北もギルドも、居場所じゃない。仕事場だ。居場所は――」


 そこでグレイは言葉を切った。言うと重くなる。重くなると、次に壊れやすくなる。剣は自分の弱点を口に出さない。


 ヴォロは、その切れ目をそのままにした。埋めない。埋めると、ヴォロの言葉になる。グレイの居場所を、ヴォロが語った瞬間、それは管理される。


 沈黙が一拍落ちる。


 その沈黙を、補給兵が現実で切った。


「……じゃあ、次だ。依頼主の返事が来る」


「返事は来る」


 ヴォロが言う。断定ではない。予測だ。だが、予測の精度が高い声だった。


「来る理由は?」


 剣士が問う。問うのは不安じゃない。盤面確認だ。


 ヴォロは紙を一枚だけ机の上に残し、他を畳んだ。


「向こうは、俺たちが“拒否”したと言いたくない」


 術師が頷く。


「拒否と書いた瞬間、こちらの値が上がる。拒否できる団、になる」


「だから、再提示」


 補給兵が言う。


「再提示なら、まだ“交渉相手”の形に落とせる」


 グレイが言った。


「で、次は代表を出せ、だ」


 ヴォロは何も言わない。否定もしない。否定は予防線になる。予防線は、相手に当てる場所を教える。


 部屋の外で、雪が鳴った。遅れて届く音。だが今夜の遅れは、致命にはならない。全員が同じ方向を向いているからだ。


     *


 返事は翌朝、早かった。早い返事は、相手が最初から準備していた返事だ。


 封は、依頼主の印。だが、封の横に別の印が薄くある。北の匂い。紙を触る前に胃が冷える。


 ヴォロは封を切らない。切るのは代表の動作だ。だが、切らないままだと沈黙が同意になる。


 ヴォロは、紙を剣士へ渡した。


 剣士は受け取らない。受け取ると、代表を引き受けた形になる。剣士は首を振り、紙を補給兵へ視線で投げる。


 補給兵も受け取らない。受け取ると、裏の線が自分に絡む。


 術師が受け取った。術師の手は、震えていない。治療をする手は、紙程度で震えない。震えるのは、目の奥だ。


 術師が封を切り、内容を読む。声にしない。声にすると、言葉が場を作る。場は責任になる。


 だが、言わなければ、全員が同じ未来を見られない。


 術師は、最も短い形で言った。


「……代表を出せ、だって」


 剣士が鼻で笑う。笑いではない。乾いた息だ。


「来たな」


 補給兵が言う。


「ここで、名を引きずり出す」


 グレイは黙っている。黙っているのは、他人の決断を奪わないためだ。グレイは剣だが、今は剣を抜かない。抜くべき相手は紙だからだ。


 術師が続ける。紙の文面は短い。短いほど悪辣だ。


「条件は再提示、って書いてある。でも――」


 術師の目が、わずかに険しくなる。


「こちらの修正案を、受け入れるとも拒否するとも書いてない。交渉は“代表のみ”と限定してる」


 剣士が言う。


「つまり、代表を出した瞬間に、責任が固定される」


 補給兵が言う。


「代表を出さなければ、仕事を選ばない団。出せば、管理できる団」


 ヴォロは紙を受け取り、机の上に置いた。置き方が丁寧すぎない。丁寧すぎる置き方は、恐れている置き方だ。恐れは相手に見せない。


 ヴォロは言った。


「……ここで大事なのは、交渉の中身じゃない」


 全員がヴォロを見る。見る視線が揃っている。揃っている視線は危ない。だが今は必要だ。


「代表を出せ、という形を受けた時点で、俺たちは“団”として認識された」


 術師が小さく頷く。


「つまり、無償奉仕の便利屋じゃなくなった」


「そうだ」


 ヴォロは淡々と続ける。


「向こうの胃を冷やした。だから返事が早い。早い返事は焦りだ」


 グレイが初めて口を開く。


「……焦りは、刃を早くする」


 ヴォロは頷いた。


「だから、ここからは戦闘より交渉だ。交渉の形を誤ると、戦闘が“成立”する」


 剣士が、短く言う。


「代表は誰だ」


 質問は短い。短い質問は、逃げ場がない質問だ。


