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第5章 熱田湊の邂逅

第5章では、信長との運命的な出会いが描かれます。

主人公・日吉丸は、幾度もの死に戻りを経てなお、飴売りとして生き延びていました。

彼がただ飴を売っていたのではなく、「空気」を読み、「人間」を読む技術を磨いていたことが、信長の眼にどう映るのか。


果たして、“戦国の怪物”は何を見て、何を試すのか。

歴史が動き出す、その瞬間をお楽しみください。

第5章(1559年5月)尾張 熱田湊


織田信長は、今川との決戦を念頭に置きつつ、三河との境を見極めるために熱田(みなと)を訪れていた。


港は活気に満ちていた。焼き団子の香ばしい匂い、帆船が軋む音、商人や旅人、物見遊山の町人、旅芸人――混沌とした人の波の中に、ある一人の少年がいた。


麻布の粗末な服、日に焼けた頬。しかし、その目は異質だった。周囲の動き、言葉の端々、視線の流れまでを冷静に観察し、常に“全体”を把握しようとする鋭さを宿していた。


日吉丸――八度の生き戻りを経て、今は熱田で水あめを売る身であった。


木箱の上に小鍋を据え、赤銅色の飴を練るその手は、信じがたいほど器用だった。


手元の小刀で瞬く間に鳥の細工を作り、わずか数秒で鳴子細工へと変化させる。


集まる子供たちに飴を渡すたび、彼は言葉と間で笑いを引き出す。


「一本買えば、もう一本は恋文付き! このあめ、貴女の心も溶かしますぞ!」


その口上もただの商売ではなかった。


相手の年齢、服装、関係性を一瞥(いちべつ)で判断し、それぞれに最適な言葉を投げる。


まるで軍略のような即応性だった。


その光景に、港を歩いていた信長の一行が足を止めた。


「……おもしろいな」


赤備えの陣羽織を翻し、信長が人混みを割って水あめ屋の前に立った。


彼の目は、日吉丸の飴細工ではなく、飴を売りながら人を“読み切る”その在り方を見ていた。


「おぬし――何者だ?」


その一言に、周囲がどよめく。日吉丸は静かに頭を下げた。


だが、八度も死を経たその眼は、一切揺らがなかった。


「中村村の出でございます。親と兄弟はまだ村に……私は口減らしのために村を出ました」


「……それだけの手際、どこで覚えた?」


「駿府にて。岡部元信殿の屋敷で小間使いをしながら、臨済寺で学ばせていただきました。」


「雪斎和尚のお言葉も、いくばくか耳にいたしました」


その名に、信長の眉がわずかに動いた。


「雪斎……あの男の薫陶(くんとう)を受けたか。して、岡部は今も元気か?」


「はい。ですが、私は……桶狭間の山谷に地理的な危うさがあると進言したことで、不興を買いました」


信長の目が細くなった。


「……ほう。あの山谷の地形を言い当てたか。駿府では誰も気づかなかったと聞くが?」


「地元の旅人や問屋仲間から断片的に地理を集め、描いた絵図をもとに推したまでです」


沈黙が落ちる。その場にいた家臣たちの空気が、まるで張り詰めたかのように変わった。


信長はしばし彼を見つめ、ふいに笑った。


「……見どころがあるな。ついてまいれ」


そう言い残すと、信長は踵を返し、日吉丸に背を預けて歩き出した。


日吉丸がその背中を追って歩き始めた瞬間、まるで世界の“重力”が変わったように感じられた。


彼の運命は、この時から確実に、歴史の渦へと巻き込まれ始めていた。


信長は、港でも格式高い商家「末次氏(すえつぐし)」の店へ立ち寄り、小ぶりな緋色染の裂地(ひいろぞめのきれじ)や、南蛮細工のガラス杯を品定めした。


さらに「茶屋四郎次郎」の店では、青花の小皿と香料を手に取り、笑いながら呟いた。


「妹への土産だよ。これでも可愛くてな」振り返ることなくそう言った信長の言葉に、日吉丸ははっきりと感じた。


冷酷な覇王と評される男の、かすかな人間性。この人の隣に立つには、誰よりも早く、深く、“空気”を読む力が要る。


それは、武力や知略だけではない、人としての多面性を理解する力でもある、と。

読んでいただきありがとうございます。第5章では、いよいよ転生者・日吉丸と信長の邂逅を描きました。


今回はあえて、戦場や陰謀ではなく、「港」という民衆の雑踏のなかで出会わせています。

それは、戦国という時代が、刀よりも“空気”を読む者に味方する瞬間がある――という私なりの信長像でもあります。

また、この章では「末次氏」「茶屋四郎次郎」など、後に信長の外交や経済政策に関与する実在の商人も登場させました。これらは今後の伏線にもなっています。

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