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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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3話 職業:騎士(使徒)

 翌朝。厩舎のそばを通りかかったわたしは、首を傾げた。


「グラン様、今日は山へは行かれないんですか?」


 いつもならとっくにお城を出ている時間なのに、グラン様はまだいた。

 馬の身体に、丁寧にブラシをかけている。


「山の方、今日は雨が降りそうなので。今日は一日、お休みすることにしたんです」


 全体的に曇り空。泉のある山には厚い雲が迫っていた。

 確かにやめておいた方が良さそうだ。


「よろしければ、何かお手伝いしますよ。畑に鍬でも入れましょうか?」


 わたしが手に野菜の入ったカゴを抱えているのを見て、グラン様が言った。

 少しでも食費の足しにすべく、城には菜園があるのだ。


「いえ、大丈夫です! 人手は足りていますから」

「でも」

「一日、ゆっくりなさってください。休むのもお仕事です」

「……分かりました」


 しゅん、とした様子で引き下がられた。

 ここに来た時、グラン様からは十分すぎるほどの滞在費をいただいている。

 この上、働いてもらっては申し訳ない。


「剣を研ぎにでも出してきますかね。昼食は町で済ませてくるので、お構いなく」

「分かりました。姉に伝えておきます」


 いっそうまぶしい毛並みになった白馬に乗って、グラン様は町へと出かけて行った。


 本当、まじめで親切な方だなあ。


 感心しながら野菜を洗い、厨房にいる姉にあずけ、繕い物をして、掃除をする。

 貧乏なわが家は使用人が足りないので、家事の一部は自分たちでやっている。

 弟妹を指導しながらこなすのは、結構骨が折れる。


「ニナ、ちょっといい?」


 昼食が済んで少し経ったころ、母がわたしを呼んだ。


「今、グラン様のご同僚だという方が来ているんだけど……」


 手招きされるまま、玄関ホールの方へと移る。


 居たのは、グラン様とは正反対の男性だった。

 熊みたいに大きい。足も腕も丸太のように太くて、体のあちこちに傷があった。

 無精ひげを生やし、しわだらけの服を着て、荒々しい雰囲気だ。


「グラン様の……同僚?」


 思わず疑問符がついた。

 騎士のはずだけど、とてもそうは見えない。ゴロツキ、といった方がしっくりくる。


「やっぱり、ニナも疑問に思う? お名前はガレスさんとおっしゃるそうなのだけど、聞き覚えは?」

「知らないわ。お仕事の話なんてしたことないし」

「あなたなら何か聞いているかと思ったんだけど」


 母はちょっとがっかりしていた。

 え? わたし、そんなグラン様と親しげに見える?


「どういったご用件だったの?」

「まだ、そこまではお伺いしていなくて」

「次の任務の伝達だ」


 ぶっきらぼうな声が降ってきた。

 男がわたしたちのそばまで来ていた。大きな体をしているのに、音もなく。

 ぎょっとする。


「次の仕事があって急いでる。早いとこ、グランを呼んできてくれ」


 男――ガレスさんはシャツをはだけた。

 肩口に、円の中に十字を配した、クライス教の聖印が刻まれている。

 ただの祝福の紋様じゃなかった。

 印を縁取る神聖文字に、わたしたちの目が釘付けになった。


 “を害す者は七倍の報いを受けるであろう”


 教皇様だけが使うことを許される、最上級の加護の呪文。

 わたしも母も、思わず、ひゅっと息を吸った。


「こ――この祝福を授かっているということは」

「おう。使徒だ」


 使徒――それは騎士の中でも、特に優秀な者だけがなれる特別な存在。

 神からの加護を与えられ、普通の騎士では太刀打ちできない魔物や禁術の使い手を退治する戦士。

 すべての騎士の憧れであり、クライス教の信者にとっての英雄。


「し、失礼いたしました。すぐにお呼びします。

 ――ニナ、グラン様はどちらに?」


 呆然としていたわたしは、母の呼びかけに気づかなかった。


「ニナ!」

「え……あ、な、なに?」

「グラン様はどちらに行かれたか、知ってる?」


 なんでわたしに尋ねるの?

 ……まあ、今日はたまたま、知ってるけどさ。


「確か、剣を研ぎに出すとおっしゃっていたわ」

「だれか馬で呼びに行かせるわ。ニナ、あなたはお茶をお願いね」

「は――はい、お母様」


 呆然としながら、わたしは厨房でお茶の準備をはじめた。

 戸棚からとっておきの茶葉と茶器を出す。


(あの人が使徒ってことは……同僚のグラン様も使徒、だよね)


 つばを飲み込む。

 それなら昨日見た、グラン様のあのおかしなステータスも納得だ。


(最悪……使徒ってことは、わたしの天敵じゃない!)


