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第88章 火縄銃製造所――流れ作業の始まり

1568年12月 墨俣城下


凍てつく空気のなか、墨俣城下に建てられた火縄銃製造所の屋根から、うっすらと湯気が立ちのぼってい


た。


土壁と梁の新しい匂いに包まれたその工房では、鉄を打つ音、木を削る音、砥石を回す音が入り混じって


響いている。


まるで生き物のように蠢くその音の渦が、職人たちの熱気を外部に伝えていた。


ようやく全ての職人の配置と機器の準備が整い、第一の試作品が完成したのは、冬の初めのことだった。


「得手」を活かせ:分業体制への移行


鍛冶師、木地師、細工師、鋳物師……これまで各地から呼び寄せた者たちは、それぞれが火縄銃の全工程


を一度は手がけ、製造の全体像を理解した。


彼らは泥にまみれ、火傷を負いながらも、堺の職人から学んだ「火縄銃の作り方」を一ヶ月かけて己の血


肉としたのだ。その顔には、新しい知識を吸収した者の自信と、己の腕をさらに磨きたいという渇望が刻


まれていた。


その後、秀吉の命で一同が集められ、静まり返った工房で、秀吉はゆっくりと、しかし力強く言い渡し


た。


「これよりは、それぞれが”得手えて”に就け。己の得意とする工程を担い、残った行程には手の空い


ている者がつく。皆で造って、皆で学び、皆で戦の備えとするのだ!」


数日をかけて、職人たちの間で熱い話し合いが行われた。互いの腕前を認め合い、時には冗談を交えなが


ら、それぞれの「天分」を見定めていく。


研ぎに妙を得る者、火皿の鋳造に鋭い感覚を持つ者、火縄の巻き方に細やかな工夫を見せる者――誰もが


己の技術を最大限に活かせる場所を見つけようと、真剣な眼差しで意見を交わした。


やがて、各工程ごとに「顔」が決まり、残る者は補佐や仕上げにまわった。


職人たちの顔には、自分が最も輝ける場所を見つけた喜びと、仲間と共に一つのものを作り上げる連帯感


が満ち溢れていた。


水車の咆哮、規格統一の力


さらに、墨俣の水車群が新たに8基増設され、その水音が轟々と響き渡っていた。


うち5基は銃身の研磨・穴あけ専用、残る3基は機構部品の加工や木製部の整形に割り当てられた。


水車の巨大な歯車がゆっくりと、しかし確実に回り、連結された道具が規則正しい音を立てる。


動力をもって、ひとつひとつの工程が正確に、そして秀吉が定めた統一された規格で進むようになってい


った。

工房の空気は、以前の職人の勘に頼ったものづくりのそれとは一変し、まるで巨大な機械仕掛けの心臓が


動き出したかのような、精確で力強い脈動に満ちていた。


実感と予感


試作された火縄銃は、まだ見た目も重さもまちまちだったが、試し撃ちのために用意された的に向かって


放たれると、乾いた炸裂音とともに確実に的を貫いた。


一発、また一発と、その鋭い音は工房全体に響き渡り、職人たちはその音を聞いて、ようやく「本物を造


っている」という、得も言われぬ実感を持った。


彼らの顔には、汗と油にまみれながらも、達成感と誇りが浮かんでいた。


秀吉はその様子を黙って見ていたが、やがて満足げに、そして未来を見通すような眼差しでこう呟いた。


「これまでは職人一人が一月で一丁ずつしかできなかったものが、これで十丁、二十丁と・・全体なら、


一ヵ月で五百丁は出来るだろう」


「墨俣の火縄銃は、いずれこの国の戦の様相を根底から変えることになる。」


「次のいくさでは、この墨俣の銃が、必ずや風を変えるやもしれぬな」


彼の言葉は、職人たちの胸に確かな響きを与えた。墨俣の凍てつく冬空の下、新しい時代の幕開けを告げ


るかのように、火縄銃の製造音が力強く響き続けていた。

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