第73章 キリスト教の許可
(1567年3月)京
■キリスト教の許可
フロイス「信長様にお目通り叶いましたこと、我らイエズス会一同、主の御恵みと心より感謝申し上げま
す。私ルイス・フロイス、豊後の府内より上洛いたしました」
信長「――豊後と申したか。南の果てより、よう参った。して、九州の様子は如何であった?」
フロイス「は。豊後の国主、大友宗麟公は、我らの教えに深き理解を示され、すでに数千人の民が洗礼を
受けております」
信長「数千・・宗麟が異国の教えを許したとは、風聞には聞いておったが、そこまでとは」
フロイス「府内には礼拝堂も建ち、日曜ごとに祈りの声が響いております。宗麟公は戦よりも魂の救いを
重んじるお方。領内では仏教の寺院も自ら改修をお止めになりました」
秀吉「・・さすれば、仏教勢力との摩擦もあったのでは?」
フロイス「ございます。ですが、宗麟公は巧みにこれを治め、むしろ仏徒より民の心が離れつつあること
を静かに示されました」
信長「ふむ。民の心を奪えば、寺も声を上げられぬか。・・して、交易は?」
フロイス「長崎・平戸にはポルトガルの商人が定期に船を寄せ、香料・絹・薬草、そして硝石をもたらし
ております。寺院よりも港が栄える時代にございます」
信長「港が・・栄える、か。宗麟の国は、戦わずして兵を得たようなものだな」
フロイス「その通りにございます。信仰と商いは、どちらも人の心と道を繋ぐものでございます」
フロイス「今日ここに参上いたしましたのもそのことでございます。」
「私ども教会の者が、この京の地にて、慎ましくも福音を広める許可を頂戴したく、お願いに上がりまし
た。」
信長「ふむ・・都にて、異国の教えとな。京は耳が多い。・・厄介な願いだ」
秀吉「殿。僭越ながら、申し上げてもよろしゅうございましょうか」
信長「申してみよ」
秀吉「南蛮の御教えが悪いという訳ではございませぬ。ただ、都には旧き道、古き教えが根強うございま
して・・。いきなり事を起こされますと、無用な波紋が広がりかねませぬ」
フロイス「その点につきましては、我らも慎みをもって対処いたします。
むしろ堺など、往来に富み、心広き商人の町にてまず布教を始めるというのも、選択肢として視野にござ
います」
秀吉「堺であれば、道理も通りましょう。何より交易の地でございますゆえ、異文化にも慣れておりま
す」
信長「・・ふむ、堺。都よりも目立たぬ、しかし物の出入りは早い。
そちらの仲間には、商いに通じた者も多いと聞く。何を運んでおるのだ?」
フロイス「は、様々にございます。
南の果てより運ばれた香料、薬種、砂糖。火縄銃の部品、あるいは・・火薬の素となる白き石、も」
信長「白き石・・」
フロイス「硝石と申します。火薬に必要とされる品。インドの土より掘り出され、長き航路を越えて参り
ます。
もし堺での布教をお許しいただければ、信長様のお領地に、そのような品々も定期に届くこととなりまし
ょう」
信長「・・そうか。では、堺にての布教を許す。
ただし、南蛮船は必ず堺湊へ直接寄せよ。他の湊に廻ったとて、我が方は関知せぬ」
フロイス「承知仕りました。神の御名にかけて、その旨を守らせていただきます」
信長「それと一つ――そなたらの商人、時に人間を貨物のごとく扱うと聞く。
この国では人買い”は厳に禁ずる。教えの名の下で、人を売るなどあらば・・不快に思う者もおろう」
フロイス「・・心得ました。そのような行為は、我らの信仰の精神にも背くこと。固く諫めます」
(※フロイス、深く頭を下げたまま、目を伏せる)
フロイス(心中)「――神の名よりも、白き石にて信長は応じた。
その声のわずかな抑揚に、他でもない硝石という語に、彼の関心が宿った。祈りより、火薬の燃え上がる
音に・・。
この国では、神を語るには、まず火を差し出さねばならぬらしい」
秀吉(小声)「・・堺の湊を殿の掌に、布教の火を堺に閉じ込め、南蛮の荷だけを自由に通わせる・・。
うまいこと運びましたな、殿」
信長(小声)「異国の神には興味がない。白き石こそ必要。わしに必要なのは、祈りではない」




