第62章 秀吉軍の戦術
戦国の戦場は、ただの力比べではない。秀吉が築いた軍は、機能ごとに分化した近代的部隊編制を持ち、楯・槍・弓・弩・騎馬が一体となって敵を制圧する。今章では、その画期的な「戦術の構造」を詳細に描写する。竹楯が動き、弩が唸り、馬上から矢が放たれる――戦いの風景が変わり始めている。
(1566年4月)犬山城
秀吉軍の進軍は、常に竹垣楯から始まる。
あの墨俣の戦訓から、さらに改良されたその楯は、素材こそ竹を荒縄と横木で板状に組み上げただけの簡
素なものだが、極めて機能的だった。
兵たちはこれを背中に担いで移動し、いざ戦場となれば合図とともに一斉に前面に持ち替えて構える。
接敵すれば地面へ楯を降ろし、そのまま手前に倒して置くと、楯の上の2か所に設けられた50㎝程の足が
地面で斜めになり、敵の突撃の邪魔になるように改良されていた。
その姿は、まるで野に突如として現れる青竹の防壁――敵の矢や投石も容易には貫けぬ。
大きさは畳一枚分より小さい160×80㎝で、横隊進軍時には両手で持ち、短槍を背負って進むため、機動
力も確保されていた。
竹楯が横一線に並ぶと、そのすぐ背後に四間(約七メートル弱)の長槍隊が布陣する。
前にいる竹楯が徐々に手前に倒れ出すと、長槍隊は上から勢いよく槍を叩きつける。
そしてさらに後方には連弩隊や短弓隊、陣の最後尾には長弓隊が控える。
進軍の最中、後方の長弓兵たちが絶え間なく矢を放ち、敵の弓合戦の主導権を奪う。
竹楯の防壁を前に、敵は矢を射ても160センチの防壁に邪魔される。
竹楯に近づこうと突撃してくれば、短弓と連弩につるべ打ちにあい、前へ出ることもできない。
やがて敵と接触する距離まで楯隊が迫れば、合図とともに兵たちは楯をその場に下ろし、素早く後方へ下
がる。
楯は地面に斜めに立てかけられ、今度はその上に長槍隊が進み出る。
長槍隊は、密集体系で竹楯の上から槍を振り下ろす。
圧倒的な上方攻撃で敵前線を叩き崩す。
敵の陣形が崩れ始めれば、すかさず連弩と短弓隊が開いた隙間に集中射撃を浴びせ、さらなる混乱を誘
う。
このとき、楯兵たちは背中の短槍に持ち替え、乱れた敵陣へと突入する。
分断された敵勢は、もはや統率も保てず、各個撃破の運命に晒される。
そして最後、短弓を携えた騎馬兵が外側から大きく回り込み、戦線の背後へと展開。
後方から矢の雨を浴びせかけ、敵軍を徹底的に追い詰める。
竹楯は消耗品だ。
壊れたり燃えたりしたらその場に捨てればよい。
どこにでもある竹を束ね、半日もあれば補充が利く――“消耗を恐れぬ合理の兵法”、これこそが秀吉軍の
強みであった。
秀吉軍の弓兵には二つの系統、二つの戦術的に違う意味があった。
ひとつは長弓隊――重く、長い大弓を用い、ただひたすら遠くを射る。
敵の弓を届かせぬうちに、こちらの矢で士気も補給も削る。
戦のはじまりと同時に鳴り響くその矢声は、敵軍の心を折るものだった。
もうひとつは短弓隊――軽く、取り回しやすい短弓を携え、前線に近い楯の脇や騎馬兵にも用いる。
矢数は少なめでも、連射の早さと狙いの鋭さで、敵の出足や突破を封じる。
戦が白熱し乱戦となっても、彼らの矢は決して止まることはない。
「遠くへ威圧する長弓、間近を叩く短弓――使い分けと連携が、戦場の流れを変える」
それが秀吉軍の弓兵戦術だった。
楯の影から短弓隊が次々と矢を放つ。
その射程は五十間にも届かないが、一射ごとの狙いの鋭さは並の弓手の比ではない。
敵の顔や鎧の隙間を的確に撃ち抜き、進み出る者を片端から倒していく。
さらにその横で、連弩隊の小さな弩がうなりを上げる。箱型の矢倉には十本のボルトが詰まっており、手
