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第95章 海の道、火の道

(1569年 五月)堺


五月の堺――


潮風が浜の倉庫を抜け、香辛料の甘い匂いと硝石の乾いた匂いが入り混じる。


南蛮館の前では、赤銅色の肌をしたポルトガル商人たちが大樽を担ぎ、胡椒、絹、鉄砲、ガラス器が次々


と運び込まれていく。


異国の言葉と浜人の掛け声が入り乱れ、波の音がそのざわめきを包み込んでいた。


その一角、豪商・今井宗久の屋敷。


藤吉郎(秀吉)は絹の袴に身を包み、宗久と南蛮人の通詞たちと卓を囲んでいた。


傍らには蜂須賀小六と前野長康が控える。


宗久が扇を軽く振りながら口を開く。


「肥前・平戸には、近年、毎年ポルトガル船が入っております。火薬の硝石と硫黄はインド方面より、鉄


はシャム(暹羅)から。海は遠うても、品は確かでございますな」


秀吉が静かに問い返す。


「・・その船が、もし“堺ではなく、織田の港”に直接入ったら?」


宗久の扇が止まる。わずかに表情が引き締まり、沈黙の間が落ちた。


「交易の自由は堺の命。しかし、大名方の風向きには逆らい難い……織田殿がお望みとあらば、我らも“協


議”には応じましょう」


秀吉は唇の端を上げる。


「して、その協議には”贈り物”も必要と?」


「そりゃあ、礼儀というもので」


通詞の南蛮人が笑い混じりに口を挟む。


「”ナンバン”商人ハ、礼儀ト黄金ノ両方ガ、好キデスネ」


場の空気がわずかに緩んだ。


秀吉は懐から巻物を取り出す。


美濃から犬山・墨俣を経て桑名・志摩へ抜ける、新交易ルートの草案図――細い墨線が川と海を繋ぎ、各


地の港と倉庫の印が並んでいる。


「この道が整えば、京を経ずとも鉄も火薬も岐阜へ直通だ。朝廷も将軍も通さぬ・・これは”民の道”じ


ゃ」


宗久は図を見つめ、瞳を細める。その線の先に、新しい時代の潮流が押し寄せてくるのを感じていた。


「・・いよいよ”天下”を通す道を、その手で作るおつもりか」


秀吉の声が低くなる。


「信長様が”空”を創るなら、わしは”地”を築かねばならぬ。信長様は黄金で権威を、わしは鉄と火薬で秩


序を――両方が揃って初めて、民の拳となり、声となり、国の骨となる」


宗久はその言葉の重みを噛み締めた。


堺の風は潮と火薬の匂いを運び、二人の前に広がる未来の海図を揺らしていた。

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