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第79章 新時代の鋳銭所

(1567年11月)墨俣


墨俣の川沿い、高炉と鋳銭所が並ぶ小さな一角。


ここに、秀吉は犬山と瀬戸、京の彫金師や職人を集め、かつてない規模の私鋳銭製造に乗り出した。


「これは――見事な細工だ」


職人たちは磨き上げられた真新しい金型(鋳型)を光にかざし、細密な文字と紋様を誇らしげに眺める。


この金型をセットした鋳銭枠がずらりと並ぶ工房――その中央には、川の流れを利用した大きな水車が静


かに回っている。


水車の回転力は巧みに軸と歯車に伝えられ、職人たちが鋳型へ銅や鉛、錫を流し込むたびに――ガシャ


ン、ガシャンと一度に100枚の銭が型から押し出され、冷やされ、整然と並んでいく。


「一度に百枚・・これが毎日続けば、あっという間に新銭が町を巡るぞ!」


監督役の声が響くたび、現場は活気に満ちていった。


しかし原材料の鉱石には限りがある。


「今は犬山や周辺の村々から集めた“悪銭”――欠けた銭、重さの足りない古銭――これを5枚持参すれ


ば、新しい私鋳銭1枚と引き換える」と交換制度を定めた。


町の民や商人たちは、「これは重さも形も揃っておる」「尾張銭なら安心」と評判し、やがて悪銭は徐々


に市場から姿を消し、新銭が広まっていく。


やがて秀吉は、「もっと大口の取引には新しい“大額銭”が要る」と命じ、50文銭・100文銭の金型も作ら


せる。


これらもまた水車動力で次々と打ち出され、城下や瀬戸、周辺の村々へと急速に流通していった。


春の陽に光る新しい銭――それは単なる貨幣以上に、犬山と墨俣の“新しい時代”を告げる象徴となった。


■ 新銭流通と両替商の統制


墨俣の鋳銭所から町へ新しい銭が出回り始めると、その中心となったのが各地の両替商たちだった。


城下には役所から任命された“銭取締役”が詰め、主要な両替屋や商家には「尾張銭引換所」の札が掲げら


れる。


「悪銭五枚を持参すれば、新しい私鋳銭一枚と引き換え」


この取り決めは、取締役と両替商のもとで厳密に記録され、交換ごとに帳面に日付・名前・枚数を記し、


「一日に交換できる枚数」もきっちり制限された。


不正な“抜け駆け”や偽銭混入を防ぐため、両替商の店頭や裏口には監督役の侍が常に目を光らせ、


「悪銭」の判定法や重さ・大きさの基準も示されていた。


もし商人や両替商が旧銭を混ぜて不当に新銭を多く得ようとすれば、その場で帳面を調べ、違反があれば


即刻取引停止、最悪の場合は営業差止めや所払いという厳しい沙汰が下る。


両替商の中には「新銭の信用で商売がずっと楽になった」と笑顔を見せる者もいれば、「帳簿が増えて面


倒になった」と渋い顔の者もいたが、役所との密な連携のもとで流通と信用がじわじわ広がっていった。


尾張・美濃・伊勢にある町は、銭の流れそのものまでが“新しい秩序”の胎動となりつつあった。


それは、秀吉が目指す「経済による統治」の第一歩でもあった。


悪銭を“良銭”に変える――冶金現場の神業


鋳銭所の高炉に、全国から集められた悪銭が山と積まれていた。


青黒く鈍い光を放つ小銭には、鉄や鉛など雑多な金属が混じり、古い時代の手打ち銭は重さも不揃い、真


鍮の比率も低い。


「こいつをきれいに生まれ変わらせるのが、職人の腕の見せどころだ」


炉の番頭が、集めた悪銭を次々と高炉へ投じる。


火勢は水車の風箱で勢いよく煽られ、炉の内部では炎が渦を巻き、最初は鉛が解け出てくる。


更に過熱したところで溶けた銅が鈍く赤い滝となって流れ落ちる。


温度の調整は、ただ火を強くすればよいものではない。


「高すぎれば金属が飛び、低すぎれば不純物が残る」番頭は、炎の色――「赤白色になったら少し温度を


落とせ」溶けた銅の表面のゆらぎ――「鏡のような艶が出れば不純物が浮いてきた証拠」時に長い鉄棒で


撹拌し、その“重さ”や“手応え”を確かめる。


時折、溶けた金属を小皿に掬い上げ、「ほれ、青白い筋が見えるうちはまだ足りん。もうひと炊きだ」金


属の流れが滑らかになり、音が“キーン”と冴え始めるまで、職人たちはじっと見守り続ける。


炎の色、金属の肌、流れの音――どれも温度計などない時代、すべては目と耳と手の勘にかかっている。


「いまだ!」


番頭の号令で、溶けきった銅は鋳型に流され、不純物(滓)は巧みに掬い取られる。


こうして悪銭から純度を高めた金属が、尾張の新しい“良銭”へと生まれ変わっていく。


■ 経済の現場と新貨幣戦略


