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第44話|値段の付け方を知らない男

夜の灯りは、約束通り消えていた。


治療院の窓は暗く、

火皿の灰も冷えている。


それでも――人は来た。


来た、というより

現れた。


足音がしない。

だが気配はある。


気配があるのに、警戒心を刺激しない。

それは剣でも術でもない。

慣れだ。


ヴォロは入口から三歩内側に立っていた。


近すぎず、遠すぎない。

主導を取らず、逃げ道も残す位置。


グレイは外にいる。


外にいることで、

「ここにいる人数」を曖昧にする。


剣士は影。

術士は灯りの死角。

補給兵は、床と壁を同時に見ている。


依頼主は一人で来た。


一人で来る、という選択自体が

圧だった。


「こんばんは」


声は穏やか。

丁寧で、礼儀正しい。

こちらを見下ろしていない。


だからこそ、胃が冷える。


「夜分に失礼する。

 ……灯りが消えていたので、

 もう来られないかと思った」


“来られない”ではない。

“来てはいけない”とも言っていない。


ヴォロは答えない。

答えると、訪問を認めた形になる。


依頼主は気にしない。


気にしない、という態度が

この場の主導を握っている証拠だ。


「名前は要らないでしょう」


そう言って、椅子に腰を下ろす。


招かれていないのに座るのは、

ここが“話す場所”だと確定させるためだ。


「用件だけ言います」


簡潔。

だが急がない。


「あなた方は、北で問題を起こしている」


問題、という言葉を使った。

危険、でも違反でもない。


「正確には――

 問題が起きない形で、問題を作っている」


剣士の呼吸が一瞬だけ変わる。

術士は動かない。

補給兵は床を見る。


ヴォロだけが、言葉を受け取る。


「本来、終わるはずの仕事が終わらない。

 本来、消えるはずの責任が残らない。

 本来、切られるはずの人間が残る」


依頼主は、責めていない。

評価している。


「とても優秀だ。

 だが――高くつく」


高くつく。

それは、価値があるという意味でもあり、

扱いにくいという意味でもある。


「こちらとしては、

 整理したい」


整理。

殺す、と言わない。

解体、とも言わない。


「条件は単純です」


依頼主は指を一本立てた。


「あなた方には、

 “判断しない仕事”をしてもらう」


空気が変わる。


ヴォロは、ここで初めて口を開いた。


「判断しない、という条件で

 撤退基準は誰が決める」


依頼主は微笑んだ。


「こちらです」


即答。

迷いがない。


「あなた方は、

 実行部隊としては理想的だ。

 だが判断を持つと、

 必ず帳簿が歪む」


歪む、という言い方が巧妙だ。

悪だとも違反だとも言っていない。


「報酬は」


ヴォロが問う。


依頼主は、ここで初めて

紙を出した。


だが差し出さない。

置くだけだ。


「十分に払う。

 だが――」


紙に触れさせない。


「成果が“成立”した場合のみ」


成立。


その一語で、

この依頼の正体が見えた。


成立とは、

誰かが死に、

誰かが責任を負い、

帳簿が閉じること。


ヴォロは紙を見ない。


「条件が合わない」


即答だった。


依頼主は驚かない。

想定している。


「理由は」


「安い」


依頼主が、ほんの一瞬だけ

目を細めた。


「金の話ではない」


ヴォロは続ける。


「撤退基準がこちらにない。

 判断を奪われる。

 失敗時の責任が、全てこちらに残る」


依頼主は頷いた。


「正しい分析だ」


褒め言葉ではない。

切り分けだ。


「だが、拒否した場合の

 条件も提示しておこう」


ここからが本番だ。


「あなた方は、

 団体としても個人としても

 更新不可になる」


淡々と。


「依頼は来ない。

 保護もない。

 だが――排除もしない」


排除しない。

つまり、

自然に消えるのを待つ。


「北は広い。

 居場所がない人間は、

 自分で刃を出す」


ヴォロは、少しだけ息を吐いた。


「……つまり、

 今夜ここで決めろ、と」


依頼主は首を振る。


「いいえ。

 今夜は、値段を確認するだけです」


値段。


「あなた方が、

 自分たちに

 いくら付けているか」


その瞬間、

補給兵が静かに言った。


「……質問いいですか」


依頼主は初めて、

補給兵を見る。


「どうぞ」


「この条件、

 他にも提示してますよね」


依頼主は否定しない。


「ええ」


「で、

 断った団体は」


依頼主は、少し考えてから答えた。


「……団体ではなくなりました」


それは

死んだ、とは言っていない。


だが、

生き方を失ったという意味だ。


沈黙。


ヴォロは、ここで一歩踏み込んだ。


「一つ、こちらの条件を出す」


依頼主の眉が、わずかに動く。


「聞きましょう」


「この依頼、

 団体名義では受けない」


依頼主は首を傾ける。


「では?」


「まだ名がない」


その言葉に、

依頼主は初めて

はっきりと笑った。


「……なるほど」


理解したのだ。


「名が付く前なら、

 管理できない」


ヴォロは答えない。

否定もしない。


「今夜は、ここまでだ」


依頼主が立ち上がる。


「次に会う時、

 あなた方が“何者”になっているかで

 話は変わる」


扉へ向かいながら、

最後に一言だけ落とす。


「値段が分からない者は、

 安く使えない」


扉が閉まる。

足音が消える。


しばらく、誰も動かなかった。


グレイが外から入ってくる。


「……安く済まなかったな」


ヴォロは、紙を出した。

今度は、少しだけ

折り目を付ける。


「次は、名が要る」


剣士が言う。


「でも、

 今夜じゃない」


術士が続ける。


「今夜は、

 値段を上げた」


補給兵が静かに締めた。


「……安く使えない団だって、

 教えただけだ」


火は点けない。


だがこの夜、

確かに灯りは見られていた。


次は――

値段を提示する番だ。

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