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第6章 清州の沈黙

信長の草履取りとして清州に入った日吉丸。しかし、そこから半年もの“沈黙の時間”が流れます。ここでは、現代的な視点を持つ健一としての観察力と、信長という人物への静かな分析が始まります。

本章は、派手な事件がない分、「無言の権力」と「準備の時間」がいかに重要かを描いた転生者ならではの内面劇です。信長との初対面の静けさが、後の波乱の前触れとして効いてきます。

(1559年12月)尾張熱田湊


日吉丸は熱田湊での邂逅(かいこう)を経て、清州城へと同行を許され、信長の直参となった。


とはいえ、草履取りに取り立てられた後は何の指示もなく、半年もの間、信長から声をかけられることは一度もなかった。


しかし、健一、すなわち日吉丸の中に生きる彼は、特に気にする様子もなかった。


元の世界で数多くの上司と対峙してきた経験がある。


若き当主信長の寡黙さは、むしろ観察と準備の時間だと捉えた。


彼は城下での生活を有効に使うことを決めた。


まず足軽として与えられた狭い部屋の周辺を掃除し、仲間たちに軽い挨拶を交わし、下人たちと無理なく言葉を交わす。


主張せず、出しゃばらず、だが常に誠意を持って応じることで、徐々に城内に地盤を築いていった。


信長からの放置を嘆くのではなく、「時間の無駄をなくす」ことを優先した。


なにより、戦国の世での移動はすべて足頼みである。


少しでも遠くへ行くには、それだけで体力と時間を要する。


彼は日々の隙間時間に、城下町の商家を巡り、かつての針売り仲間の噂を探した。


ついでに商品知識を集め、物資の流通ルートや米の市価、塩の価値についても密かに調査した。


これはすべて将来への布石だった。


湊町を回って物価調査や知り合いを増やすべく動き回っている間に、将来チート知識で金になりそうなものを探すことも忘れなかった。


中でも、鉄器の値段や織物の需要、塩の産地と価格推移など、現代の経済感覚を応用できる分野に特に注意を払った。


また時間ができたときには、尾張の南、桶狭間の地まで足を延ばし、地形や道路、村の様子を下見に出かけることもあった。


かつて何度も繰り返した死と転生の記憶から、あの戦いの重要性を理解していたのだ。


ある夕暮れ、久しぶりに訪れた市場でかつて世話になった飴売りの爺に再会し、事情を聞く。


飴売りは笑いながら言った。


「おまえ、あの殿様に気に入られたのかい?……そりゃあ、えらいこっちゃな。」


「だがな、ああいう人のそばにいると、よくも悪くも、運命が大きく動くぞ」その言葉に、健一は静かに頷いた。


信長とはまだ本当の意味で何も始まっていない。


それでも、何かが近づいている気がしていた。


そして、そんな折。信長が上洛から戻ってきた――。


信長の帰国から五日後、ようやく日吉丸に声がかかった。


同僚たちは、「最近の殿は機嫌が良い。何かあっても命までは取られまい」と笑いながら肩を軽く叩き、励ましつつ送り出してくれた。


日吉丸は緊張を押し隠しながら信長の前に進み出た。


歩を進める中で、健一の心にはひとつの思いが浮かんでいた――『史実通りならば、大丈夫なはずだ』。


何度も繰り返した死と転生、その記憶が彼にそう言い聞かせていた。


信長はただ一言だけ口にした。「ついてこい」それだけであった。


信長のいつもの供回りに混ざり、日吉丸も馬に乗らず徒歩で後を追う。その行き先は、津島湊であった。


天下はまだ、遠い。だが、道は確かにここから始まっていた。

半年間も信長から放置されていたら、普通なら心が折れてしまいそうなものですが、健一(=日吉丸)は逆に観察と戦略の時間としてそれを活かしました。

現代でのビジネス経験が、戦国の「沈黙」と「空気」の政治にどう応用されるか――。戦国のリアリズムと転生チートの狭間を描いた章となりました。


次章では、津島湊での冥加金取立てという、信長の「経済力」を垣間見る現場に突入します。信長の金銭感覚と商業観――そして、日吉丸の密かな算盤勘定が始まります。


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