悪銭の山を高炉にくべても、精製できる新銭は思ったよりずっと少なかった。


「殿、悪銭十枚で新銭二枚分の銭材が取れるのがやっとでございます。」


番頭が苦い顔で告げる。


「それゆえ、悪銭五枚で一枚の新銭と交換――これでないと新銭の材料が足りませぬ」


「狙いは新銭の流通量拡大だからな、出来るだけ等価交換に近づけたいところなのだが・・・」


現場の帳面は、すでに赤字の数字で埋まっていった。


大量の木炭、水車の整備、職人の手間――燃料と人件費を考えれば、新銭づくりは全く割に合わない事業


だった。


健一(秀吉)黙って現場の火床を見つめながら、(このままでは、民衆の生活には良いが、鋳銭所の台所


はもたぬ。だが――)


そこで秀吉は新たな策を命じた。


悪銭に含まれている鉛を火縄銃の弾にしてしまうことだ。


それとほんのわずかに含まれている銀も何もかも全て回収して、一番費用対効果の高いと思われる使い道


を考え出した。


――新たに大きさと形を変えて五十文銭と百文銭を大額の新銭を打ち出すのだ。両替手数料と、大額銭


への交換利ザヤで、赤字の穴を埋める。それに、新しい銭が増えれば増えるほど、旧銭は回収できる。


町の商いは便利になり、鋳銭所の損も自然と消えていく――


永楽通宝一枚が4gだから五十文銭を10g、百文銭を15gにする。


銅:亜鉛=6:4〜7:3程度で鋳造するように指示した。もちろんデザインには表が織田家の家紋だ。


大額銭が流通すれば、大口の商人や年貢取立てにも“尾張銭”の信用が定着する。


手数料も僅かながら積もり積もって鋳銭所の収支を支え、やがて新しい経済の循環が町全体を包み込むの


だ。


墨俣の鋳銭所には、早朝から荷駄が次々と運び込まれてくる。


その荷の中身は、伊勢国・神岡の銅山や美濃国・武儀郡や土岐郡・恵那郡の銅山で掘り出されたばかりの


鉱石――白っぽい鉛鉱ガレーナ、黒緑色に鈍く光る黄銅鉱(銅鉱石)が、泥まみれの俵や籠にぎっし


りと詰められていた。


「足尾銅山が手に入るまではこれでしのぐしかないな」


秀吉は荷の山を見下ろしながら、職人頭に声をかける。


鉛鉱ガレーナは鉛分が強いが、黄銅鉱は銅とわずかな金や亜鉛も含みます。


うまく混ぜれば良い地金がとれましょう」


職人たちは鉱石を砕き、ざるで選り分け、「まずはこの黄銅鉱を多めに――こっちは不純物が多い、混ぜ


すぎるな」と現場で調合の比率を決めていく。


高炉の火は朝から絶やさず、炉の下からは絶え間なく風が送り込まれる。


「温度が上がりすぎぬよう、火加減は気をつけろ。鉛が先に溶ける、銅が遅れて下りてくるぞ」炎の色、


鉱石が溶け落ちる流れ――熟練の番頭は、目と鼻と耳で一瞬ごとの変化を見逃さない。


やがて炉の底に、赤銅色の地金と、銀色の鉛の層が分かれてたまる。


「これでよし――鉛は取り分け、銅はさらに精製して真鍮にも使う」と、素早く鍋で掬い分けていく。


外では両替商や見物人たちが、「今日も新しい銭ができるぞ」とざわめき、犬山・墨俣の町には、鉱山の


地の恵みが“新しい信用”として流れ始めていた。


※悪銭の説明:悪銭とは本来「銅:亜鉛=9:1~8.5:1.5」で作られる黄銅から銭を作るのですが銅が手に入りにくいので、鉛を30%以上(戦国期には50%の物あった)も混ぜてたりした。本来加工性向上のために1~3%程度混ぜる鉛を大量に混ぜて作られている為に「割れやすくなる」・「音が鈍くなる」・「地金が脆く加工しにくいので不揃いになる」・「酸化、腐食が早いので擦り減っていく」など通貨として最悪な物となる。

銀の含有量は悪銭300枚で1gほどしか含まれていないので(実際はもっとバラツキがあるので平均値をとってあります)。実例だと30万枚の悪銭を鋳つぶすと銭の総重量900㎏。(本来4gの物がすり減りや欠けの為重量が3割ほど減っているため3gとした)銅60%で540㎏。清廉ロス20%で108㎏。良銭1枚4gの銅が必要。(540㎏-108㎏)÷0.004㎏=108000枚で回収率36%(10枚→4.8枚)+1㎏の銀。銀1㎏はおよそ2500~5000文(枚)でこれと108000枚合わせて最大113000枚で回収率40%に満たないのです。

さらに燃料代人件費道具機材第が掛かります。薪代が3375文、人件費が3010文。設備償却費が1000文、合計7400文。悪銭30万枚から鉛含有が30%なら火縄銃弾なら銃弾を約20gとすると約13,500発分も取れます。銀よりこちらの方が得です。

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