元の操作一つで“バチバチバチッ”と一気に矢が連なって飛び出す。
その速射の雨に、敵兵はたまらず伏せるしかない。
「命中精度と速射――長距離戦と短距離戦。」
「長い矢で遠くの敵を驚かせ混乱させる、短い矢で近距離(50~15m)の敵は確実に仕留める。」
「さらに弓を搔い潜ってきた敵(15m以下)の敵には連弩の速射がお出迎えする。」
「それが我が軍の弓と弩の戦だ」
騎馬短弓隊――この機動戦力の原型は、かつて「蒙古襲来(元寇)」で日本を震え上がらせたモンゴル軍
の騎馬弓兵にあった。
秀吉は部下たちにこう語ることが多かった。
藤吉郎(秀吉)は、地図を広げた卓を囲む重臣たちに目を向けた。
竹中半兵衛、前田利家、蜂須賀小六、加藤清正、小西行長らが膝をついて耳を傾けている。
「――よいか、そろそろ“戦の形”を変えねばならん」
静かにそう言った秀吉の手が、一つの駒を取って地図の端に滑らせた。
「我らが鍛えた“騎馬短弓隊”、これが今後の戦場の“機”を制する」蜂須賀小六が怪訝な顔で問いかけた。
「殿、その“騎馬短弓”とやらは、突撃して斬り込むわけではないんですかい?馬乗りの軍勢は、前へ出て
なんぼで――」
「違う。小六、貴様の剛腕には悪いが、それは旧い戦の考えだ」
藤吉郎は静かに言葉を重ねる。
「突撃など、弱き者が弱きを煽るための虚勢にすぎぬ。」
「馬を射られたら、そこで終わりだ。真に恐るべきは“動”の中から虚を突くもの。」
「蒙古の騎馬弓兵は、側面から、背面から、風のように矢を浴びせて歩兵も騎兵も翻弄した」
前田利家が驚いた顔で目を見張る。
「元寇のときの、あの蒙古軍ですか」
「うむ。我らも学ぶ。短弓の巧者をさらに選抜し、馬上で矢を射る精鋭を鍛えた。」
「敵の虚を突き、戦場の流れを変える。これが本来の“騎馬短弓隊”の役目よ」
竹中半兵衛が頷きながら言った。
「つまり、主攻ではなく、機動・撹乱・連携――戦線を操る手であると」
「そうだ。弓兵を“流れ”として動かすことで、敵の動きを制し、味方の進撃を補佐する」
藤吉郎は続けた。
「だが、こうした高度な戦術が成り立つのは、我が軍が“常備軍”だからこそだ」
小西行長がうなずいた。
「俸禄を受け取り、通年で訓練する兵たち――農の時期に散ってしまう寄せ集めの兵では、到底真似でき
ぬ芸当」
「その通りよ、小西。農繁期ごとに兵が消える軍など、戦線を維持できるはずがない。」
「だからこそ、“俸禄制”が全ての根本だ」加藤清正が目を細めて言った。
「首級を恩賞の証とせず、褒美を俸禄にしているのも、そのためですね。」
「皆、突っ走らずに隊列を守るようになった」
「うむ。それが“戦の秩序”というものだ」秀吉の目が、地図に刺さる。
「今の武士どもは、戦場で刀を振るう者だけが“強者”だと信じて疑わぬ。
だが、それでは未来の軍は育たぬ。
竹楯隊、長槍隊、短弓隊、連弩隊、騎馬短弓隊――それぞれが役割を持ち、技能に応じて訓練を重ねる。
これが“近代軍”の姿よ」
利家が感嘆の声を漏らした。
「すでに、我らの軍が戦国のそれを越えている……そういうことか」
「そうだ、利家。戦は“軍勢”で勝つ。個ではない」藤吉郎は最後に言った。
「黒鋤隊も犬山隊も、全て“兵”である。士官は士官として統率を。」
「兵は兵として戦場の技を磨く。“戦の匠”だけが、次の時代を制する」
静まり返った室内に、薪の爆ぜる音が重く響いた。
「個ではなく、軍勢で勝つ」――この言葉が、秀吉軍の全てを物語る。農民をも“常備軍”として育て、戦術と統制を両立させたこの構想は、やがて天下を動かす基盤となる。藤吉郎は、もはや“猿”ではない。構想と制度をもって戦う“将”となりつつあるのだ。次章では、その軍勢がついに戦場で咆哮を上げる。




