第98章 裂けゆく道、迫る影
(1569年 七月)若狭
若狭武田の旧館。
「このままでは、朝倉に若狭を奪われまする!」
家老の声が、岐阜の広間に響いたのは七月初旬。
朝倉義景が越前から南下し、小浜の諸城へ圧力をかけているという。
信長は即座に軍議を召集した。
「よかろう。今度は越前を踏みしだく時と見た。徳川、浅井にも伝えよ。三国連合で北陸を打つ」
――数日後、敦賀手前の陣中。
四万二千の兵が琵琶湖西岸を北上し、旌旗は白く翻り、鎧の鉄音が波の音に溶ける。織田・徳川・浅井の
連合軍が、北陸へ向けて進軍していた。
地図の前に将たちが集い、信長が指で線を引く。
「ここより軍を二手に分ける。東は若狭へ、小浜を救え。西は越前へ入り、朝倉本隊を牽制する」
柴田勝家が口を開く。
「浅井勢とわが隊は西へ。家康殿は東か?」
家康が静かに頷く。
「若狭の地理は既に把握しております。今川との戦で通った道ですゆえ」
信長は藤吉郎へ目を向けた。
「おぬしは、東西どちらを望む?」
藤吉郎が口を開きかけた、その時――
伝令が駆け込み、膝をつく。
「三好勢、京にて兵を動かすとの報! 細川家中と結び、将軍義昭様を擁し、何らかの動きあり!」
広間に緊張が走った。
信長の瞳に、わずかな苛立ちと鋭い計算の光が交錯する。
「藤吉郎、おぬしは京へ向かえ。”三好”が動くなら、背後の火種を放置はできぬ。あとはわしが采配す
る」
「はっ」
藤吉郎は一礼し、すぐに馬を整えた。
(・・ここが、分かれ道だ)
史実とは異なる流れに戸惑いながらも、その胸には迷いを押し込めた決意が宿っていた。
京の空が、ふたたび不穏に染まりつつあった。




