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第60章 茶屋四郎次郎の店にて

熱田湊の潮風が、物語を再び東へと導く。尾張の地を後にした秀吉は、次なる舞台・三河への布石を打つべく、信頼する茶屋四郎次郎と交渉を重ねる。戦だけではなく、商いと情報が命を握る戦国の世。この章では、港町・熱田を起点に、商人と武将の見えざる同盟が静かに動き出す。



(1566年1月末)熱田湊


犬山を発った秀吉は、伊賀者の佑才、前田利家、前田慶次を伴い、木曽川を下って熱田湊へと向かった。


名古屋の冬は身を刺すような冷たさであったが、湊は相変わらず活気に満ちている。


船着場では早朝から商人たちが声を張り上げ、木箱と荷駄が行き交う。


まさに尾張の喉元を担う経済の要衝だ。


街道からほど近い、茶屋四郎次郎の店に一行は足を運んだ。


秀吉は店の奥で四郎次郎と膝を突き合わせ、ささやかに盃を交わす。


「四郎次郎、急ぎ浜松へ向かう。だがその前に、一つ頼みがある」


秀吉は静かに盃を置き、声を潜める。


「近々、徳川殿との協同により、遠江にて今川を討つ段取りとなる。」


「戦が始まれば、輜重が鍵になるのは言うまでもない。陸路の補給は時間がかかる。――そこで、だ」


一拍置き、秀吉は鋭い目で四郎次郎を見た。


「そなたの手で、海上からの輜重輸送を手配してはもらえぬか。」


「熱田湊から浜名湖口、そして気賀方面までの水路を使えば、今川の目を盗んで兵糧と武具を送ることが


できよう。」


「信長様の名も出して構わぬ。そなたの『信用』があってこそ成る策だ。」


四郎次郎は無言で盃を傾け、やがて唇の端を上げた。


「さすがは羽柴殿。」


「やはり、この冷え込んだ夜に湊へ来られたのは、ただの旅支度ではありませんでしたな。」


「そのとおり。そなたの目と鼻、そして腹の底にある商人の才を、今こそ借りたい。」


「心得ました。吉田城までは、わたくし手配の船を出しておきましょう。」


「浜松の町並みと商家の構えも、この目で見ておきたく存じます。」


「良い情報と手筈を整えておきましょう。」


その眼差しは、秀吉の意図を正確に読み取りつつ、さらにその先の商機をすでに嗅ぎ取っているようだっ


た。


秀吉は礼を述べ、一行は四郎次郎の手配した船に乗り込んだ。


冷たい風が川面を渡る中、船は西三河・吉田城を目指して滑るように進む。


舟は通常の河船よりも明らかに足が速く、外海の波にも動じぬ安定感があった。


これもおそらく、四郎次郎が南蛮技術を取り入れて特注させた船であろう。


秀吉は波紋を追う視線のまま、思考を巡らせる。


(――この男が動けば、戦は早まる。補給線を制す者が、国を制す。


これより先、戦は“兵”ではなく、“物流”で決まるのだ)


その眼に、すでに浜松の地図と水脈が描かれていた。


■熱田湊

長い旅を終え、秀吉は春の熱田湊へ戻った。


尾張の空と賑わう港の空気にひと息つく間もなく、伊勢出陣中の信長公に急ぎ書状をしたためる。


「三国同盟、ついに成立いたしました。北条・徳川とも異存なく、計画は順調に進んでおります――」


この吉報を誰よりも早く主君に届けたいと、秀吉は筆を走らせた。


すぐさま軍勢の編成に取り掛かる。


黒鋤隊は三千八百名、そのうち三千名を恵那城守備に残し、今回出陣するのは八百名。


これに犬山隊三千、輜重隊三千を加え、総勢六千八百名の陣容となった。


(限られた兵力で、最大限の圧をかける。そして、いざとなれば黒鋤隊の土木力で敵を翻弄する)


秀吉は、各部隊の配置図を頭に描きながら、自らの戦略を再確認した。


秀吉はこの軍勢を率い、一路、東三河・吉田城を目指して進軍を開始する。


(伊勢、三河、相模――新たな時代の鎖が、いま、東から確実に動き出す)


熱田の空の下、秀吉たちの行軍は川面にきらめく春の光を背に、東への道を力強く進み始めた。

たとえ戦場が荒れ果てようとも、水面のように穏やかに動く者がいる――それが茶屋四郎次郎という男だ。秀吉の進軍の背後には、常にこの男の影がある。次章では、いよいよ浜松での徳川との連携、そして今川包囲網が動き出す。信長の命を帯びた「外交」と「土木」の軍勢が、ついに牙を剥く。



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