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第93章 揺れる思い

1569年 正月 犬山城


(信長様が、このまま穏やかに天を統べるお方なら――)


そうであれば、迷うことなど何もない。忠義を尽くし、未来の知識を活かし、武家政権の礎を築く。


その未来を信じてきたからこそ、ここまで走ってきた。


(だが……信長様は、ときに空を睨むような目をされる)


その目は、まるで天そのものを呑み込まんとするかのようだった。


信仰も、伝統も、秩序すらも――信長にとってはただの枷にすぎぬのか。


「力は、人を変える」


それを最も知っているのは、自分自身だ。


小者から這い上がり、人を従えるようになったとき、自分の声の調子まで変わっていた。


信長ほどの器であれば、天下を掌にしたその瞬間――果たして誰の声に耳を傾けるのか。


『もしその時、信長様が己の“信”以外を切り捨て始めたら』


『もし、自分と自分の家族の“利”だけを優先したなら』


『母や兄弟、叔父たちに裏切られ続けたあの経験が、逆に家族への執着となり、家臣や民を蔑ろにするよ


うになったなら――』


言葉にするのも恐ろしい。


だが健一の胸には、すでに答えがあった。


冷たく、重い答えが。


(その時は・・止めねばならぬ)


それが“天下”を守るためであるならば。


それが“民”を守るためであるならば。


「・・光秀のように、ではなく」


主を討つのではない。


そんな破壊では、何も残らない。光秀は、それをやってしまった。


自分はもっと静かに、確実に――信長様を”護る形で止める”。


忠義と覚悟、その両立こそが、この先にある唯一の道。


湯を飲み干し、襖をそっと開ける。


冬の夜空が広がり、吐く息が白く揺れる。


その瞬間、悪夢のように過去が蘇った。


――自分はかつて「信一」という名の男だった。


東京大学を主席で卒業し、ハーバード大学院でAI倫理と経済統計学の博士号を取得。


マクロソフトに入社し、量子AI部門で頭角を現し、CEO直轄の未来戦略室へ抜擢された。


――「すべての人が幸せになる最適な未来を導くアルゴリズムを作ってほしい」


その言葉を信じ、昼夜を問わずコードを書き、理論を積み上げた。


だが完成した“希望の鍵”は――


(人類1万人を“選別”し、精鋭だけを宇宙コロニーに移住させるための、収容と断絶のAIだった)


上層部に問いただした翌日、婚約は破棄され、異動命令が届いた。


行き先は中東の戦地。


そして1ヶ月後、武装勢力による“偶発的”なテロで命を落とした。


その瞬間の衝撃、朦朧とした意識の中で浮かんだ最後の言葉――


それは、今も健一の魂に深く刻まれている。


(次に目覚めたときは・・”全ての人が報われる道”を、絶対に貫く)


たとえ歴史が修正力をもって抗おうとも。


たとえ信長が、いや世界そのものが狂おうとも。


「俺は、全ての人が“切り捨てられない”道を創る」


茶を一口、静かに含む。


――それが、信一だった俺が死の淵で誓った、唯一の救いだった。

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