第63章 天竜川以西の制圧
戦国の野に春が満ちるとき、秀吉の遠江戦線はいよいよ本格化する。
三千の犬山隊を直轄とした新たな布陣、その先鋒に立つ前田利家の覚悟――。
この章では、戦術・軍制改革の実験場となる遠江平野を舞台に、「竹楯・長槍・弓騎馬」の複合戦術が初めて実戦投入される様を描いています。
戦とは力のぶつかり合いであり、同時に知恵と制度の競争でもあります。
(1566年5月)浜松
春の陽が差し込む天竜川のほとり、戦いの火はなお衰えを知らぬ。
秀吉軍は再編を進め、犬山隊三千を自らの直轄部隊として指揮下に置いた。
犬山隊はもともと領内でも屈指の精鋭揃いで知られる。
竹楯戦術も長槍運用も、日頃から鍛錬を重ねており、その動きはまさに水を得た魚のごとき統率である。
「これより犬山隊三千は、我が手元で直接動かす。」
「前線の要となり、楯隊・槍隊・弓隊、すべての指揮を一つにまとめよ」
秀吉は家中にそう命じると、犬山隊長・中村一氏を呼び、具体的な配置と進軍計画を指示した。
「今回の戦いは、ただの数合わせでは勝てぬ。」
「各部隊は状況に応じて分割し、竹楯・槍・弓・騎馬の連携を徹底せよ。」
「犬山隊は本軍の“核”だ。どこへでも即応できる機動力を見せてみよ」
犬山隊三千は、秀吉の号令一下、隊列を組み替え、竹楯を担ぎ、槍を磨き、弓を番えて出陣の刻を待っ
た。
戦場には、すでに新たな風が吹き始めていた――。
春の遠江、天竜川の流れは雪解けの水で増していた。
秀吉軍の中核である黒鋤隊は、三人の武将がそれぞれ一千二百の兵を受け持ち、川以西の諸城・砦の平定
に当たった。
各隊は村々を巡っては素早く制圧、民の安全を確保しつつ、敵方の拠点を一つずつ落としていく。
その間、徳川隊は天竜川沿いに防御陣を敷き、今川勢や南下の動きを警戒し続けた。
堤や橋、渡し場には柵や柵門が設けられ、三河側からの援軍も駆けつけて陣地の守りを固める。
二週間あまり――秀吉軍・徳川軍の連携で、天竜川以西のほとんどはすでに平定された。
そのころ、北の二俣城から、岡部元信と二俣城主・中村一氏が、合計三千の兵を率いて南下を開始した。
この動きは、平定作戦の最終盤を迎えていた前田隊の耳にもすぐに届いた。
「敵軍三千、南下中――正面でぶつかるぞ!」
前田利家は小隊を集め、竹楯隊を先頭に進軍路に布陣する。
遠くに、岡部隊と中村隊の旗印がはためくのが見えた。
(いよいよ、最後の戦いが始まる――)
天竜川以西の制圧は、単なる領土拡張ではなく、軍制と物流の改革の試金石でした。
竹楯戦術の「機動壁」は、今後の戦いで重要な戦力となっていく予定です。
前田利家という豪胆な将を通じて、「恐怖と規律」のあいだで揺れる兵の心理描写を丁寧に描けたなら嬉しい限りです。
次章では、いよいよ遠江最終決戦――。




