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第56章 (1565年12月末)犬山城 犬山城下・収支と成長の冬

第56章では、舞台を再び犬山城下に移し、秀吉が“経済の目”で領内を見直す姿を描きます。


農業改革によって倍増した収穫、絹や粉物、椎茸やセメントなどの加工品、そしてそれらを商機に変える茶屋四郎次郎との商談――

秀吉がただの武将でなく、“領主経営者”としての顔を強く打ち出す章です。

重要なのは、経済活動の中に「普請・軍需・生活」がすべて組み込まれている点です。

つまり、秀吉はすでに「戦と農を切り分けない」視点で国を動かしている。

黒鋤隊が土を耕し、町で働き、砦を守る。

その周囲で商人が動き、物資が巡る。

それが、戦国時代における“民の力による国家モデル”の胎動でした。

どうぞ、次なる春を前にした「雪の国づくり」をお楽しみください。


(1565年12月末 犬山城下


犬山城の奥座敷。


秀吉は家老や帳簿係を前に座し、今年度の収支報告を命じた。


帳簿役が頭を下げる。


「まず、米。領内の七割の水田で改良を導入したことで、三年前のちょうど二倍の収穫となりました。」


「田の形を四角に改め、堆肥を改良・塩水選・育苗定植法など出来つ事はすべてやり切ったことで成功し


た田んぼを見せたことで村ごとの協力も進みました。」


秀吉が軽くうなずくと、帳簿役は次の帳面を開く。


「絹でございます。蚕屋敷を三十五棟に増やし、糸車・機織り機も十台に増設したため、今年は反物四十八反の生産となりました。」


「質も徐々に上がり、京や堺の問屋からも声がかかっております。」


「来年度は自家での“染め”にも手を広げたい所存です。」


「干し椎茸も、原木林を拡げて生産量が増加。」


「堆肥の丘も硝石丘法で年ごとに高くなり、火薬の素としても期待できます。」


「水車は十五台に増やし、石臼による精米や小麦、うどん粉の製粉も順調です。」


「セメントも生産量が昨年の二倍となりました。」


秀吉は帳簿を指でなぞり、「米も“精米”に加え、“うどん粉”や“餅粉”にもして売り分けよ。」


「現場の工夫が町のたからになる。」


帳簿役が「はっ」と頭を下げた。


■秀吉、茶屋四郎次郎と商う


犬山城下、奥の書院。


冷たい空気をさえぎる障子越しに、茶屋四郎次郎が色よい商人装束で現れた。


「本年も、木下殿の城下は実りが多いと聞き、急ぎ参りました。」


秀吉は笑い、「四郎次郎殿ほどの目利きが急ぐなら、犬山の米と絹も本物ということだな。」


四郎次郎は、懐から帳面を取り出す。


「まず新米と精米――上方では新嘗祭に間に合わせて高値で取引できそうです。」


「粉物も流行り始めており、餅粉とうどん粉は堺と京で新しい“麺売り”衆が求めております。」


「絹は?」


「今年は反物四十八反とのこと。特に“犬山染め”の話が立てば、上客が増えましょう。」


「ただ、染め場と下絵師を早く呼び込むべきです。」


「反物十反は、わたくしの蔵にて即金で買い取りましょう。」


「都の友禅から幾らでも欲しいとせっつかれておりまして。」


「セメントはどうだ?まだ“白い粉”の名でしか通らぬが――」


「石工衆や新しい橋普請に引く手あまたです。」


「ただ、火薬原料の硝石と違い、保存や運搬に知恵が要ります。」


「もし荷の痛みを防げる袋や樽があれば、名古屋、堺、伊勢まで売りさばけます。」


秀吉は帳簿を睨みつつ、「来年は染め場を作り、麺売りも町に呼び込む。」


「セメントは樽詰めで納めよう。値は四郎次郎殿の“先払い”次第とする。」


四郎次郎は一度うなずき、「では、犬山の酒と合わせてわたくしが商いの元締めを引き受けましょう。」


「流通を増やす代わりに、来年の絹・米は二割増しで納めていただきますぞ。」


秀吉は片眉を上げ、「それだけ払ってくれるなら、犬山城下の職人衆も励みになる。」


二人の間で扇子と帳簿が交差し、やがて静かに手が打たれた。

第56章では、戦の喧騒とは対照的に、**“冬の静けさの中に実った経済と戦略の芽”**を描きました。


秀吉は今、ただの戦巧者ではなく、領地を“経営”する目を持つ存在として動き始めています。

米や絹、うどん粉や椎茸といった物資の加工・分配・販路拡大を進め、茶屋四郎次郎のような商人を呼び込むことで、**「流通こそが戦に勝つ力である」**という哲学を実地で築きつつあります。

秀吉の言葉「現場の工夫が町の財になる」は、まさにその信念の表れです。

戦場を支えるのは、刀ではなく、鍬と商い、そして人の知恵。

そして、この静かな冬の蓄えが、春に向けた大きな跳躍の「種」となるのです。

次章では、舞台を再び岐阜へと移し、信長との密談が再開されます。

伊勢平定、朝廷工作、東方戦略――

いよいよ「天下布武」が現実味を帯びてくる中、織田家と秀吉の次なる一手が問われます。

どうぞお楽しみに。

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