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第8章 尾張関鍛冶と私鋳銭構想

桶狭間の前夜――戦ではなく、「銭」の戦場が動き出す。

尾張に集められた名だたる鍛冶職人たちと、それを束ねる藤吉郎。

私鋳銭という大胆な構想を、技術と人心でどう形にしていくか?

現代の知識と経験が、信長の野望の一端を担う瞬間が始まる。

(1560年3月)尾張


鍛冶師たちは総勢十二人、その家族を含めると七十三人にもなる大所帯であった。


信長の命により、藤吉郎は彼らをまとめ、居住と仕事の場を整える責任を任された。


とりあえず小物部屋を各家族に一部屋ずつ割り当て、臨時の住まいとした。


そして熱田に近い現在の金山の一角に、尾張関鍛冶の新たな集落を築くことを決定した。


熱田には既に熱田鍛冶の勢力があったが、信長の鶴の一声で彼らの協力を取り付け、鍛冶場の立ち上げを急がせた。


鍛冶場の建設は、まさに突貫工事であった。


冬の冷たい風が吹きすさぶ中、藤吉郎は日々現場に足を運び、職人たちの指導に当たり、素材の手配や作業の調整に奔走(ほんそう)した。


そして迎えた二月の終わり、どうにか鍛冶場の体裁が整った。


だが、肝心の鋳銭所については一旦延期とすることにした。


というのも、原理は簡単であっても、数を揃えるには掘り出し式では非効率であり、鋳造による方法が現実的だったからだ。


そのためには、まず型枠を精密に作成し、鋳造に必要な高温を保つ窯を築かねばならない。


藤吉郎は、これを単なる銭づくりに終わらせず、将来的には陶器や銑鉄(せんてつ)の製造にも応用できる技術として発展させたいという構想を抱いていた。


「これらは、いずれ桶狭間の戦いが終わった後に本格的に着手するべきだ」


そう考えた藤吉郎は、今は基盤作りに専念することとし、鋳銭そのものの生産は戦の後に持ち越すことを決断した。


彼の胸には、ただ信長の命に応えるだけでなく、その先にある尾張の繁栄、さらには自らの理想の具現化という、熱い想いが秘められていた。


三月の初め、信長が突如鍛冶場に姿を現した。


「鋳銭が進んでいないそうだな」


藤吉郎が事情を説明する間もなく、信長は無言のままその場で藤吉郎の腹を蹴り飛ばした。


「言い訳は聞きたくない。仕事を任された以上、結果で示せ。お前に任せたのは間違いだったかもしれんな」


そう吐き捨てると、信長はその場で鋳銭計画の責任者を他の者に交代することを告げ、踵を返して去っていった。


突き刺さるような敗北感と共に、藤吉郎は地面に膝をついた。


信長の期待を裏切ってしまったこと、そして何より、理想を胸に描いていた自分の甘さを痛感させられた瞬間だった。


その後、城下では「今川が攻めてくる」という噂が飛び交い始めた。


藤吉郎は小物頭(こものがしら)として、戦の準備と訓練に明け暮れる日々を送る。


五月初旬、ついに「義元、出陣」の報が尾張に届く。城では連日軍議が行われ、空気は緊張感を増していた。


藤吉郎はそれらを横目に見ながらも、自らの役割を果たすべく、再び桶狭間へと足を運んだ。


「何度繰り返しても、結果は変わらない」


八度の生き返りを経験した記憶が脳裏をよぎる。


だが、それでもなお現地へと赴き、直前の情報を集めずにはいられない自分に、思わず苦笑いが漏れた。


「分かっているのに、やめられない。これが運命というやつか」


風に揺れる草原の向こう、歴史が再び動き出そうとしていた。

信長のもとで草履取りから始まった日吉丸(藤吉郎)の城中生活。現代視点の彼にとって、その沈黙の半年は「捨てられた時間」ではなく、「観察と地固め」の準備期間でした。このような時間感覚のズレが、藤吉郎の成長にとって大きな意味を持つのだと思います。


さて、後書きのついでに一つ、今回の章に出てきた「草履取り」という役職について、少しだけ歴史的な背景を補足します。


草履取りは家臣の中でも最下層、いわば身の回りの雑用係です。けれどもこれは単なる下働きではなく、「主人の傍で様子を学ぶ機会を得る」という特権でもありました。藤吉郎もここから始まり、小物頭 → 与力 → 馬廻 → 旗本 → 家老と、まるで昇進ゲームのように出世していきます。


現代風にたとえるなら、「インターン生からCEOになる物語」と言っても過言ではないでしょう。もちろん、そこには運や時代の流れ、そして藤吉郎自身の胆力と機転があったことは言うまでもありません。


こうして“草履を温める者”が“戦国の太陽”へと変貌していくプロセスを、今後も丁寧に描いていきます。次章では、いよいよ信長側からの桶狭間になります。

どうぞお楽しみに。



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