 使徒の任務の一つに“悪魔退治”がある。

 悪魔は、魔物の上位種である悪魔を指す他、もう一種類ある。

 クライス教でいうところの異端者――つまり、わたしのような転生者だ。


(気づかれて……ないよね?)


 茶葉をすくう手が震える。

 これまでの言動を振り返る。

 特に転生者な発言や行動はしていない。いないはずだ。


 手順を間違えそうになりながらもなんとかお茶を入れ、客間へ向かった。


「どうぞ」


 動揺を表に出さないよう、細心の注意を払ってカップを差し出す。


 つっと、ガレスさんの視線がテーブルからわたしに移った。

 まじまじと顔を――いや、両サイドから垂らしている髪を見てくる。


 な、何……? 何かついてる?

 それとも、転生者だって気づかれてるの?


「なあ、あんた――」

「ガレス」


 びくびくしていると、グラン様が帰ってきた。

 力強く、わたしからガレスさんを引き離す。


「怯えているでしょう。罪のない善良な一般市民を、脅かさないでください」

「なんにもしてねえよ。ただ話しかけてただけだ」


「あなたは大きいし厳つい顔をしているから、いるだけで罪なんです」

「ちっ、いいよな、おまえは。立ってるだけで聖なる優しげな使徒様に見えるんだからよ」


 ガレスさんは毒づいて、椅子に深々と腰かけた。

 わたしはグラン様の分のお茶を注ぎ、そそくさと踵を返す。


「どうぞごゆっくり」


 絶対、関わりたくない。

 わたしはさっさと自室に引きこもろうとしたけれど、母に捕まった。


「あなたも一緒にお客様をお見送りしなさい」


 しぶしぶ母と共に玄関に立っていると、ほどなくして二人がやって来た。

 わたしの姿を見て、ガレスさんはなぜか口元をゆるめる。


「ま、急ぎの任務ではないし。ゆっくり逢瀬を楽しんでからでいいと思うぜ」


 大きな拳が、なれなれしい仕草でグラン様の胸のあたりを小突く。


「わざわざこんな僻地まで魔力回復に来たのは、恋人に会うためだったのか。

 おまえも人並みに男らしいとこあったんだな!」


 ははは! とガレスさんは大口を開けて笑う。

 わたしは目をぱちくりさせた。

 恋人って……だれ?


「おまえ、こーゆーのが好みだったのな。

 いいじゃん、健康そうで。かわいい。子リスちゃんって感じ」


 ガレスさんはわたしをジロジロながめ回しながら言ってくる。

 なんか見当違いな誤解をされてる!?


「違います、わたしは別に。

 グラン様と、親しくはさせていただいていますけど、そういう仲では」


 今度は向こうがキョトンとする番だった。


「え? でも、グランが持ってた髪の毛って、あんたの――」

「髪の毛?」


 恋人同士で髪の毛を交換し合う習慣は知っている。

 けど、そんなもの、わたしはグラン様に渡した覚えはない。


「あれは死んだ愛馬の毛です」


 グラン様がきっぱり言った。

 自分の馬を大事になさっているグラン様だ。今朝も入念にお手入れしていたので、わたしはすぐに納得した。


 でも、ガレスさんは怪訝そうにアゴをしゃくる。


「馬ぁ? にしちゃ、毛が細かったような……」

「伝令お疲れさまでした。任務地まで飛ばして差し上げますね」


 グラン様が右手を天に向けた。


「天の御座より道を示し、汝の僕を遥かなる地へと導きたまえ――転移トラス・ロカレ


 純白の光がガレスさんを包みこむ。次の瞬間、大きな体は跡形もなく消えた。

 転移は高位の神術。

 たしかに使徒なのだ、と思い知らされた。


「申し訳ありません、黙っていて」


 グラン様が振り返って謝る。


「使徒は身分を明かさないのが慣例なんです。

 使徒と名乗ると、“脅威が近くにあるのでは”と皆さんを不安にさせることもあるので」


 グラン様は恐縮していたけれど、母は全然気にしていなかった。

 頬に血を上らせて、興奮していた。


「光栄ですわ、使徒様をお迎えしていたなんて!」

「信じられません。本当にいらっしゃるんですね、使徒様って」

「ボクを助けてくれたのが使徒様だったなんて……みんなに自慢する!」


 召使や弟も集まってきて、大騒ぎする。

 でも、わたしだけは沈んでいた。顔が青くなっていた。


(転生者ってバレたら……こっ、殺される!)


 昨日までの浮ついた気持ちは、きれいさっぱり消えた。

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