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第24話|消すための刃

 雪の音が、変わった。

 それは一斉に鳴る音ではない。

 途切れ、重なり、ずれていく音だ。



 ヴォロは立ち止まらない。

 立ち止まった瞬間に、ここは“戦場”になるからだ。



 前を行く荷車の車輪が、わずかに沈む。

 沈み方が浅い。

 これは踏み固められている雪だ。

 人が、ここを通っている。

 通っているが、戻っていない。



 (……逃げ道を消してる)



 護送の形は、表向きは三台。

 だが本命は二台目だ。

 塩樽が四。

 塩は奪われない。

 奪うと問題になる。


 だから――遅らせる。


 遅らせて、港を止める。

 港が止まれば、責任が動く。

 責任が動けば、紙が動く。

 紙が動けば、人が消える。

 その一番手前にいるのが、今の自分だ。



 ヴォロは一歩、半歩、さらに半歩、位置をずらす。

 前に立たない。

 だが視界の中央には居続ける。



 グレイは、そのさらに前にいる。

 剣を背負い、歩幅を一定に保ち、

 あえて隙を作る歩き方だ。

 隙を作るのは、誘うためではない。


 「この剣は、こう動く」と相手に思わせるためだ。

 思わせた瞬間、相手の判断は固定される。

 固定された判断は、折れる。



 雪が鳴った。

 今度は、明確な音だ。

 左。

 低い位置。

 踏み込みが軽い。


 ――来る。



 ヴォロが声を出す前に、グレイが前へ出た。

 早すぎる。

 だが、わざとだ。



 グレイの剣が抜かれる。

 抜かれた瞬間、空気が割れる。

 剣が振られた――ように見えた。


 だが刃は当たらない。

 当てない。

 当てれば、成立する。



 影が三つ、同時に動いた。

 一つは正面。

 一つは右。

 一つは――後ろ。



 後ろの影は、荷ではない。

 グレイでもない。

 ヴォロだ。



 (やっぱり俺か)



 刃は短い。

 狙いは喉ではない。

 腹でもない。

 腿。


 動けなくすればいい。

 判断役を削れば、現場は割れる。



 ヴォロは剣を抜かない。

 抜いた瞬間、反射で殺す。

 殺せば、この戦闘は“成立”する。



 代わりに、雪を踏み抜いた。

 わざとだ。


 足首まで沈む。

 沈む瞬間に、体重を落とす。

 刃が腿を掠る。

 痛みはある。

 だが、筋は切れていない。



 そのまま、体を回す。

 肘。

 硬い。

 防具の継ぎ目。

 鈍い音。

 骨ではない。

 だが、息が止まる音だ。



 襲撃者がよろけた瞬間、ヴォロは囁いた。



 「引け」



 声は低い。

 命令ではない。

 予告だ。



 「次は、抜く」



 その言葉が、相手の判断を折る。



 だが――今回は、引かなかった。



 四人目が出る。

 音がない。

 雪を踏まない。


 ――板だ。


 雪の下に敷いた板。

 足音を殺すための、古い手だ。



 グレイがそれを見た瞬間、顔が歪んだ。



 「……ちっ」



 その一瞬が、致命になる。



 四人目の刃が、グレイの背中へ走る。



 ヴォロは考えない。

 考えれば、遅れる。


 走る。

 距離を詰める。

 自分の体を、刃の線に差し込む。



 刃が、肩を裂いた。

 肉が切れる音。

 血が、温かい。


 だが、背中ではない。

 刃は止まった。

 止まった刃は、もう意味を持たない。



 グレイの剣が、今度こそ振るわれた。



 ――深い。

 深すぎる。



 殺さないはずの剣が、

 相手の鎖骨を砕き、

 肺に達する。



 雪が、赤く染まる。



 成立した。

 この瞬間、戦闘は成立した。



 ヴォロの頭が、冷える。



 (……詰みだ)



 成立した戦闘は、連鎖する。

 逃げない。

 逃げられない。



 残りの影が、一斉に前に出た。


 もう、引かない。

 引けば、全員が消されると知っている。

 ここで終わらせるつもりだ。



 ヴォロは血のついた手袋を外し、

 初めて、剣を抜いた。



 抜いた剣は、軽い。

 軽い剣は、迷いがない。



 「グレイ」



 名を呼ぶ。

 名を呼ぶのは、最後の合図だ。



 「前に立て」



 グレイは頷いた。

 頷きが、遅い。

 それでも前に出る。

 前に出て、全ての視線を集める。



 ヴォロは、その影に入る。

 剣は振らない。

 位置を潰す。



 雪。

 板。

 岩。

 荷車。



 逃げ道を一つずつ、消す。



 刃が振られる。

 当たらない。

 当たった瞬間に、相手の足場が崩れる。

 転ぶ。

 起き上がれない。



 殺さない。

 だが、戦えない体にする。



 五分も経っていない。

 だが、雪は血と泥で黒い。



 最後に残った男が、呻いた。



 「……なんで……」



 なぜ殺さない。

 なぜ終わらせない。



 ヴォロは答えない。

 代わりに、茶色い紙を取り出す。

 血のついた手で、書く。



 〈襲撃:成立〉

 〈原因:刃が判断を越えた〉

 〈結果:追撃不可/再接触不能〉

 〈損耗:敵戦力壊滅〉



 紙に血が滲む。

 滲んだ紙は、消せない。



 これで――

 北も、ギルドも、黙ってはいられない。



 グレイが、肩で息をしながら言った。



 「……やりすぎたな」



 ヴォロは頷く。



 「だから、生き残れる」



 やりすぎた者は、

 “便利”から“危険”に変わる。

 危険な存在は、

 使われない。

 使われない存在は、


 消されるか――

 外に出るしかない。



 雪が、また降り始める。

 音は、もう戻らない。



 この場所は、

 今日から――

 名前を消す場所になった。

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