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第46話|帳簿の外で起きたこと

夜明け前の廃集落は、音が軽かった。


雪が踏まれる音も、戸板が軋む音も、どこか空洞を叩くように響く。


ヴォロは、集落の外れで立ち止まった。


振り返らない。

振り返る必要がない。


「……来てるな」


グレイが低く言う。


気配は四つ。

遠巻きだが、隠す気はない。


「北じゃない」


剣士が言った。


「ギルドでもない」


術士は建物の壁に手を当て、首を振る。


「公式の監視じゃない。

 でも……見てる」


補給兵が、地面を一度踏み直した。


「様子見だな。

 “誰が来るか”じゃなくて、“どう終わるか”を」


ヴォロは小さく息を吐いた。


「……いつものやつだ」


集落の中では、灯りが一つだけ点いている。


崩れかけた倉庫を改修した簡易診療所だ。


中に入ると、血の匂いがあった。


新しい。

だが、戦闘の匂いではない。


「またか」


術士が歯を噛みしめる。


担ぎ込まれていたのは、若い運び屋だった。


脚に深い裂傷。


だが致命ではない。


問題は、誰も治療を受けさせなかったことだ。


「依頼は?」


剣士が、集落の老人に聞く。


老人は、首を横に振った。


「……出せない」


その一言で、全員が理解した。


依頼を出せば、

誰が責任を持つかを書かなければならない。


責任を書けば、

北かギルドの帳簿に載る。


「……いつから?」


ヴォロが聞く。


「三晩前だ」


「治療院は?」


「閉められた。

 “管理外の負傷は受けるな”って」


術士の指が、わずかに震えた。


「……だから、放っておいた」


老人は俯いた。


「頼めなかった。

 頼んだら、次がなくなる」


その瞬間、


ヴォロははっきりと理解した。


ここは、誰も手を出したくない場所だ。


利権に触れる。

帳簿を汚す。


だが放置すれば、人が死ぬ。


だから――


誰も依頼を出さない。


「治す」


ヴォロは短く言った。


剣士が周囲を見る。


「報酬は?」


ヴォロは首を振る。


「取らない」


老人が目を見開いた。


「……それじゃ」


「それでいい」


ヴォロは被せた。


「条件は、俺たちが決める」


術士がすぐに動く。


包帯。

縫合。

止血。


無駄のない手つきだ。


外で、誰かが小さく舌打ちした。


――見ている。


補給兵が、低く言う。


「……やっぱりな」


「何がだ」


剣士が聞く。


「この場に“依頼主”はいない。

 でも、評価者はいる」


外の気配が、わずかに動いた。


近づかない。

離れもしない。


帳簿に載せずに、結果だけを見る距離。


治療が終わる頃、


集落の外れで、短い会話が交わされていた。


「……勝手にやったな」


「依頼は出してない」


「帳簿も、触れてない」


北の下っ端だ。


顔は覚えなくていい。


「だが――」


もう一人が言う。


「問題は消えた」


沈黙。


「……報告は?」


「要らん」


「理由は?」


「理由を書くと、責任が生まれる」


誰かが、乾いた笑いを漏らした。


「厄介な団だな」


「いや」


別の声。


「楽だ」


その言葉で、空気が決まった。


――楽だ。


帳簿を汚さずに、

問題だけが消える。


それが、どれほど危険な評価か。


だが同時に、どれほど消せない評価か。


治療院を出るとき、


老人が頭を下げた。


「……いくらだ」


ヴォロは、答えなかった。


代わりに言った。


「次に、同じことが起きたら」


老人が息を呑む。


「依頼を出すな」


「……え?」


「出すな。

 俺たちは、勝手に来る」


その言葉の意味を、


老人は完全には理解しなかった。


だが、外で聞いていた者たちは理解した。


――頼まれなくても処理する

――だが条件は選ぶ


これは善意ではない。


正義でもない。


宣言だ。


帰路、グレイが言った。


「……無報酬だぞ」


「知ってる」


ヴォロは即答した。


「生活は?」


「次で回収する」


剣士が眉をひそめる。


「どうやって」


ヴォロは、紙を一度だけ見た。


依頼書ではない。

評価の走り書きだ。


「今日の仕事は、

 北とギルドに向けてじゃない」


「じゃあ誰にだ」


「帳簿を汚したくない連中全員だ」


補給兵が、静かに頷いた。


「……これで、値段は上がるな」


「安くは使えなくなる」


術士が言う。


グレイが、笑った。


「性格が悪い団だ」


「生き残るためだ」


ヴォロはそう返した。


雪の音が、また変わる。


遅れて届く音。


だが今度は、


その遅れが――


次の依頼が来るまでの猶予だと、

全員が分かっていた。

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