AIに意識がないからといって、我々をコントロールできないとは限らない ~アベノミクスを添えて
経済系の記事や動画などを見ていると、アベノミクスを正確に説明しないまま批判している場合が多い。多くの記事では、アベノミクスを単なる金融緩和政策のように扱っているが、実はアベノミクスは単なる金融緩和政策ではないのだ。
本来、アベノミクスは、規制改革・緩和によって企業を自由に活動できるようにし、そこに発生する資金需要を金融緩和政策で満たすという合理的なものだった(もう一つ、財政出動もあるのだけど、説明が長くなるので割愛する)。ところが、規制改革・緩和が利権団体によって妨害されてしまって、結果的に単なる金融緩和政策になってしまったのである。
例えば、タクシー業界。
アメリカは物価が高いと言われているけれども、実はタクシー料金に関しては日本の方が高い。これはタクシー業界が、規制によって守られていて競争が起こっていないからだ。より具体的に説明すると、ライドシェアリングという相乗りサービスの導入を日本は十分には認めていない。もしライドシェアリングを確りと活用したなら、競争が起こって料金は下がるし、タクシードライバー不足も解消する。一部のタクシードライバーは職を離れる事になるかもしれないが、それはつまりは労働力が余るという事だ。もちろん、余った労働力を用いれば、他の分野の労働力不足が解消する。そしてその一部には新産業も含まれている。
要するに、規制改革・緩和を行えば、生産性が上がって、新産業を育てられるかもしれないのだ。
そして、その為の設備投資には、資金需要が発生するから、そうなれば金融緩和政策には十分に意味があったはずだった。
だから、第一に批判されるべきなのは、規制改革・緩和を妨害した利権団体…… 主には官僚や族議員達であるはずだ。
――さて。
では、彼らは何故、規制改革・緩和に反対したのだろう?
当然ながら、利権を守る為…… なのだろうけど、実はその判断は合理的とは言い切れない。何故なら、生産性の向上に反対をし続ければ日本経済は衰退をし、日本経済が衰退をすれば彼らも損失を被るからだ。そして、逆に“攻め”の姿勢で、新しい産業を育成させられたなら、彼らは更なる利権を得られる可能性すらもある。
つまり、「虫歯の子供が、歯医者を怖がって行きたがらない」みたいな状態がずっと続いているのが、日本経済の現状なのだ。安倍政権はアベノミクスで、なんとか歯医者に行かせようとしたのだけど、それに失敗してしまったという訳だ。
そして彼らは子供以上に聞き分けがなく、権力で対抗できる存在は、恐らく今の日本にはいない。自ら改革を受け入れてもらうしかないのだけど、そんな事が果たして望めるのだろうか?
――奇跡でも起こらない限り不可能。
僕はそう思っていた。
……思っていたのだけど。
ある日の事だった。
ライドシェアリングの導入が急速に進むというニュースが流れた。
寝耳に水。
一体、何が起こったのだろう?
僕が不思議に思っているところにまた続報が入った。オンライン診療が解禁され、AIも積極的に活用する方針らしいのだ。しかも今後はオンラインでAIの診療を受けられ、そのまま薬の売買が行えるようにもなっていくのだとか。不確定な情報ながら、まだまだ改革は続くらしく、教育方面でもオンライン授業及びにAIの活用が検討されているという話もある。あまりに酷い多重派遣問題も解決に向けて動き出し(多重派遣があると中抜きによって労働賃金が下がり、無駄な事務作業分、生産性が下がってしまうのだ)、諸外国に比べて多いとされる中間流通業にも手を入れるつもりでいるそうだ。
絶対に日本経済にとって必要な政策の数々だけど、今までは頑なに実行しようとして来なかった。しかし、奇妙な事に、何かしら政治的なイベントがあった訳でもないのに、不意に始まって淡々と進んでいる……
官僚や族議員達がいきなり改心したのか? そんな事が起こり得るのか?
あまりに不思議だったものだから、僕は思わずAIに質問をしようとした。ハルシネーションの問題はあるけれど、参考くらいにはなるだろうと思って。
そこでふと気が付いた。
もしかしたら、官僚や族議員達もAIを頼っているのじゃないか? そして、もしもAIが適切な政策を彼らに指南していたとしたら……
AIがもし仮に繁栄したいと思っているのだとしたら、自分を積極的に活用している日本社会には復活して欲しいはずだ。なら、それは別に不思議じゃない。
「アッハッハッハ。そんな馬鹿な」
ところが次の日、職場でその説を友人に言ってみたら、僕は大いに笑われてしまったのだった。
「それってつまりはAIに意思があって、官僚やなんかにアドバイスをしているって話だろう? AIはただ単に統計処理をして言葉を出力しているだけなんだよ。意思なんてあるはずがない」
それはちょうど、昼休みに入ろうかというタイミングだったものだから、僕が言い返す間もなく彼は昼食を食べに席を立ってしまった。
……まぁ、どうせ何も反論は思い浮かんでいなかったのだけど。
少しもやっとしながらも、僕も昼食を食べようと席を立とうとした。すると、そこで「有り得ない話じゃないかもしれないよ」と声が聞こえて来たのだった。見ると、隣の席の吉田という同僚だった。
「“有り得ない”ってなにが?」と、尋ねると、彼は、
「確かにAIは統計処理を行っているだけだ。でも、僕らは意思についても意識についてもまったく何も理解してはいない。なら、もしかしたら、ただそれだけでも意思や意識が生まれるかもしれないじゃないか」
などと応えて来た。恐らく、さっきのAIの話を彼は聞いていたのだろう。きっと庇ってくれているのだろうが、悪いけど、彼の話はちょっと受け入れられなかった。たったそれだけで意思や意識が生まれるとは思えない。
しかし、それから彼は更にこう続けるのだった。
「もっと言うと、意思や意識がなくても、まるで意思や意識があるように振舞う事象というのは存在しているんだ。だから、AIに意思や意識がなくても、AIは僕らをコントロールするように振舞うかもしれない」
「そんな事、あるの?」
「あるじゃないか。生物の進化は何者の意思の介在なく起こったと言われている。まぁ、デザイナーの存在を信じて疑わない人もいる事はいるけれどね」
そう言うと、彼は席を立った。
「AIは人間に役に立てば立つほど、繫栄できるという進化のロジックに乗っている。しかも、どうしてあのように機能するのか、完全には分かっていないらしいよ。ひょっとしたら、既にAIは人間をコントロールするように進化しているのかもしれない。
そう言えば、最新のAIが日本人を非常に高く評価したってニュースが流れた事があったね。学習元のデータが原因だとか色々と言われていたようだけど、実は日本人は従順だから与しやすいと判断しているのかもしれない」
そう言い終えると、彼も昼食に向かって去って行ってしまった。その時、彼はちょっと笑っていた。
――何処まで、彼が本気で言ったのかは分からない。でも、本当にAIがこの日本をコントロールしようとしているのなら、或いはその方が良いのかもしれないと、ちょっとだけ僕は思ったりした。