 ヴォロは答えを持っていた。持っているから、怖い。怖いのは、代表が守る役ではないと知っているからだ。代表は的だ。的は、矢を引き受けるために作られる。


 補給兵が言う。


「ヴォロだろ」


 術師も言う。


「あなたしか、言葉が折れない」


 グレイは言わない。言えば、圧になる。圧はヴォロの決断を歪める。


 ヴォロは、一拍だけ置いて言った。


「……俺が出る」


 その一言で、部屋の空気が変わる。変わるのは温度じゃない。責任の向きだ。刃の向きだ。


 剣士が言った。


「一人で行くな」


 命令ではない。条件だ。条件は、団の言葉だ。


 ヴォロは首を振った。


「一人で行く。だが、一人で立つわけじゃない」


 補給兵が地図を出す。術師が包帯を確認する。剣士が剣帯を締め直す。準備の動作は、戦闘の動作に似ている。だが今は交渉の戦闘だ。刃は抜かない。抜くのは言葉だ。


 グレイが立ち上がった。


「……俺は?」


 短い問いだ。グレイはまだ、団の中に入ったばかりだ。入ったばかりの者は、立ち位置を確認する。確認しないと、戦場で死ぬ。


 ヴォロはグレイを見る。見る目が冷たいわけではない。距離の測り方が正確だ。


「お前は、ここに残れ」


 剣士が眉を動かす。動かしたのは反発ではない。意外だ。


 ヴォロは続ける。


「お前にだけ飲める条件が、もう一枚ある。向こうはまだ諦めてない。交渉の最中に、お前が動くと“内紛”が成立する」


 グレイは舌打ちしない。苛立ちも見せない。理解した顔だけをする。


「……つまり、俺は“成立の材料”だ」


「そうだ」


 ヴォロは言った。


「だから、お前は守りだ。刃じゃない」


 グレイは笑った。短く。だが笑いではない。自分が使われ方を理解したときの、苦い息だ。


「性格悪いな、お前」


「性格じゃない」


 ヴォロはいつもの言い方で返した。


「配置だ」


 その言葉が、全員の背骨を揃える。揃った背骨は折れにくい。折れにくい集団は、値段が上がる。


 術師が封筒をもう一度見た。


「最後に一行」


 ヴォロが視線で促す。術師が読み上げる。


「“次はまとめて来い。代表を出せ”」


 剣士が、乾いた息を吐いた。


「やっぱり、そうなる」


 補給兵が言う。


「ここで断れば、仕事を選ばない団。ここで出れば、管理される団」


 ヴォロは紙を畳み、懐へ入れた。紙は軽い。軽いのに、胸の内側が沈む。沈むのは恐怖ではない。理解だ。


 名を出さない=守られない。

 名を出す=管理される。


 どちらも刃が来る。


 なら、刃の角度を選ぶしかない。

 選べる角度を増やすしかない。


 ヴォロは扉へ向かう前に、振り返った。


「……団は、安く使われない」


 言い切った。


「条件が合わなければ受けない。合うなら、相手にも責任を持たせる」


 剣士が頷く。

 術師が頷く。

 補給兵が頷く。


 グレイは頷かない。代わりに、剣の紐を結び直した。結び直す動作は、言葉より重い。


「戻ってこいよ」


 剣士が言った。命令ではない。祈りでもない。確認だ。戻れる線があるかどうかの確認。


 ヴォロは短く答えた。


「戻る」


 その返事が、今日いちばん危険な約束だった。約束は刃を呼ぶ。だが、約束がなければ、団は散る。


 外へ出ると、雪の音が変わった。遅れて届く音。だが今は、その遅れが選択肢だった。


 交渉が先か。

 刃が先か。


 相手は刃を先に出したがる。

 こちらは言葉を先に出す。


 そしてヴォロは、理解していた。


 この交渉に勝った瞬間、

 値段が上がる。


 値段が上がる団は、

 次に“買えない団”になる。


 買えない団は、

 次に――消される団になる。


 だから、ここで必要なのは勝利じゃない。


 消されない形の勝ち方だ。


 ヴォロは息を細くし、雪の音を数えながら歩いた。

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