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第58章 織田家飛躍の戦略(その2)

西を語り終えた岐阜の夜、信長と秀吉は続いて「東」を語る。

焦点は、今川討伐を目指す徳川家康、信玄を警戒する武田、そして海運と東国の安定を握る北条氏。

本章は、まさに秀吉が「外交官」として動く回。

戦わずして敵を封じ、味方を得る。――その調略の妙を、どうぞお楽しみあれ。

(1566年元旦深夜)信長との密談 ―東海道戦略編―


信長様がさらに問う。


「東は、どうする?」


私は即座に、東国の複雑な力関係を脳裏に描く。


「まず徳川家康殿には、これまで以上に今川討伐に力を注いでもらいます。」


「武田が東海道へ進出してくる前に、今川の勢力を徹底的に断ち切らせます。」


「そのために私自身が援軍として加わり、兵糧・兵も惜しまず支援します。」


「成果の暁には、吉良と瀬戸――三河と尾張をつなぐ要地を織田方に譲っていただく形で交渉します」


信長様は小さくうなずく。


私は続けた。


「北条には、上杉と武田を共同で抑える三国同盟を持ちかけます。」


「加えて、上様(将軍家)の威光を用いて上杉・武田の対立を煽ります。」


「武田が上杉に気を取られている隙に、今川を徹底的に平らげてしまいましょう。」


「上杉は将軍家の命令を無碍にはできぬはずです」


(この構図ができれば、今川は二方向から圧迫され、短期間で崩せる。武田も動くに動けず、徳川が東海道を完全に掌握できるはず)


「北条には、よい時を見計らって今川領へ攻め入ってもらいます。」


「徳川と北条で今川を挟撃する形です。」


「境界線は大井川あたりが適当かと考えます」


東海道を制すれば、武田も軽々しくは動けぬ。北条・徳川・織田――三国が協力体制を築けば、東の脅威


も抑えられる。


私は信長様に向き直る。


「神宮と朝廷は既にこちら側でございます。」


「熊野も所領安堵で話が付きます。」


「残りの伊勢の諸勢力ですが、長野・関・神戸の有力国人は調略済みです。」


「大軍勢を率いてに進軍すれば軍門に下る手筈。」


「北畠氏の霧山城きりやまじょうへは殿のお心次第で何時でも。」


「伊勢の平定中に武田が出てきても良いように、船を使い速やかに徳川へ後詰


めできるよう備えます。」


「・・東海道の諸勢力を整理し、上洛の際の後方の憂いを万全にいたします・・。」


信長様は深く静かにうなずかれた。


■徳川編


信長様は、東方面の話を終えると、少し声の調子を変えた。


「家康とはどう取引する?」


私は炉の火を見つめ、言葉を選ぶ。


「徳川家康殿には、今川討伐を急がせるため、こちらから援軍を出す条件を持ち掛けます。


私自身、兵を率いて徳川方に加勢し、兵糧や軍資金も惜しみません」


信長様は眉をわずかに動かし、続きを促す。


「その見返りは?」


私は頷き、地図を広げながらさらに続ける。


「見返りとして、今川領を切り取った際には、境川を境に大府、豊明、東郷日進、瀬戸、そして飛び地と


なりますが吉良だけは貰う――吉良殿は今後織田の朝廷との橋渡し役をお願いしたいのです。」


(家康殿は慎重だが、勝ち目と後ろ盾が見えれば動かぬ男ではない。秀吉の援軍、織田の兵糧――そこに


実利を与えれば、今川討伐に本腰を入れるだろう)


「徳川殿には“大井川まで進出すること”を目標に定め、急ぎ今川領を押さえてもらいます。」


「これで織田・徳川の協力体制が確実なものとなります」


信長様は静かにうなずいた。


(家康に実利を与えつつ、織田の西進の道筋を確保する――それが肝要だ)


■北条編


炉の火がゆらめく静かな座敷で、信長様が次の問いを投げかける。


「北条には、どう動いてもらう?」


私はすぐに応じる。


「北条には、上杉・武田を共同で抑える同盟を持ちかけます。」


「北条にとっても、両家を抑えられれば東に進むことに専念できます」


信長様はじっとこちらを見る。その視線を受け止めながら、私はさらに言葉を重ねた。


「さらに、上様――将軍家の威光を用いて、上杉・武田の対立を煽ります。」


「武田が上杉に気を取られている間に、今川を徳川と北条で挟撃できる構図を作り出します。」


「北条には、よい時を見計らって今川領へ攻め入ってもらい、境界線は大井川あたりで調整するのが最適かと」


(北条も利があれば動く家柄。上杉・武田の圧力が弱まれば、自領の東方経営にも専念できる。将軍家の


威を後ろ盾に使えば、同盟の形も作りやすい)


「取引材料としては、交易の利益や新たな物流の拠点化も合わせて提示します。」


「北条・徳川・織田、三家の協力体制が固まれば、武田も動きにくくなるはずです」


信長様は無言で、しかし満足げにうなずいた。


信長・家康・北条。三者が利で結び、武田・今川を挟撃する構図は、この岐阜城の密談から生まれた。

秀吉が提示するのは、「利」と「大義」を兼ね備えた実利的同盟であり、同時に後の「天下普請」への布石でもある。

注目すべきは、家康への実利と心理の絶妙な与え方。

また、北条に対して将軍家の威光を背景に「武田抑え」と「経済的恩恵」をチラつかせるあたりは、まさに中間支配者層の掌握術の先駆けといえるだろう。

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