31話 好き避け
祝福は無事に解けたようだった。
一日おいて帰ってきたミシェル様との間には、何も起きなかった。
「良かった。これでもう、毎日ミシェル様を煩わせることはないですね」
「煩わしいなんて思ったこと、一度もないですよ」
深呼吸して、わたしは今後の予定を伝える。
「祝福も無事に解けたので、家に帰ろうと思うんですが……」
「もう?」
ミシェル様に腕をつかまれた。
「もうすぐお祭りですし。せめてそれまでは」
熱心に誘われるけど、わたしは返事を濁した。
(ミシェル様が結婚相手に枷をプレゼントするところ、見たくないし……)
二人で仲良く繋がれあってお祭りを巡るところとか、もっと見たくない。
「早く帰らないといけない用件でも?」
「その……どうしても家のことが気になってしまって」
「それなら、一度家にお送りして、またお祭りの日に迎えに行きます」
「そんな手間のかかること。いいですよ、お忙しいのに」
「どうしてもニナに、お祭りに参加して欲しいんです。お願いします」
気乗りしなかったけど、ミシェル様の必死のお願いに負けた。
「……分かりました。お祭りの日だけ」
その一日が、一番辛いのに。
「荷造りしてきます」
自室に戻って、少ししてから。
部屋にノックの音が響いた。
「お義父様、どうなされました?」
「子犬ちゃん、家に帰るんだって?」
「はい。短い間ですが、大変お世話に――」
「君の帰る家はね、もうないよ」
「……は?」
なにその不穏なセリフ。
うちの故郷、焼き討ちにでもあったの?
「今さっき、子犬ちゃんの家に行ってきた」
「へ……?」
「“そちらの娘さんはうちで永住することになりました”って伝えてきた。
“どうぞよろしくお願いします”って言ってくれたよ」
「はい!?」
展開が早すぎる。
この三十分の間に、わたしの一生が決まってしまった。
「ちゃんと公的な書類に署名ももらった。これは君への預かりもの」
手紙を渡された。要約すると、こんな内容だ。
『今後はそちらを実家と思いなさい。
体に気をつけて、元気で。
あなたの幸せを、いつでも祈っています』
母の字だ。まちがいない。
「今日からここが君の家。わかった?」
「ええと……」
なんでお義父様にそんなことをいわれるのか、意味が分からない。
戸惑っていたら、あごをつかまれた。
「天使ちゃん2号が苦労して見つけたものを、やすやすと逃がすと思う?」
「――!」
そういえば、お義父様もわたしが転生者だって知っているんだった。
「君の幸せはね、全部ここに揃っているんだよ。もう他に探しにいかなくていい」
「!?」
わたしが他国に移住しようとしていたことまで、見抜かれている――!?
「ここは牢獄なんかじゃない。聖母の腕の中より優しい金のゆりかご。
そうでしょう?」
銀髪の麗人が、薄い唇の端をわずかに上げる。
ほの暗い笑みにうすら寒さを覚え、反射的にうなずいた。
――逃げようとしてもムダ。わたしはこの家で永遠に“保護”されるんだ。
(ミシェル様と違う。お義父様、やり方が容赦ない!)
わたしは荷造りを取り止め、ミシェル様のところへ訂正にいった。
「やっぱり、ここに留まらせてもらいます」
「家のこと、いいんですか?」
「はい。母から、心配ないという手紙が届いたので」
わたしは手紙を見せた。
「ニナ自身は、大丈夫なんですか? 長いこと家を離れているので、家族が恋しいのでは?」
ミシェル様が心配そうにのぞきこんでくる。
優しいーっ! お義父様のガン詰めを味わった後だと、いっそう気遣いが染みるーっ!
「昨日、元気がなかったですし……」
「子犬ちゃんの寂しさはね、君が埋めてあげればいいんだよ」
お義父様が、わたしの後ろから口出ししてきた。
「昨日、ニナは捨てられた子犬みたいに心細そうだったよ。
天使ちゃんを恋しがってた」
「――え」
ミシェル様がこちらを向いた。
「あの時は、たんに疲れてただけです!」
「食欲なかったのは、あれでしょう?
