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第36話|代表という役割

 北の朝は、判断を許さない。

 起きた瞬間に、すでに遅い。



 ヴォロは目を開け、天井を見なかった。

 見ると、自分がどこにいるかを思い出してしまう。

 思い出した瞬間、判断が始まる。

 判断が始まると、責任が生まれる。

 責任は、北では刃だ。



 外は静かだった。

 静かすぎる朝は、仕事の朝だ。



 宿の廊下を歩く音が一つ。

 次に、二つ。

 足音が揃わない。

 揃わない足音は、偶然ではない。



 扉が叩かれた。

 強くない。

 だが、迷いがない。



「ヴォロだな」



 開ける前から、名を呼ばれる。

 名を呼ばれるということは、

 もう逃げ道が整理されている。



 扉を開けると、二人いた。

 どちらも見覚えはない。

 覚える必要もない。



 片方は北の調整役。

 もう片方は、ギルドの使いだ。



 この並びは、珍しい。

 珍しいということは、

 例外処理だ。



「少し、話がある」



 調整役が言った。

 “話”という言葉を使うとき、

 北ではもう結論が出ている。



「場所を移そう」



 ヴォロは頷いた。

 頷く以外の選択肢が、最初からない。



 外に出る。

 空気が冷たい。

 冷たさは、判断を鈍らせない。



 連れて行かれたのは、

 支部でも宿でもない。

 街道沿いの、半分崩れた小屋だ。



 ここは「書かれない場所」。

 記録に残らない話をする場所。



 三人は立ったまま、向き合う。



 最初に口を開いたのは、ギルドの使いだった。



「状況は、理解しているな」



 問いではない。

 確認だ。



「個人契約は不可」

「団体契約は、代表不在で不可」



 昨日の言葉を、もう一度なぞる。



「そして先日の制圧で、

 お前たちは“危険指定”が更新された」



 更新。

 解除ではない。



「今のままでは、

 次に起きる衝突は“事故”扱いになる」



 事故。

 北で最も便利な言葉。



 ヴォロは黙って聞く。

 聞く姿勢は、まだ“対象”の姿勢だ。



 調整役が続ける。



「北としては、困っている」



 困る、という言葉が出るとき、

 それは本音だ。



「お前たちは、

 強い。

 早い。

 判断が正しい」



 評価は並ぶ。

 だが、褒めていない。



「だが――

 終わらせない」



 空気が、少しだけ重くなる。



「終わらせない戦闘は、

 帳簿に残らない」



「残らないものは、

 管理できない」



 ギルドの使いが、静かに言葉を継ぐ。



「管理できないものは、

 保護できない」



 保護、という言葉が出た瞬間、

 ヴォロは理解した。

 これは脅しではない。

 分類だ。



「そこで、だ」



 調整役が一歩、前に出る。



「代表を立てろ」



 空気が、完全に止まる。



「代表がいれば、

 団体として扱える」



「団体として扱えれば、

 責任の所在が明確になる」



 明確。

 北でそれは、

 切れるという意味だ。



「候補は、決まっている」



 ギルドの使いが、ヴォロを見る。

 初めて、はっきりと。



「ヴォロ。

 お前だ」



 即答しない。

 だが、驚きもしない。

 これは、もう何度も準備されてきた結論だ。



「理由は三つある」



 使いは淡々と続ける。



「一つ。

 判断が一貫している」



「二つ。

 撤退基準を明文化できる」



「三つ。

 戦闘を“成立させない”ことができる」



 成立させない。

 それが、罪になる北で。



「つまり」



 調整役が言う。



「お前が代表になれば、

 お前一人を見ればいい」



 見る、という言葉が、

 あまりにも軽く使われる。



「他の三人は、

 お前の判断に従った、という形にできる」



 ヴォロの喉が、少しだけ乾く。

 理解が、追いついてしまったからだ。



 ――代表とは、

 守る役ではない。

 まとめて切るための杭だ。



「拒否もできる」



 ギルドの使いが言う。

 だが、その声には

 拒否された後の未来が含まれていない。



「拒否すれば、

 この話は無かったことになる」



「その代わり、

 次に起きる衝突は、

 すべて“偶発事故”だ」



 偶発事故。

 便利で、戻らない言葉。



 ヴォロは、初めて口を開いた。



「……他の三人は?」



 調整役が、ほんの一瞬だけ目を細める。



「個人としてなら、生きられる」



 昨日と同じ言葉。



「だが、

 一緒に動いた瞬間に、切る」



 だから、代表が要る。



 小屋の外で、風が吹く。

 雪が、わずかに舞う。



 ヴォロは目を閉じた。

 思い出すのは、

 谷で、刃と刃の間に立った感覚。

 あの位置だ。



 代表という役割は、

 あの位置に固定される。



 刃が来る。

 必ず来る。

 それでも前に立てば、

 後ろは守れる。



 だが――

 自分は残らない。



 ヴォロは目を開ける。



「……代表になると」



 言葉を選ぶ。



「俺は、

 いつ切られる?」



 調整役は、即答しない。

 即答できない質問だからだ。



 代わりに、ギルドの使いが言った。



「最初の失敗で」



 失敗。

 それは、誰かが死ぬことではない。



「最初に、

 “理由を説明できなくなったとき”だ」



 説明できなくなったとき。

 つまり――

 判断が曖昧になった瞬間。



 ヴォロは、静かに頷いた。



「……分かりました」



 二人が、わずかに息を吐く。

 成立。

 そういう空気だ。



 だが、ヴォロは続けた。



「ただし、

 今は書かない」



 二人の視線が、揃う。



「代表になるのは、

 次に“まとめて来い”と言われたときだ」



「それまでは、

 名前を出さない」



 調整役が、低く言う。



「それは、危険だ」



 ヴォロは答えた。



「分かっています」



 分かっていて、やる。

 それは北で一番嫌われる判断だ。



「だが、

 今、俺が名前を書くと」



「俺は守られない」



「そして、

 三人も守れない」



 沈黙が落ちる。

 小屋の中で、

 風の音だけが残る。



 ギルドの使いが、ゆっくり言った。



「……覚悟はあるな」



 覚悟。

 この言葉が出るとき、

 すでに逃げ場はない。



 ヴォロは、懐から茶色い紙を出した。

 罫線のない紙。

 だが、まだ書かない。



 紙を折る。

 きっちりと。

 初めてだ。

 書く準備として、折ったのは。



「次に言われたら、書きます」



 その言葉は、

 約束ではない。

 通告だ。



 二人はそれ以上、何も言わなかった。



 小屋を出る。

 外の空気が、少しだけ重い。



 宿へ戻る途中、

 ヴォロは三人の顔を思い浮かべる。



 剣士。

 術師。

 補給兵。



 誰も、代表になれない。

 なれないのではない。

 ならせてはいけない。



 判断を持った者は、

 必ず切られる。



 だから、自分が前に立つ。



 代表とは、

 守る役ではない。

 最初に死ぬ役だ。



 ヴォロは歩いた。

 雪の音を数えながら。

 遅れて届く音の中で、

 遅れない決断をするために。



 夜が来る。

 焚き火の前で、

 三人が待っている。



 ヴォロは何も言わない。



 だが、

 紙を折ったことだけは、

 全員が見ていた。



 それで十分だった。



 代表という役割は、

 もう始まっている。

 名前が書かれる前から。

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