第80章 紀伊平定出陣の布陣
(1567年11月)犬山城下
犬山城下に、冬の風が冷たく吹きすさぶ。
その朝、信長公からの急使がもたらされた。
「六角の残党征伐と、紀伊半島一円の平定――これに備えよ」厳命である。
ただし、東の武田には油断できない。
現に諜報員達からの連絡が付かなかったり命からがら逃げてきた忍びが増えつつあると山田からの報告が
あったばかりだった。
秀吉は黒鋤隊六千八百を率い、自ら出陣することを決めたが、犬山隊五千を恵那城に据え置き、
蜂須賀小六を指揮官として守備に残すことにした。
「小六、留守は任せたぞ」
「心得ておりまする、殿。いかなる敵が来ようとも恵那は守り抜きます」
出陣準備は粛々と進む。
連合軍の旗も高く掲げられ、浅井六千、織田本軍五万、徳川六千、三国の総勢六万二千。
そして、これまで陸戦の影に隠れていた織田海軍も、新たに造った大型船団を従え、初めて戦列に加わる
こととなった。
「この戦はただの征伐ではない。紀伊を押さえれば、熊野・淡路・四国への道も開ける。そして――海の
時代が始まる」
健一(秀吉)馬上から、勢ぞろいした黒鋤隊の顔ぶれを見渡し、胸のうちに、かすかな緊張と高揚を感じ
ていた。
彼の脳裏には、壮大な未来図が鮮やかに描かれていた。
(これは、単なる戦国の覇権争いではない。陸の限界を超え、海へ出ることで、人類の『定められた法
則』を書き換える第一歩なのだ。
『天皇文明』が島に縛り付けた『日本人の遺伝子の進化圧』を、海へと解き放つ)
■ 寄せ集め艦隊の現場
冬の川風に吹かれる桑名湊。
船着き場には、出撃の支度に追われる船乗りや兵士、荷積みに走る人足の声が絶えなかった。
だが、その戦力はまだ“新しい海軍”にはほど遠い現実――旗艦の安宅船は、ようやく一艘
だけが間に合い、主力となるはずの関船は二艘、機動力の小早船が十三艘、そして荷役や兵の輸送用に押
送船が十艘。
全部合わせて二十六艘――いずれも新造・徴用・修理あがりが入り交じる、いかにも急造の艦隊だった。
「これが“織田海軍”か・・・まだ名ばかりだな」
秀吉は岸辺から船団を眺めつつ、「安宅船は絶対に沈めるな。関船と小早船は遊撃・連絡、押送船は退路
と補給に徹せよ」水軍奉行たちに細かく指示を出す。
水兵や大工たちは慣れぬ軍装に戸惑いながら、「船脚が遅いぞ!」「綱を締めろ!」と声を張り上げてい
た。
それでも、未熟なこの艦隊で戦うことが、「次なる海の時代」への第一歩――健一(秀吉)は覚悟とわず
かな期待を胸に、最後の命令を下した。