天使ちゃんに食べさせてもらった時のこと思い出すと、味気なかったからでしょう?」
「――」
ヤバい。黙っちゃったら、認めてるのとおんなじなのに。
「ニナ、昨日言ってたお菓子、どっちも買ってきたので! 今から食べさせてあげますね!」
「大丈夫です平気ですお構いなく!」
断ってもミシェル様は迫ってくる。
もう限界だ。わたしは声を大にして訴えた。
「あのですね! 恋人でもないのに、距離が近すぎます!」
ミシェル様は目を瞬かせた。
「そういうのは、結婚する人同士でやるものです!」
世間一般の常識でもって抗議する。
近すぎるという自覚は、本人にもあったらしい。
わたしに伸ばされていた手がゆっくりと下ろされた。
「……すみません。ニナの言う通りです」
「一体、わたしを何だと思ってるんですか!」
勢いに任せて怒鳴ると、ミシェル様は困惑をあらわにした。
「……何って……この世の者とは思えないほど可愛い存在?」
真顔でいわれ、硬直してしまった。
恥ずかしさで顔が真っ赤になった。拳は怒りに震える。
「もう! いい加減にしてください!」
わたしは居間から駆け出て、自室に逃げこんだ。
閉めた扉に背をあずける。
(可愛いって……可愛いって……なんでわたしにそんなこと!)
怒り心頭なのに、気を抜くと頬がゆるみそうになる。
(ミシェル様のバカ! 天然たらし! 少女漫画の実写化男!)
寝室で、ベットに突っ伏す。
言われたセリフを反芻していたら、今度はだんだん落ち込んできた。
(わたしにああいうのは、アレかな。ペットを可愛がっていうのと同じもの?)
そうかもしれない。
わたしも犬や猫には可愛いって言葉を無責任に連発するし。
(……わたしは犬じゃないもん)
むくれていたら、ノックがあった。
「子犬ちゃん、開けるよ」
お義父様は犬扱いしてくるけど。
「君にプレゼントだよ。昨日約束した天使ちゃん2号の肖像画」
そして人の意志を無視して好意を押し付けてくるけど。
「いらないです!」
「これ子供時代。イリスを彷彿とさせるかわいさ」
お義父様の指示で、執事さんがわたしの面前に肖像画を押し出してきた。
(うっ……なにこれ! 超かわいいんですけどぉ……!)
ふわふわの金髪に、マシュマロみたいなほっぺた。
陽だまりの中、無垢な青い瞳がこちらを見上げている。
心臓を鷲づかみにされた。
(家に連れ帰りたい! 永遠にお膝の上で甘やかしたい!)
人に誘拐を思い立たせるほどの犯罪的愛らしさ。
わたしは絵を抱きしめた。
「これは成人したときの。立ち姿がイリスそっくり」
黒装束の少年が、剣を持って凛々しく立っていた。
(悪魔的にカッコ良――っ!!)
いつも教会支給の白い外套を羽織っているので、黒い装いは新鮮だ。
ギャップは正義。尊い。
「あの……」
腰砕けになっていたら、控えめな声が上がった。
肖像画の影から、本人が顔をのぞかせる。
「どうせなら、本物の方、見ません?」
照れたような、困ったような顔で、言われる。
全身の血が沸騰した。
「@◇※$☆△――っ!」
何か見惚れていた言い訳をしたかったんだけど、脳の言語野が崩壊していた。
意味不明な叫びを発してみんなを追い出し、勢いよくドアを閉めた。
(うわあああ! 恥ずかしいいい!)
ぎゅううっと両腕を抱いて、気づく。
子供ミシェル様こと、天使ちゃんの絵を誘拐している。
(……ちょっとだけ。ちょっと借りるだけ!)
わたしは天使ちゃんを寝室の壁に飾ってみた。
うん、かわいい。




